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【番外編】
2、旅の事件③
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王子との相部屋に抗議をするが、他の部屋が埋まっているということである。
女将に尚も部屋は二つにしてほしいと交渉をしていると、「ベッドが二つなんだから、いいんじゃない?」とこともなげにアデールの王子に言われてしまい、ほらねと女将の含んだ笑みをもらってしまう。
結局、風呂上りの金髪の若者と一つの部屋で寝ることになったのだった。
遅い風呂から戻ってきたアデールの王子は、ほかほかの顔をしてベッドに乗りあがり、胡坐で座っている。
ジルコンは既に風呂は済ませていて、ベッドに体を投げ出し彼を見るとなしに見ていた。
なぜに、この王都に目と鼻の先のところまできて、旅館にもう一泊することになったのか、その経緯を思い出そうとする。
ジルコンは何度も断ったはずだった。
だが、いつも通り過ぎるだけのこの街道町の者たちに、強引に押し切られてしまったのだった。
いいお風呂があるのですよ、とこの旅館の誰かが言った時に、この金髪の若者の目がきらりんと輝いたそうだ。
それを聞かされ、エール国のいいところの一つは温泉だな、アデールにはないのだろうな、と一瞬思った(言った?)間に連れ込まれてしまったのだった。
濡れた金髪は片側に流し、小さな鞄の中から櫛を取り出し、とかしている。
いつもはきつく編み込んでいるが意外に長いことは、今日の事件の時に知った。
再び、身体を乗り出して鞄の中をあさり、小瓶を取り出して、なにやらを手のひらに受けている。
それを髪に伸ばすと、再びととかし始めた。
そして緩く片側に三つ編みにする。
ああ、女のようだなとジルコンは思う。
同じ部屋が嫌だったのも、アデールの王子はややもすると女に見え、かつ先日自覚したとおり、自分はアデールの王子に好意を抱いているのだ。
性的なものではないと思っているのだが、確証はない。
いつか、間違いを犯してしまいそうな予感がする。
この世間知らずの王子は全くジルコンの戸惑いなど全く無頓着なのだが。
油ランプが消される。
ジルコンも眼を閉じた。
普段にはない疲労感がある。
感情が激しく揺さぶられたのだ。
喜怒哀楽などの気持ちが10段階で動くとすると、普段はジルコンは半分に保つように心がけている。
なぜならば、喜びすぎたり、怒りすぎたり、悲しみすぎたりすれば、冷静に周囲のことも、己のこともみれなくなるからだ。
そしてその感情に溺れてしまう。
だから、すべてがほどほどに押さえる。
常に、己の置かれた状況を冷静にながめる自分がいる。
だが、今日は感情がいろんな方向へぎりぎりまでいってしまった。
そして、今もアデールの王子に対するなにかわからない気持ちが、くつくつと胸のなかでざわめいている。
他人にここまで己のペースを乱されたのは初めてだったような気がする。
ジルコンは苦笑する。
いや、完全にペースを乱されたことがかつてあった。
王子の振りをしたかわいい女の子。
ジルコンを連れまわして、立ちしょんして、穴に落とされた。
あの子が大人になったらどんな娘になるのだろう。
そう思ったことは何度もある。
アデールの王城で見たロゼリア姫は想像通り美しかった。
だが、かつて7つのお転婆な女の子の勇ましさは感じられなかった。
むしろ、この後先も考えずに子供を助けに危険な道に飛び込んだ、この隣で眠る王子の方に引き継がれているような気がする。ユキヤナギの沢へ無邪気に素足で入った姿はぴたりと重なる。
「、、、ごめん。なぜか、こんなことになってしまって。もうそこまで来ていたのに」
闇の中からおそるおそる声がかかる。
「、、、あなたがわかっていて、申し訳ないと思っているとは思わなかった」
そう言うと、心底申し訳ないと思っている気配が伝わってくる。
「たまたま道を見ていたんだ。向こう側のあの子が歩道を歩いている時から気になっていた。飛び出してきそうだと思ったんだ。だから体が動いたんだけど、子供は国の宝だろう?あの子供たちが、僕たちの次の世を作る。
だから、大事にしなければならない。馬車に巻き込まれるとわかっていて、見殺しにはできなかったんだ、、、」
とつとつとアデールの王子は言う。
ジルコンは口元をゆがませた。
灯りが消されているのが幸いだと思う。
ジルコンが複雑な感情が渦巻くなかで、その一つ、渋柿をかじってしまった後に舌の上でずっと尾を引くような苦々しさの正体はここにあった。
「俺は動けなかった。完敗だ」
闇の中で体をこわばらせ、ジルコンに目を凝らす気配。
「あなたはエールの王子だから無茶をしては駄目だ。僕とは違う」
女将に尚も部屋は二つにしてほしいと交渉をしていると、「ベッドが二つなんだから、いいんじゃない?」とこともなげにアデールの王子に言われてしまい、ほらねと女将の含んだ笑みをもらってしまう。
結局、風呂上りの金髪の若者と一つの部屋で寝ることになったのだった。
遅い風呂から戻ってきたアデールの王子は、ほかほかの顔をしてベッドに乗りあがり、胡坐で座っている。
ジルコンは既に風呂は済ませていて、ベッドに体を投げ出し彼を見るとなしに見ていた。
なぜに、この王都に目と鼻の先のところまできて、旅館にもう一泊することになったのか、その経緯を思い出そうとする。
ジルコンは何度も断ったはずだった。
だが、いつも通り過ぎるだけのこの街道町の者たちに、強引に押し切られてしまったのだった。
いいお風呂があるのですよ、とこの旅館の誰かが言った時に、この金髪の若者の目がきらりんと輝いたそうだ。
それを聞かされ、エール国のいいところの一つは温泉だな、アデールにはないのだろうな、と一瞬思った(言った?)間に連れ込まれてしまったのだった。
濡れた金髪は片側に流し、小さな鞄の中から櫛を取り出し、とかしている。
いつもはきつく編み込んでいるが意外に長いことは、今日の事件の時に知った。
再び、身体を乗り出して鞄の中をあさり、小瓶を取り出して、なにやらを手のひらに受けている。
それを髪に伸ばすと、再びととかし始めた。
そして緩く片側に三つ編みにする。
ああ、女のようだなとジルコンは思う。
同じ部屋が嫌だったのも、アデールの王子はややもすると女に見え、かつ先日自覚したとおり、自分はアデールの王子に好意を抱いているのだ。
性的なものではないと思っているのだが、確証はない。
いつか、間違いを犯してしまいそうな予感がする。
この世間知らずの王子は全くジルコンの戸惑いなど全く無頓着なのだが。
油ランプが消される。
ジルコンも眼を閉じた。
普段にはない疲労感がある。
感情が激しく揺さぶられたのだ。
喜怒哀楽などの気持ちが10段階で動くとすると、普段はジルコンは半分に保つように心がけている。
なぜならば、喜びすぎたり、怒りすぎたり、悲しみすぎたりすれば、冷静に周囲のことも、己のこともみれなくなるからだ。
そしてその感情に溺れてしまう。
だから、すべてがほどほどに押さえる。
常に、己の置かれた状況を冷静にながめる自分がいる。
だが、今日は感情がいろんな方向へぎりぎりまでいってしまった。
そして、今もアデールの王子に対するなにかわからない気持ちが、くつくつと胸のなかでざわめいている。
他人にここまで己のペースを乱されたのは初めてだったような気がする。
ジルコンは苦笑する。
いや、完全にペースを乱されたことがかつてあった。
王子の振りをしたかわいい女の子。
ジルコンを連れまわして、立ちしょんして、穴に落とされた。
あの子が大人になったらどんな娘になるのだろう。
そう思ったことは何度もある。
アデールの王城で見たロゼリア姫は想像通り美しかった。
だが、かつて7つのお転婆な女の子の勇ましさは感じられなかった。
むしろ、この後先も考えずに子供を助けに危険な道に飛び込んだ、この隣で眠る王子の方に引き継がれているような気がする。ユキヤナギの沢へ無邪気に素足で入った姿はぴたりと重なる。
「、、、ごめん。なぜか、こんなことになってしまって。もうそこまで来ていたのに」
闇の中からおそるおそる声がかかる。
「、、、あなたがわかっていて、申し訳ないと思っているとは思わなかった」
そう言うと、心底申し訳ないと思っている気配が伝わってくる。
「たまたま道を見ていたんだ。向こう側のあの子が歩道を歩いている時から気になっていた。飛び出してきそうだと思ったんだ。だから体が動いたんだけど、子供は国の宝だろう?あの子供たちが、僕たちの次の世を作る。
だから、大事にしなければならない。馬車に巻き込まれるとわかっていて、見殺しにはできなかったんだ、、、」
とつとつとアデールの王子は言う。
ジルコンは口元をゆがませた。
灯りが消されているのが幸いだと思う。
ジルコンが複雑な感情が渦巻くなかで、その一つ、渋柿をかじってしまった後に舌の上でずっと尾を引くような苦々しさの正体はここにあった。
「俺は動けなかった。完敗だ」
闇の中で体をこわばらせ、ジルコンに目を凝らす気配。
「あなたはエールの王子だから無茶をしては駄目だ。僕とは違う」
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