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第三話 ジルコンの憂鬱

27、温泉

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ロゼリアの体は震える。
ようやく鎮まっていたものが、今度は無秩序に暴れだす。

ジルコンのキス。
なんの思惑もない、ただ自分だけを見ていた黒い瞳。
舌が口の中に入ってきたのだ。
あのキスの感覚、ジルコンに求められる感覚に、身体の自由を手放しかけた。
ジルコンの与える熱と波に溺れる前に、必死で突き放したのだけれど。
ジルコンが去ってしばらくたっても、収まる様子はない。

母が言ったように、ジルコンとロゼリアは婚約者なのである。
普通に考えれば、いずれキスもするだろうし、それ以上もきっとすることになる。
しかしながら、可能性としては、政略結婚の相手に子供を産ませず、妻とは名ばかりということもありえた。
敵国や同盟国との友好の証として婚姻を結ぶが、その国に将来、力を与えないために子供をつくらないという選択である。

ジルコンは、ロゼリアにキスをしてくるところから思うと、体面だけ取り繕うような関係にはならなさそうである。
ロゼリアは喜ぶべきかどうか悩む。
なぜなら、今はアンジュ王子なのだ。
ロゼリアだと知って、ジルコンがキスをしてきたのであれば喜んでもいいのかもしれない。
そうではなくて、ジルコンがキスをしたのだとすると、それは。

「それは、一体、どういうことなんだ?ジルは男にキスできる男?男が好きということなのか?」

こういう関係に相談相手になってくれるフラウは今はいない。
身の回りのことは一人でできないことはないけれど、この手のことはロゼリアは壊滅的に不得意である。
今日ほどフラウを必要としたことはなかった。

夕餉は、体が辛いだろうからお部屋の方でとジルコンさまからのご指示がありましたので、と楚々とした中居が準備してくれている。
ここはジルコンの部屋だったが、ロゼリアの部屋と替わったようである。
彩豊かな料理であったが、昼ほどロゼリアの心をはずませてくれない。
それを済ませ、次に来たものにマッサージができる人を呼んでもらおうかと思うが、やはりそれは難しいかもと思い直す。
マッサージをしているうちに、身体に触れたり、見えたり?したら女だとばれてしまう。

重い身体を持て余したロゼリアに扉外から声を掛けたのはアヤである。
「アンさま、動けるようでしたら温泉に浸かって筋肉をほぐしていた方がいいですよ」

彼女は温泉に誘いに来たのだった。
その声色には、ロゼリアを挑発するようなものは消え失せていた。
ロゼリアは温泉に心惹かれるが、とても裸になることはできなかった。
「ありがとう、でも僕は、身体が見せられないんだ。その、いろいろ問題があって。だから、やめておく」
「問題とは、怪我かなにかですか?大丈夫です。わたしと、アンさまだけですから」
「なら大丈夫!とはいかないでしょう?僕は男で、アヤは女性なのだから」
「こんなわたしでも、女扱いしてもらえるのですね。あんなに遣り合ったのに」

そういうとアヤは感慨にふけったようである。
あきらめたと思って安心した途端に、扉が勢いよく開かれた。

「アンさまありがとうございます!お体が見られるのが嫌でしたら、絶対に見ませんから、入りに行きましょう。
露天風呂で、わたしたちだけで、端と端で入れば湯気やらなにやらで見えませんから。わたしは背をむけますから」
「いや、僕はやめておく、、、」
「駄目です。明日もっとひどいことになってますよ。ぶっ通しで2時間、あの筋肉馬鹿たちと稽古をしたのですから。それこそ剣を握っていた指が10本とも筋肉疲労して、馬の手綱を握れなくなりますよ?そうなったらジムあたりが横抱きに馬に乗せて差し上げますと言いかねませんよ?」
「横抱き、、、」
「ジルさまも張り合うかもしれませんね。ここに運んだ様子からだと、アンさまを自分の馬に二人乗り、、、」
ロゼリアは想像し、真っ赤になった。
それはジムとは巨躯の男。
そのジムの馬の前に横すわりする図も、ジルと同じ馬をまたいで前後に並ぶのも、あり得なかった。
それで、温泉に入ることになったのである。

もともとこの離れの湯は、ジルコン一行のために貸切ったものである。
騎士やジルコンたちは食事前に入ったようで、まだなのはアヤとロゼリアだけだった。
男の体も、ひどい怪我も見慣れているから安心して、といいつつも、アヤはロゼリアから完全に背を向けてくれる。
「先に入って、先にでますから。アンさまはゆっくりなさってください」
ロゼリアはアヤが丸裸になり湯けむりの中に入っていくのを見送った。
ロゼリアには温かな湯に頭まで沈め、固まった体を解放したいという誘惑に勝てなかったのである。



アヤは女ながらも誇り高きジルコン王子の騎士である。
約束したことは絶対である。
彼女は見ないといえば、絶対に見ない。
偶然を装うようにして、覗き見ることもない。

アヤの後からアデールの王子が続いて入る気配。
王子の体の問題が何なのか気にならないといえばウソになるが、約束したのだからアヤは決してみることはない。
そもそも、怪我や火傷、あざなど、アヤは見慣れているし、たいていのものなら気にもならないのだが、受け取り方は人それぞれで、見る側よりも見られる側がショックを受けることもあるのだとも思う。
アデールの王子の場合もそうであろう。
本当に厄介な、無駄に甘やかされて育った田舎の王子だと思う。

だが、昼間のしごきの場では、ガッツを見せた。
まさか自分が命を預けるその剣を握っていられず、取り落とすことなんて想像もしたことがなかったのだ。
身体に叩き込まれている体術もなかなかのものである。
赤い傭兵ディーンの剣を持ち、彼を師匠にしていることは驚嘆に値する。

アヤのアデールの王子を見る目が180度変わってしまった。
もう馬鹿にすることはできなかった。
アヤだけでなく、他の騎士たちも同様だった。
悔しいが、男として見直してしまった。
数々の旅路の失敗に、アヤも騎士たちもすっかり騙されたわけなのだが。
王子なのに彼を守る護衛もなく、強国エールの王子一行に混ざっていることは普通ではありえないことなのだ。
初めて合流した新人騎士でもありえない馬鹿を起こすものである。
今から思えば、大目に見るべきだったとアヤは反省している。
大人気ないのはアヤの方であった。

アヤの主が、誰にも見せたことがないぐらい、アデールの王子を気に入っているのも許せるような気がした。
冷静になってアデールの王子を改めて見れば、彼は、涼やかな声をしていて、その容姿は女と見まごうばかりに美しい。
男なのに、美しいとは賛辞すべきことではないか?
何を隠そう、アヤも、主人に負けないぐらい、この涼やかに美しい王子を気に入ってしまった。

髪と体を洗い、湯に浸かる。
声を掛けると、岩陰からくぐもった返事。
「先に上がっていてほしい、、、」

アヤはロゼリアを残して先に上がったのである。









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