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第三話 ジルコンの憂鬱
26、ジルコンの失態①
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アデールの王子の体は思いがけないほど軽くて細かった。
骨格がきゃしゃなのだ。
ジルコンは、自分がそこまでする必要がないのではと思いつつ、目を閉じてぐたりとしたその体を抱きかかえてしまった。
ぶっとおしで彼の騎士たちの相手をさせられた王子は、疲れ切り無防備にもそのままジルコンに体を預けてくる。
その顔が肩に擦り付けられた。
肩で息をする苦し気で熱い浅い呼吸が、胸元を熱く湿らせる。
抱える体は熱くほてっているのに、服は冷たく冷え始めていた。
王子の心臓が高速で叩いていた。
なかなかおさまりそうにない。
身体が欠乏した酸素と消費しつくしたエネルギーの供給を必死で要求しているのだ。
先ほどまできっちりと編み込まれていた髪はほろほろと解けている。
なんとはなしに鼻を寄せると、ローズのいい香りがして、ジルコンは慌てて顔を離した。
それでなくても、ジムが俺が運びますよ、と引き受けようとしたのを断ったのだ。
まるで、ジルコンがこの王子を他人に触れさせたくないようではないか。
ジルコンは、自分の為に用意させていた部屋の低いベッドにロゼリアを寝かせ、神妙な顔をしてついてきたアヤに必要なものを指示する。
10年近く昔のあの時のように、身体を離そうとすればその腕はジルコンの体に絡みつきはなそうとしない。
あの時のロズは、この王子の妹であって、同じ人物ではない。
だが、驚くほど似ていると思う。
双子はこれほども似るものなのか。
ユキヤナギの沢に靴を脱ぎ捨てた姿が、ちいさな女の子だったロズに重なる。
ベッドに寝てもなお、手が伸ばされ首に巻き突こうとするのを優しくほどいた。
アデールの王子の目は閉じている。
完全に無意識の行動だった。
彼はいつも誰かがこうやって運んでくれるような人がいたのだな、とジルコンは思う。
あの調子をみると、無茶をすることも多そうだと思う。
彼には愛されてきた者独特の、他人からの好意を自然と受け取れる無邪気さがあった。
父親に厳しくしつけられ、弱音を吐くな、けっして他人から舐められるな、好意の裏には打算があると思えと言われ続けていたジルコンとは、明らかに違うところである。
ジルコンは口元をゆがませた。
ここに運んだのが自分の好意だとすると、なんの打算があるというのだ。
打算など何もない。
ただ、誰にも触れさせたくなくて、自分が運びたかっただけだった。
しかも、それはベッドで休ませたら終わりということでもなく、離れがたくて続いている。
ジルコンは他の誰かに任せることができないでいる。
固く絞ったタオルでその顔や首筋を拭く。
窓を開けるが、直接強い風があたりすぎないようにする。
熱いからといって急激に風に当たれば、必要以上に体温をうばってしまうからだ。
扇で仰ぐぐらいのやわらかな風ぐらいがちょうどいい。
いつ飲みたくなってもいいように水も用意させた。
短く荒い呼吸だったものはもう落ち着き始めていた。吹き出し続けていた汗も引きはじめている。
赤く上気していた顔色も、戻ってきている。
王子が受けたのは、新人騎士が入隊したときに行われるしごきに似ていた。
新人の騎士の傲慢な鼻っ柱を叩き折り、自分の実力を思い知らせ、先輩騎士の実力を見せつける。
そして限界までいたぶり、その根性をみるしごきである。
閉じられた集団に受け入れられる時に誰もが通ってくる道で、しごきでつぶれる者は黒騎士としてやっていけない。
だが、それは黒騎士の仲間入りする時に必要とする儀式のようなものであって、このアデールの王子は自分の騎士になるわけでもない。
いわば預かりものの客なのだ。
己の騎士たちの馬鹿さ加減に驚くほどである。
彼らがこのようなことを引き起こしてしまったのは、馬鹿にしたり無視をしたり、はたまた構いすぎたりしたりして、彼をきちんと王子扱いをしていなかったジルコン自身に責任があるのか。
それともこの王子が、人の興味を必要以上に掻き立てるのか。
アヤの尋常でない反発心を引き起こしたことが発端のようである。
ジルコンはブーツを引き剥がすように脱がせた。
胸もとを緩めようとすると、目を閉じたまま重そうな腕でのろのろと拒絶されてしまう。
「わたしの騎士たちの振る舞いは乱暴であった。本当に申し訳なかった。アンは彼らのしごきによくやったと思う。
あなたの剣は、赤い傭兵のものなのか?アデールの国に彼は今はいるのか。
剣の師匠が、赤い傭兵というのはすごいな!ベルゼ王を見直した」
ジルコンはいう。
「剣も体術も関節技も、ディーン、、、」
アデールの王子は話すのもだるそうにいう。
「怪我はしていないか?アヤのやつは真剣で勝負をしたといっていたが」
ジルコンは汗で額に張り付いた黄金の髪を左右に分ける。
太く強いジルコンの髪と違って、柔らかに波打つ絹糸のような髪だった。
その髪は黄金の絹糸。
ナミビアの騎士が歌うように言っていたのを不意に思い出した。
あれは、アデール国内で子供たちに歌われているざれ唄の一節だという。
双子の美しさをたたえる歌だという。
全ては知らないが、歌に歌われるのも納得できる、美しさを彼は備えていると思う。
この髪を切るときには、欲しいと名乗りを上げる者が多数出てきそうな豊かで美しい髪だった。
顔にかかる貼りつく髪を全て横に流し切っても、ジルコンは名残惜しくその顔に留まってしまうのであった。
骨格がきゃしゃなのだ。
ジルコンは、自分がそこまでする必要がないのではと思いつつ、目を閉じてぐたりとしたその体を抱きかかえてしまった。
ぶっとおしで彼の騎士たちの相手をさせられた王子は、疲れ切り無防備にもそのままジルコンに体を預けてくる。
その顔が肩に擦り付けられた。
肩で息をする苦し気で熱い浅い呼吸が、胸元を熱く湿らせる。
抱える体は熱くほてっているのに、服は冷たく冷え始めていた。
王子の心臓が高速で叩いていた。
なかなかおさまりそうにない。
身体が欠乏した酸素と消費しつくしたエネルギーの供給を必死で要求しているのだ。
先ほどまできっちりと編み込まれていた髪はほろほろと解けている。
なんとはなしに鼻を寄せると、ローズのいい香りがして、ジルコンは慌てて顔を離した。
それでなくても、ジムが俺が運びますよ、と引き受けようとしたのを断ったのだ。
まるで、ジルコンがこの王子を他人に触れさせたくないようではないか。
ジルコンは、自分の為に用意させていた部屋の低いベッドにロゼリアを寝かせ、神妙な顔をしてついてきたアヤに必要なものを指示する。
10年近く昔のあの時のように、身体を離そうとすればその腕はジルコンの体に絡みつきはなそうとしない。
あの時のロズは、この王子の妹であって、同じ人物ではない。
だが、驚くほど似ていると思う。
双子はこれほども似るものなのか。
ユキヤナギの沢に靴を脱ぎ捨てた姿が、ちいさな女の子だったロズに重なる。
ベッドに寝てもなお、手が伸ばされ首に巻き突こうとするのを優しくほどいた。
アデールの王子の目は閉じている。
完全に無意識の行動だった。
彼はいつも誰かがこうやって運んでくれるような人がいたのだな、とジルコンは思う。
あの調子をみると、無茶をすることも多そうだと思う。
彼には愛されてきた者独特の、他人からの好意を自然と受け取れる無邪気さがあった。
父親に厳しくしつけられ、弱音を吐くな、けっして他人から舐められるな、好意の裏には打算があると思えと言われ続けていたジルコンとは、明らかに違うところである。
ジルコンは口元をゆがませた。
ここに運んだのが自分の好意だとすると、なんの打算があるというのだ。
打算など何もない。
ただ、誰にも触れさせたくなくて、自分が運びたかっただけだった。
しかも、それはベッドで休ませたら終わりということでもなく、離れがたくて続いている。
ジルコンは他の誰かに任せることができないでいる。
固く絞ったタオルでその顔や首筋を拭く。
窓を開けるが、直接強い風があたりすぎないようにする。
熱いからといって急激に風に当たれば、必要以上に体温をうばってしまうからだ。
扇で仰ぐぐらいのやわらかな風ぐらいがちょうどいい。
いつ飲みたくなってもいいように水も用意させた。
短く荒い呼吸だったものはもう落ち着き始めていた。吹き出し続けていた汗も引きはじめている。
赤く上気していた顔色も、戻ってきている。
王子が受けたのは、新人騎士が入隊したときに行われるしごきに似ていた。
新人の騎士の傲慢な鼻っ柱を叩き折り、自分の実力を思い知らせ、先輩騎士の実力を見せつける。
そして限界までいたぶり、その根性をみるしごきである。
閉じられた集団に受け入れられる時に誰もが通ってくる道で、しごきでつぶれる者は黒騎士としてやっていけない。
だが、それは黒騎士の仲間入りする時に必要とする儀式のようなものであって、このアデールの王子は自分の騎士になるわけでもない。
いわば預かりものの客なのだ。
己の騎士たちの馬鹿さ加減に驚くほどである。
彼らがこのようなことを引き起こしてしまったのは、馬鹿にしたり無視をしたり、はたまた構いすぎたりしたりして、彼をきちんと王子扱いをしていなかったジルコン自身に責任があるのか。
それともこの王子が、人の興味を必要以上に掻き立てるのか。
アヤの尋常でない反発心を引き起こしたことが発端のようである。
ジルコンはブーツを引き剥がすように脱がせた。
胸もとを緩めようとすると、目を閉じたまま重そうな腕でのろのろと拒絶されてしまう。
「わたしの騎士たちの振る舞いは乱暴であった。本当に申し訳なかった。アンは彼らのしごきによくやったと思う。
あなたの剣は、赤い傭兵のものなのか?アデールの国に彼は今はいるのか。
剣の師匠が、赤い傭兵というのはすごいな!ベルゼ王を見直した」
ジルコンはいう。
「剣も体術も関節技も、ディーン、、、」
アデールの王子は話すのもだるそうにいう。
「怪我はしていないか?アヤのやつは真剣で勝負をしたといっていたが」
ジルコンは汗で額に張り付いた黄金の髪を左右に分ける。
太く強いジルコンの髪と違って、柔らかに波打つ絹糸のような髪だった。
その髪は黄金の絹糸。
ナミビアの騎士が歌うように言っていたのを不意に思い出した。
あれは、アデール国内で子供たちに歌われているざれ唄の一節だという。
双子の美しさをたたえる歌だという。
全ては知らないが、歌に歌われるのも納得できる、美しさを彼は備えていると思う。
この髪を切るときには、欲しいと名乗りを上げる者が多数出てきそうな豊かで美しい髪だった。
顔にかかる貼りつく髪を全て横に流し切っても、ジルコンは名残惜しくその顔に留まってしまうのであった。
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