男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
40 / 238
【番外編】

2、旅の事件②

しおりを挟む
迷子、誘拐、奴隷売買。

ジルコンの頭にさまざまな事件が渦巻いた。
アデールの王子をかどわかし、エールの王子に何か譲歩を引き出そうとたくらむものがいるのか。
それとも、彼の美しさに目を付けたものが、特殊な愛玩具として金持ちに売りつけようとしているのか。
それとも、この混乱に巻き込まれ、往来の人にぶつかったりして弾き飛ばされ踏みつけられ、どこかに倒れているのか。

どくどくと心臓がうつ。
こんなにジルコンは不安と恐怖を感じたことがない。

彼をアデールの安全な繭のなかから連れ出した責任からというよりももっと、ジルコンの胸の奥にその不安と恐怖は結び付く。
自分の体の一部をもぎとられたような感覚だった。
自分が狙われても、傷つけられても、このような気持ちを感じたことがない。
自分よりも他人が襲われることの方が恐ろしいなんて、そんなことがあるのだろうか。

「ああ!!子供はここにいるぞ!生きてる!」

どっと歓声が上がる。
そしてさらに大きな声。

「綺麗な金髪のにいちゃんが助けてくれた!!」

ジルコンははっとした。
馬車の間、わらわらと集まる人々たちを押しのけるようにして駆け寄った。
ジルコンがそこで見たものは。

子供は茶色のフードの若者にしっかりと抱きかかえられながら、横倒しに倒れていた。
そのフードは車輪に巻き込まれ、頭がむき出しになり、金髪が波打ち乱れて石畳に広がっていた。
子供は若者の体から這い出し、母親の姿をみつけるのと母親が駆け寄るのと同時だった。
母が泣きながら叱る声、子供がようやくこの混乱を引き起こしたのが自分だとわかって、ぐずりはじめ、そして大きな声で泣き始めた。
子供は擦り傷ぐらいで大丈夫そうである。
ほっと集まった者たちは胸をなでおろした。

「おい、兄ちゃんも大丈夫か?」

子供の無事を確認した者たちが、今度はアンを助け起こそうとしている。
ジルコンは尚も人々をかき分け王子の傍に寄る。
息ができなかった。
子供を助けて、そして助けた方が子供の災難を引き受けるというのは良くある悲劇だった。

かすかに呻き、アデールの王子は上体を起こした。
顔は蒼白ではあったが、子供がどこも怪我をしていないのを確認し、その顔をほっと緩ませる。

ジルコンはそれを見て、足元から力が抜けるような気がした。
全身冷たい汗をかいていてた。
めちゃめちゃに打ち付けている心臓と同じぐらい息が乱れ、しかも浅く、荒かった。

「アンジュ、、、」

震えながら伸ばされたジルコンの手を、照れたようなはにかんだ笑顔で王子は掴んで立ち上がった。
さらに多くの手が差し出されて王子の体を支える。
だからジルコンの手には王子の重さは感じない。
王子がしっかりと握り返す圧と、温かさだけである。

起きるのにつっかえたマントは誰かの手で外された。
どこも怪我をしていない。血は流れていない。
服の腕と膝と擦れているだけのようだった。

浚われたのでもなく。
巻き込まれたのでもなく。
襲われたのでもなく。

この王子は自ら子供を助けに飛び込んだのだった。
自分は、安全に守られるのに任せた。

この差はなんなのだ。
ジルコンは、不安と恐怖、そして安堵。
今はどこか苦しい敗北感?
己の心の目まぐるしく色を変える変化に、ジルコンは吐き気を覚えた。

「怪我は?大丈夫か?」
喉がカラカラで声がかすれた。
「うん。大丈夫みたい。ちょっと焦った」

あははと王子はジルコンの気持ちも知らず笑う。
その笑いにつられて、ほっとした町の者たちもつられて笑う。
この場の緊張の糸が完全に断ち切られた。

「この旅の方が、子供を助けてくださった!命の恩人だ!」
誰かが叫んだのを合図に、一斉に大歓声が沸き起こったのである。

だれかれとも限らず、身体の埃を払われ、払いつくされ、頭を撫でられ、ぐちゃちゃにかき乱され、背中を叩かれた。
当の本人は目を白黒とさせ、照れ笑いをしている。

道路の真ん中から歩道に戻るまでに、拾い上げたリンゴや野菜や、落ちたものでもない炉端の売り物の何かが王子とジルコンに押し付けられていく。
昼ごはんがまだならばうちでごちそうするよ!
とか、何か必要なものがあったら言ってくれ!とか。

「これはジルコンさまではありませんか!ジルコンさまのお連れの方ですか!」
誰かが不意に、子供を助けた若き英雄の体をかばうようにして支えるジルコンに気が付いた。
今度は全員の目がジルコンに向かう。
フードがずれて、黒檀のような黒髪に際立ち整った顔が現れた。

「ジルコンさまだ!我らの王子だ!ありがとうございます!」
うわああ、と今度は地鳴りにも似た大歓声が上がったのである。

三人の騎士たちは慌ててジルコンとアデールの王子を守りに入ろうとするが、幾重にも人の波が遮り、彼らの入り込む隙間はなかった。
このような状況を避けたかったのだったが、こうなってしまったらもう手遅れである。
ジルコンの茶のマントも引きはがされている。
誰かの手がジルコンの手に触れようとする。
事故の検分に町の警察兵が駆け寄り人々を笛を吹いて鎮める。
どさくさに紛れてべたりと張り付いた娘らをジルコンやアデールの王子から引き離して、ようやくジルコン王子一行は落ち着いたのであった。


ジルコンはきわめて不機嫌である。
昼間のあの騒ぎにもみくちゃにされ、なぜかミルクだらけになり、この町で一番立派な旅館に強引に引き込まれ、さらにもう一泊することになってしまった。
先で待つ騎士たちはやきもきしているだろう。

子供を助けていただいた心ばかりのお礼ですから、ご遠慮なさらずゆっくりしていってください。
とのことだが、町中が祭りのように盛り上がっていて、引くに引けなくなってしまったのだった。

「ジルコンさま、わかっておりますから」
年配の女将は、訳知り顔でアデールの王子を横目で見ながらジルコンに囁いた。
何をわかっているのかまったくわからない。
そして、アデールの王子と同じ部屋を用意されていたのである。







しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)
恋愛
『俺は命をかける価値のある、運命の女を探している』 赤毛のセルジオは、エール国の騎士になりたい。 募集があったのは、王子の婚約者になったという、がさつで夜這いで田舎ものという噂の、姫の護衛騎士だけ。 姫騎士とは、格好いいのか、ただのお飾りなのか。 姫騎士選抜試験には、女のようなキレイな顔をしたアデール国出身だというアンという若者もいて、セルジオは気になるのだが。 □「男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子」の番外編です。 □「姫の騎士」だけでも楽しめます。 表紙はPicrewの「愛しいあの子の横顔」でつくったよ! https://picrew.me/share?=2mqeTig1gO #Picrew #愛しいあの子の横顔  EuphälleButterfly さま。いつもありがとうございます!!!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

処理中です...