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第二話 16歳の誕生日
8、16歳の誕生日①
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16歳の誕生のパーティーはごくごく内輪でひっそりと。
父と母と、アンジュの婚約者のサララと、二人の乳母と、親身になって役割以上に助けてくれる女官のフラウ、父の全幅の信頼をよせるかくしゃくとした重臣、、、。
ロゼリアは、今日の誕生パーティーに参加する面々の顔を思い浮かべた。
準備はすべて彼らに任せていた。
ロゼリアとアンジュのすることは、ただその場にパーティーの主役、姫と王子として参加するということだけである。
夜の間に落ちた雪がアデールの町にうっすらと白い被膜をかぶせている。
美しい雪化粧だった。
例年この時分なら、そこかしこに春の花が咲き乱れ、恋の歌を高々に小鳥たちは歌うのに、今年は春の訪れが遅かった。
二人の誕生日にまで冬の女神はぐずぐずと後ろ髪をひかれ、とどまっていた。
まるで、自分の願望のよう、とロゼリアは思う。
今日の日を待ち望む気持ちよりも、まだ15才でいたいと思う気持の方がずっと強い。
でも、春の芽吹きが遅くなれば、種まきが遅くなる。
芽吹かなくなる。
だれもそんなことを望んでいない。
ロゼリアにだってそれはわかっている。
初めて自分で織り上げたできの良くないショールを体にぎゅっと巻き付ける。
もう春はすぐそこまで来ている。
冬の女神の最後のあがきの、名残の雪だった。
まだ日も明けやらぬ早朝の行き先は、アンジュの部屋である。
扉を叩く前に内側から開いた。
アンジュはロゼリアを待っていた。
アンジュはまだ夜着を着ている。
ロゼリアの朝から喉元まできっちりと着込んだアデールの王子の正装に驚くが、何も言わずロゼリアを部屋へ引き込んだ。
部屋は暖かい。
だが、固く凍ったロゼリアの心をすっかり溶かすほど暖かくはない。
ロゼリアは先ほど着たその服の留め具を外していく。
上着を脱ぐと椅子にかけた。
アンジュの部屋は何度も来ている。
いつもいい香りがする。
きちんと整えられているのに、なぜかどこか雑多だった。
仕立て上げられたばかりのシンプルなドレスがかかり、ドレスに合わせた髪の飾りや手袋、アクセサリーなどが広がる。
靴も悩んだのだろうか、箱を開けられたままの形で床に置かれていた。
そして羽のように薄く紡いだ糸で織ったものに、アデールの赤で染めたショールがドレスにふんわりと巻かれていた。
それら今日のパーティに、ロゼリアのために準備されたものである。
雑多な印象の元凶はそのドレス、ドレスからつながる小ものたち。
女の準備は大変なのだ。
アンジュは部屋にどこに何があるか細かに説明をしていた。
気もそぞろ、生返事のロゼリアにとうとう無駄なことをするのをやめる。
「僕はロゼリアが着てきた服をきるから、全部脱いで?」
アンジュは夜着を頭から脱いだ。
細くて薄い身体ではあるが、まぎれもなく男の体である。
ロゼリアと身長は変わらない。
体重はアンジュの方が重い。
それは見た目にはうりふたつの双子とはいえ、男のアンジュの内側の骨格は太く重く、脂肪より筋肉があるということだった。
アンジュは辛抱強くロゼリアを待つ。
ロゼリアも一枚一枚、はがしていく。
全て纏うものを脱ぎ去った。
ロゼリアとアンジュは互いをただ見た。
目に映るのは自分の体はそうだと思う自分だった。
ロゼリアは自分を男だと思い込もうと努力したことは、努力もなしにアンジュは備えている。
そしてロゼリアの膨らんだ胸は、アンジュには決して育たないもの。
アンジュも怪しまれないように、姫として涙ぐましく努力してきたこともあるのだろう。
ロゼリアは何もしないでも姫なのだ。
国を愛する気持ち。
平和を望む強さ。
美しいものを愛でる気持ち。
強くあらねばとふるい立たせる気持ち。
アデールで彼らとともに生きたいという気持。
ああ、それは男であっても女であっても同じではないか。
国を愛するのも。
平和を望むのも。
美しいものを美しいと愛でるのも。
強くありたいと思うことも。
アデールで共に生きたいと思うことも。
「何も変わらないよ、、、」
アンジュは言う。
アンジュ自身に言ったのかもしれない。
今ではわかる。
性別を取り換えたときには、アンジュは死ぬかもしれないとの恐れがあったのだ。
だから、いつアンジュが死んでもいいように、影響が少なくなるように、自分を身代わりに立てたのだ。
ほんの数年でも世継ぎの王子が不在であることを父王たちは恐れた。
次の男子が生まれれば、ロゼリアの王子のふりも今日まで続かず、途中で終わっていたのかもしれない。
だが、父と母には双子の後に子供は生まれなかった。
16になったアンジュは子供の頃とは違う。
病気もしなくなって、強くなった。
強くて賢い王子のイメージはロゼリアが作ったものだが、それにアンジュも追いついていくか、もしくは追いつかなくても彼の王子をこれから作り上げていくのだろう。
ロゼリアが、アンジュがつくったロゼリア姫に完全になることができないように。
アンジュは椅子に掛けられたロゼリアの肌の熱を吸うその服を着る。
ロゼリアの、王子の男装。
ロゼリアが着るのは、ドレス?
まだそれを身に付けるのは早かった。
服を着て、アンジュは背筋を伸ばした。
服はぴったりだった。
扉を開けるのをアンジュはためらった。
ふりかえり、ロゼリアの頬に唇を寄せる。
「愛している」
親愛のキス。
それは自分自身に決別する、別れのキスだったのかもしれない。
今日から、アンジュは王子に。
ロゼリアは姫になる。
なにも難しいことなどない。
捻じれに捻じれた糸のよりが、逆まわしに解けてまっすぐな糸になっただけだ。
アンジュが過ごしたロゼリアの部屋はもともとロゼリアが過ごすはずだった部屋。自分の部屋なのだ。
ロゼリアは一人残された。
父と母と、アンジュの婚約者のサララと、二人の乳母と、親身になって役割以上に助けてくれる女官のフラウ、父の全幅の信頼をよせるかくしゃくとした重臣、、、。
ロゼリアは、今日の誕生パーティーに参加する面々の顔を思い浮かべた。
準備はすべて彼らに任せていた。
ロゼリアとアンジュのすることは、ただその場にパーティーの主役、姫と王子として参加するということだけである。
夜の間に落ちた雪がアデールの町にうっすらと白い被膜をかぶせている。
美しい雪化粧だった。
例年この時分なら、そこかしこに春の花が咲き乱れ、恋の歌を高々に小鳥たちは歌うのに、今年は春の訪れが遅かった。
二人の誕生日にまで冬の女神はぐずぐずと後ろ髪をひかれ、とどまっていた。
まるで、自分の願望のよう、とロゼリアは思う。
今日の日を待ち望む気持ちよりも、まだ15才でいたいと思う気持の方がずっと強い。
でも、春の芽吹きが遅くなれば、種まきが遅くなる。
芽吹かなくなる。
だれもそんなことを望んでいない。
ロゼリアにだってそれはわかっている。
初めて自分で織り上げたできの良くないショールを体にぎゅっと巻き付ける。
もう春はすぐそこまで来ている。
冬の女神の最後のあがきの、名残の雪だった。
まだ日も明けやらぬ早朝の行き先は、アンジュの部屋である。
扉を叩く前に内側から開いた。
アンジュはロゼリアを待っていた。
アンジュはまだ夜着を着ている。
ロゼリアの朝から喉元まできっちりと着込んだアデールの王子の正装に驚くが、何も言わずロゼリアを部屋へ引き込んだ。
部屋は暖かい。
だが、固く凍ったロゼリアの心をすっかり溶かすほど暖かくはない。
ロゼリアは先ほど着たその服の留め具を外していく。
上着を脱ぐと椅子にかけた。
アンジュの部屋は何度も来ている。
いつもいい香りがする。
きちんと整えられているのに、なぜかどこか雑多だった。
仕立て上げられたばかりのシンプルなドレスがかかり、ドレスに合わせた髪の飾りや手袋、アクセサリーなどが広がる。
靴も悩んだのだろうか、箱を開けられたままの形で床に置かれていた。
そして羽のように薄く紡いだ糸で織ったものに、アデールの赤で染めたショールがドレスにふんわりと巻かれていた。
それら今日のパーティに、ロゼリアのために準備されたものである。
雑多な印象の元凶はそのドレス、ドレスからつながる小ものたち。
女の準備は大変なのだ。
アンジュは部屋にどこに何があるか細かに説明をしていた。
気もそぞろ、生返事のロゼリアにとうとう無駄なことをするのをやめる。
「僕はロゼリアが着てきた服をきるから、全部脱いで?」
アンジュは夜着を頭から脱いだ。
細くて薄い身体ではあるが、まぎれもなく男の体である。
ロゼリアと身長は変わらない。
体重はアンジュの方が重い。
それは見た目にはうりふたつの双子とはいえ、男のアンジュの内側の骨格は太く重く、脂肪より筋肉があるということだった。
アンジュは辛抱強くロゼリアを待つ。
ロゼリアも一枚一枚、はがしていく。
全て纏うものを脱ぎ去った。
ロゼリアとアンジュは互いをただ見た。
目に映るのは自分の体はそうだと思う自分だった。
ロゼリアは自分を男だと思い込もうと努力したことは、努力もなしにアンジュは備えている。
そしてロゼリアの膨らんだ胸は、アンジュには決して育たないもの。
アンジュも怪しまれないように、姫として涙ぐましく努力してきたこともあるのだろう。
ロゼリアは何もしないでも姫なのだ。
国を愛する気持ち。
平和を望む強さ。
美しいものを愛でる気持ち。
強くあらねばとふるい立たせる気持ち。
アデールで彼らとともに生きたいという気持。
ああ、それは男であっても女であっても同じではないか。
国を愛するのも。
平和を望むのも。
美しいものを美しいと愛でるのも。
強くありたいと思うことも。
アデールで共に生きたいと思うことも。
「何も変わらないよ、、、」
アンジュは言う。
アンジュ自身に言ったのかもしれない。
今ではわかる。
性別を取り換えたときには、アンジュは死ぬかもしれないとの恐れがあったのだ。
だから、いつアンジュが死んでもいいように、影響が少なくなるように、自分を身代わりに立てたのだ。
ほんの数年でも世継ぎの王子が不在であることを父王たちは恐れた。
次の男子が生まれれば、ロゼリアの王子のふりも今日まで続かず、途中で終わっていたのかもしれない。
だが、父と母には双子の後に子供は生まれなかった。
16になったアンジュは子供の頃とは違う。
病気もしなくなって、強くなった。
強くて賢い王子のイメージはロゼリアが作ったものだが、それにアンジュも追いついていくか、もしくは追いつかなくても彼の王子をこれから作り上げていくのだろう。
ロゼリアが、アンジュがつくったロゼリア姫に完全になることができないように。
アンジュは椅子に掛けられたロゼリアの肌の熱を吸うその服を着る。
ロゼリアの、王子の男装。
ロゼリアが着るのは、ドレス?
まだそれを身に付けるのは早かった。
服を着て、アンジュは背筋を伸ばした。
服はぴったりだった。
扉を開けるのをアンジュはためらった。
ふりかえり、ロゼリアの頬に唇を寄せる。
「愛している」
親愛のキス。
それは自分自身に決別する、別れのキスだったのかもしれない。
今日から、アンジュは王子に。
ロゼリアは姫になる。
なにも難しいことなどない。
捻じれに捻じれた糸のよりが、逆まわしに解けてまっすぐな糸になっただけだ。
アンジュが過ごしたロゼリアの部屋はもともとロゼリアが過ごすはずだった部屋。自分の部屋なのだ。
ロゼリアは一人残された。
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