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第五話 赤のショール
46、赤のショール ①
しおりを挟む顔を押し付けるシーツに染みついたバラの良い香りにようやくベラは気が付いた。
鼻をすすりあげすぎて鼻の奥が痛い。
眼も泣きすぎて瞼が腫れているのだろう、視界がせまい。
荷物が少なく、簡素な部屋である。
その誰かの部屋の誰かのベッドを、ベラは占領していた。
部屋の主であろう、すらりとした体に背中の真ん中まであるきっちりと結んだ金髪の三つ編み。
女子に友達などいないと思うが、その一見女のように思えるきゃしゃな背中が、アデールの王子だとすぐに気が付いた。
彼はシャツの袖を肘上までまくりあげ、机に向かって何やら作業をしているようだった。
「ここはあなたの部屋なの、、、?」
ベラは前後不覚に大声で子供のように泣いていたことを思い出す。
「落ち着いたようだね?」
振り返ったのは、ドキッとするほど整った顔立ちの王子である。
背中をみて女だと思ったが、アデール王子だと思い男に修正したが、振り返ったアデールの王子は、やはり、王子だといわれなければ美しい女のように、ベラには思われた。
だが、ベラが鏡の中に己を映し出した時に写す媚びたような笑みや、スクールの娘たちのような己の美しさを研究し計算しつくしたような作られた笑みではない。
何の打算も媚もない、優しい笑顔。
「アンジュさま、、、」
「アンでいいよ」
軽い返事が返ってくる。
「ここは、あなたの部屋なの?」
「そうだよ、こっちにおいで」
ベラは動きたくなかったが、ロゼリアに言われるまま重い身体をベッドに沈ませながら、のろのろと体を起こした。
アデールの王子は女のように見えるとはいえ、その実、正真正銘の男なのである。
泣き崩れたベラを食堂から抱えて自分の部屋に連れてきたのであれば、それ以外には考えられなかったが、これはもしかしてこの親切なアンジュに迷惑がかかるかも、とちらりとよぎる。
この美貌の王子は、食堂でがさつでみっともない自分と一緒にいると品が落ちると取り巻きに忠告されたように、二人きりで彼の部屋にいることは、彼の品性を貶めることになりそうだと思う。
もっとも、ベラの方からロゼリアにしがみついて離さず、みじめに泣き続けるベラを持て余して当惑したロゼリアが引きずるように連れてきたのなど当の本人は覚えていない。
机の上には白い悪夢のショールが机に広げられていた。
アデールの王子は下に当て布を敷きトントンと軽く叩き、赤い木いちごの色を慎重に落としている。
もう濃い赤は抜けていたが、どんなに根気よく叩いても完璧には落とし切れない。
うっすらと染みのように残っていた。
自分が泣いている間に、一国の王子が染み抜きをしていたことに、ベラは飛び上がるほどビックリする。
そもそも、染み抜きなどベラは一度もしたことなどない。
そんなことができるとは今、王子がしているのを見るまで思いもしなかったのだった。
「何をしているの」
「何って、染み抜きだよ?」
「そうじゃなくて、どうして王子がそんなことできるのよ、って聞いているの!」
ささいなことをきっかけにして感情的になるベラに、ロゼリアは振り回されない。
なだめたりすかしたりして、この部屋で落ち着かせるまでにさんざん振り回されたのだ。
「母が、王族は一から100まで全て出来るようにならなくてはいけないという教育方針だったので、僕は大抵のことならできるよ?火起こしとかだってできるよ」
「火起こし!?何それ。王子が火起こししている姿なんて想像できないわ!平和なアデールなのに、戦に出て後方支援兵站要員にでもなるつもりなの!」
そのあり得なさに笑ってしまう。
「やっぱり女の子は笑っている方が良いいね」
ベラの笑顔をみてロゼリアも微笑む。
ロゼリアは気がすむまで染み抜きをする。
そしておもむろに先日シリルの店からお土産に持ち帰ってた型染めの型を机に広げた。
その中からひとつ選ぶ。
バラ大輪がひらいた、手の平サイズの型である。
それを、散らばる染みの上に向きを変えつつ何度か置いてみた。
「これなら大丈夫だと思わない?僕には絵心の自信がないし筆さばきも怪しい。ベラが絵が得意ならそれでいくけど?」
ブンブンと頭を振った。
絵は正直、得意ではない。
ベラは何が進行しているのかはっきりとはわからなかったが安易に引き受けるべきではないと察した。
ロゼリアは、小袋からホンの少量の赤い染料の塊を取り出して水で溶き伸ばす。
「赤い染料?とっても鮮やかだわ」
「そう、僕の国の赤色、アデールの赤だ。この国で仕立て屋の亭主に型染めを教えてもらったので、やってみようと思って。
これだけ大きいものは初めてだけど、失敗しても、もうこれはいらないとジュリアは言っていただろう?
だから思い切って大胆に別物へと作り直そうと思う。上手く仕上がれば彼女に返してもいいし、いらないならベラが使えばいい」
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