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【第2部 スクール編】第四話 百花繚乱
34、晩餐 ①
しおりを挟むロゼリアは呼吸に集中をする。
久々に自分自身に戻れた解放された感覚があった楽しい一日だった。
旅の間の朝から寝入るときまで、アンジュとして気持ちを張っていた反動かもしれない。
ここはアデールではなくてロゼリアを王子としても姫としてもことさら注目を浴びることはない。
女であっても、膝を開いて地べたに座っても誰も文句をいわれないなんて、想像したこともなかったのである。
草原では男も女も子供のころから馬を乗りこなすという。
足の分れた膨らんだズボンをはき、女らしさを出すにはそれに前掛けを結ぶという。
目を閉じてロゼリアは、切れ長で整った顔のラシャールの緑の目と、その大人びた爽やかな笑顔と、彼と話しているうちに彼の後ろに広がる草原の雄大な景色を思った。
娘の服はすでに着替えている。
長く深く息を吸い、そしてさらに倍以上の時間をかけて吐き切った。
目を閉じてそれをゆったりと10呼吸ほど行う。
きつく巻いた晒が苦しい。自然と腹式呼吸になる。それは男の呼吸。
ロゼリアは着てきた服に再び袖を通している。
洗濯もしてくれていて、とても清潔で気持ちがよかった。
髪はきつく後ろで三つ編みにする。
それがアデールの若い男の髪型である。
成人すれば髪を切る者も出てくるが、エールのように子供の頃から男子だからといって髪を短く切る習慣はない。
郷に入りてはの理論ではロゼリアは髪を切るべきなのだが、すべてを従う必要はない。
譲れないところ、そのこころを表すところは、その土地の習慣を理解したうえで、己を貫くことも大事だった。
宥和は同化することではないのだ。
だからエールでは、女のような髪型をしているために女に見られることもあるだろうが、だがその実、男なのである。
男装のロゼリアを女子かと思った者は、その国による風習の違いを知り、その意識を修正するのだ。
そして一度強固に修正された意識は、なかなか解けることはないだろう。
シリルの母が作った仕上がった服に満足である。
上質な生地で仕立てたそれは、ロゼリアが思ったよりも随分と安い。
御用達に卸す工房では、端の糸がほつれているとか、少し機械の油汚れがついたからといった理由で買い取ってもらえないものがあるという。
それをシリルの母が仕入れてうまく型紙を置き、影響がないように服を仕立てているという。
だから上質なのにその値段で作れるのだそうである。
今からアンジュになる、気持ちを入れ替えるための呼吸を終える。
ロゼリアは顔を引き締めた。
採寸のために仕切られていた奥から出てきたロゼリアをみて、シリルは目を丸くする。
風呂に入り、髪をきちりと整えたロゼリアは、はじめに目貫通りで埃を被った観光客として目を付けたときよりも、生来の輝きを取り戻して美しい。
初めに打診した通り、シリルの店にすべて必要な衣服類を準備することに決める。
シリルの母は、ちょっとためらった。
支払いの額が膨大になるからである。
「今日の分を含めて、これからの分も作ってもらうとして、支払いならこれで足りそう?」
ロゼリアは、小さな袋からアデールの赤の染料の粒をシリルの母のがっちりとした手に受けさせた。
「これはあんた、アデールの赤じゃないか。金を出そうとしても、なかなか手に入らない染料だよ、これは」
彼らは服飾を仕事にしているために、すぐにそれが何かわかり仰天する。
金と同じだけの価値のある、アデール国からの門外不出製造方法の鮮やかな赤の染料なのである。
人々は豊かになり、最近では王都ではより華やかな、より鮮やかな物が好まれ始めていたのである。
シリルは手の重みに固まった母の手から、その半分をとりわけ、残りをロゼリアの袋に戻した。
一つまみで反物5枚分ぐらいは真っ赤に染められるものである。
これだけでも、数か月の売り上げ分ぐらいにはなるのである。
むしろもらいすぎのところである。
「あんたはいつでもここに出入りしていいよ。親父の染色工房の見学と勉強?も服の無理難題もなんでも聞いてやる。あんたの、その、ごにょごにょの趣味も守ってやる!安心しな!」
シリルは大船に乗ったつもりで頼りにしな!と、どんと胸を叩いた。
シリルの家族は、ロゼリアを女装趣味の金持ちアデール人と思ったようだった。
その勘違いを正そうと思わない。
いずれ自分はアデール王子だとばれるかもしれないが、その時に王子が女であったとばれるよりも、貴族や王族にありがちな、少し倒錯趣味のあるヤツぐらいに思われた方がましなように思われるのだ。
ともあれ、エール国に来て早々に、パジャンの使者の従者であるラシャールと再会し、王城の近くに女にいつでも戻れる場所を得たのであった。
その夜のフォルス王との会食は豪華すぎるものではなくて、家族の食卓に招かれたことをロゼリアに教える質素なものである。
とはいえ、質は良質で量も十分にあり、医食同源をもとにして自信をもって料理長が作ったものである。
そえられた赤かぶは、癒しの森の温泉宿よりも可憐であった。
それこそ口にするのもはばかれるほど技巧を凝らされていて、見た目も満足させるものである。
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