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第五話 赤のショール

46、赤のショール ③

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「アンさま」
ベラは、今日もひとりでお盆を持っていたロゼリアの横についた。
ベラもお盆を持つが、その盆には何ものせていない。
ロゼリアが来るのを待っていたのだった。
この日は食堂は人でいっぱいである。

「こんにちは」

ベラを見るとロゼリアは笑顔になる。
作られた完璧な笑顔ではない、優しい心根が伝わる笑顔であるとベラは思う。
その笑顔に、ベラの緊張が頂点に達する。
人生最大の緊張の瞬間の、二度目の更新だった。
どきどきと心臓が爆発している。
朝のショールを渡した成功が、かつてないほどの勇気をベラに与えてくれていた。
だから、ロゼリアに向かい合う。
その目に願いの力を込める。

「今日はお願いがあります。あ、アンが、お昼にチョイスをしたものを倣って、わたしも同じものを選んでいいかしら?わたしには栄養バランスがわからなくて、好きなものばっかり選んでしまうから」

ロゼリアは、ベラの心境の変化に驚いた。
空のお盆を見る。
ベラはいつもは条件反射のように真っ先に肉まんを三つ確保していたのだった。

「もちろん、いいよ!ベラの好きなものを混ぜながら、バランスよくチョイスするね。じゃあ、まずは肉まんを一つに、、、」

ロゼリアはひとつ肉まんをとり、ベラの皿に乗せる。
だが、ベラの緊張はまだ完全には解かれていない。
まだベラにはロゼリアに言わなければならないお願い事が残っているのだ。
ベラは口の中に沸きだした唾を飲み込んだ。
断じて肉まんのせいではない。

「それから、あの、先日アンが言っていた、体を動かすあれ。護衛の人も助かるという体術を、わたしもしてみようかなと思って」
「体術、、、」
今度こそ、ベラの発言にロゼリアは固まった。

ベラはアデールの王子が驚いているのはわかったが、ここでたじろいではいけなかった。
ベラは、今までのいじけて食べることだけしか楽しみ事がない自分と決別すると決めたのだった。
こんな心境になれるとは思わなかったので、自分が自分の変化に驚いている。
そして、一緒に努力するのは彼がいいと思うのだ。
むしろ、彼とではないと続けることはできないと思うのだ。

この女のように美しく、やさしいアデールの君。
側にいるだけで、生まれ変わって、素敵な女性になれるような気がする。
少なくとも、アデールの王子だけは一度もベラを馬鹿にしたり、無視したりすることはなかった。
アデールの王子が付き合ってくれたら、苦手な体を動かすこともできそうな気がするのだ。

「それで、アンが一日の内に、夕方でも朝でも時間が空いているようだったら、毎日でもなくてもいいので、わたしに体術を教えて欲しいの!」

その意を決した無茶なお願いは、一瞬偶然に生まれた静寂にすぽりとはまり込んだ。
食堂内に響き渡った。
だが、当の本人たちはそんなことに気を向ける余裕など全くない。

言い終えて、ベラは泣きそうであった。
断られるかもしれないと思ったが、どうしてもお願いをしたかったのだ。
駄目だと断られたのならそれであきらめられる。
あの時、お願いをしていたらもしかして一緒に体術を練習でき、今とは違う人生を歩んでいたかもしれなかったのに、と思い続けるみじめな人生なんてもう終わりにしたかった。
自分が変われる時はまさしく今、この瞬間なのだと思う。
これ以上、まっすぐに自分を見てくれる素敵な王子さまがベラの前に現れることなどないと確信している。

だが、深刻なベラと対照的に、衝撃から覚めたロゼリアの返事は軽い。
「それはいいね!では明日から一緒にできるときは朝食前にしようか。動ける服できてね」

ロゼリアの返事にぱあっと、ベラの顔が明るくなる。
頬はピンクに上気し、こみ上げる熱い感涙の涙にキラキラと輝いていた。


そして、息をつめて成り行きを見守っていた者たちの食堂を満たすどよめきがエリンの姫を祝福する。
その中にはジルコンもラシャールもいたのである。


バランスの良い食事に、ロゼリアとの朝の適度な運動、友人となった王子や姫たちとの会話。
自信をつけたベラは授業でも少しずつ発言をしていくようになる。
夏期スクールの間に、ベラはどんどん変わっていく。
同時に、彼女への周囲の見方も大きく変わっていく。

そこには、陰気でダサくて小太りの娘は、どこにもいなかった。
少し先の話になるが、六ヶ月後に自国に帰国したベラは、エリン国の皆が話しかけずにはいられないほど洗練された姫となっていたのだった。





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