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【第3部 チェンジ】第七話 乱闘

66、立食パーティー ①

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 その日の夕方は、立食パーティーのリクレーションだった。
 立食パーティーは珍しいものではなくて、一週間に一度ぐらいのペースで行われている。
 毎日食堂での食事は味気ないだろうとの配慮であり、また学生たちの親交を深める意味もある。
 その週ごとに、ホスト役は持ち回りで変わっていく。
 ホストになれば、お国の食材や料理をエール国の宮廷料理人に伝えて用意させてもいいし、国から専属料理人を呼び寄せ、特別にエールの王城に呼び入れることもできた。

 その日の料理は見た目にも華やかで豪華であった。
 細工が華やかで盛り付けられた大皿から、自分の皿に移すのもはばかれるほど美しいものであった。
ナミビア国のウォラスがホストである。

 彼は、集まった学友たちにひとひとつ料理を説明していく。
 素材の特徴、ナミビア特有の調味料を使った料理の特徴、食べ方のポイント、ドリンクのおすすめの組み合わせ。
 普段は並ばないお酒も用意させている。
 ナミビア産の酒は、蒸留酒でアルコール度数が高いものが多い。
 蒸留技術は、ナミビアで発達している。
 ウォラスが纏う香水類も、蒸留技術を駆使して作られた高価なものである。
 酒が振舞われることにはジルコンは渋い顔をしているが、担当官のユリアンの許可を得ているという。
 ウォラスはこの場限りの特例、という譲歩を引き出すことができる稀有な男である。
 話し方にもそつがない。

 そのウォラスは、ナミビアのきれい所の女官たちを沢山呼んでいて、立食パーティーに花を添える。
 ウォラスは香り高いナミビアローズの花を胸に、女官たちは髪に挿す。
 美しい料理も美人な女官たちも、ウォラスの高い美意識が反映されていた。

 ノルやバルドたちが料理に向かって離れた隙を狙い、ジルコンはグラスを手に取りロゼリアに向かう。

「アン、お疲れさま」

 手に持ったグラスをロゼリアに手渡した。
 ロゼリアは受けとった。
 グラスにもバラの花びらが浮かばせてあった。

「今のウォラスの説明の仕方は模範的で素晴らしい。アデールの番になった時に参考になる」
「このスクールって、パーティーまでもアピールの場にすることができるんだね」

 担当によっては、あたりさわりないもので終わる場合もある。
 そうでない、凝りに凝ったような今回のウォラスのような華やかなパーティーの場合もある。

「面白いだろ?それぞれ、自国の特徴がでて面白い。凝ってないものでも、凝りようのなさに国民性がでていたりする。寛いでもらうことに主眼を置くもてなし方もある」
ジルコンはお酒に口をつけるロゼリアを見ていた。
「基本的に皆が知りたいところと、あなた独自の語りたい所が入れば、みんな興味を持ってくれると思うよ。
他国を知ることによって、自分の国の誇るべきところが際立って見えてくるような気がしないか?
さあ、ホストがいる間に料理を取りに行こう」

 ジルコンは、ロゼリアの肩にさりげなく手を置くが、それははっきりとノルやフィン、バルドたちの誰かがいつものように間に入ってくるのを拒む意思表示である。
 そこまでしなくても、とロゼリアは思ったが、ジルコンとの接触から温かさを感じ、料理の前にのんだ酒のせいかほわっとくる。
 ロゼリアは、ジルコンから伝わる体温に、縦穴に落ち込んだ時のことを思い出していた。
 体だけでなく心まで温かくて、不安も恐怖も忘れ、心底安心しきった心地よさを思い起こすのだ。
 あの時はぴったり、体の隙間がないほど彼にしがみついていたような気がする。
 今は、肩に置かれた手のひらと、彼の胸に寄せられる自分の肩だけがわずかに触れ合っているだけではあるが、それだけでも日頃の心身の疲れをすべて忘れてしまえそうだった。

「ウォラス、これはどうやって食べるんだ?」
 ジルコンは小さな柑橘類の中身がくりぬかれ、中には魚の赤い卵が入っている、見た目のきれいな物をさした。
「一口で食べるのが美味しい食べ方だよ。この柑橘は風味がいいよ。喉にもいいし、風邪予防にも良い。甘露煮にしても美味しい」
「なるほど」

 ジルコンは自分の物をとりわけながら気になるものがあったら確認している。
 ジルコンの飾らない性格、率直な物言いは好感が持てた。
 今も、誰と食事をしてもいいこのような自由な会食の場に、ロゼリアを隣に置こうとしてくれるのが嬉しい。
ジルコンはパジャン派にも声をかけている。

「これも美味しかったよ、生の魚のたまごはパジャンでも食べることがあるのだろうか?」
 声を掛けられたパジャン派の姫と会話を弾ませる。
 彼女が去ると、ロゼリアの肩に少しかがんだジルコンの肩が再度触れた。
 そんなわずかな触れ合いがロゼリアには嬉しいと感じたのである。

「今はまだ、エール派、パジャン派とはっきり分かれる感じだけど、お互いのことを知り、リスペクトできれば、わたしの王や彼らの王のようには他国と争うこともなくなると、わたしは信じているんだ」

 ロゼリアの皿には、ジルコンにより、芸術的に細工されたものもそうでないものも、構わずに盛り上げられていく。
 ロゼリアは焦った。
「これは、盛り過ぎではないか?」
「お前はこれぐらい食べないと筋肉や骨が育たなさそうだから、人一倍食べろ」

 ノルが、フィンが、バルドが、ラドーが、かわるがわるジルコンの傍にやってきていた。
 声を掛けられる度に、ジルコンは軽く不快な表情を見せて、返事もそっけなく返すのが断続的に続く。
 これ以上邪魔をするとジルコンの機嫌が悪くなりそうなのを感じたのか、もう近づいてくることはなかった。
 ジルコンは、他の王子や姫が間に入ろうとするのを、社交上失礼にあたらないぎりぎりのラインで拒絶していることにロゼリアは気が付いた。
 さらに言えば、彼が他に誰かに手ずから料理を取り分けたことはない。
 ロゼリアだけである。

「僕はあなたのお気にいりなんだ?」
 つい、言ってしまった。
 ナミビアの蒸留酒は角砂糖が入り甘くて口当たりがよかった。
 それにゆれるピンクのローズの花びらも甘く香りを添える。
 慣れないお酒がロゼリアの舌をゆるくしてしまっていたのかも知れない。
 ロゼリアの発現にジルコンは驚いたようだが、彼にもアルコールが巡っている。

「ようやく気がついてくれたか?わたしはエールにくる旅の途中で、あなたの唇にキスをしてしまうほど、毎朝、朝練をどんなに夜が遅くて起きるのが苦痛な時であろうと参加したいと奮起するほど、あなたが気になって仕方がない」

 ロゼリアの心臓は早鐘を打ち出した。
 告白のように聞こえたからだ。
 今はロゼリアは男装し、兄のアンジュとしてジルコン主催の夏スクールに参加している。
 ロゼリアには、まだ、自分が妹のロゼリア、あなたの婚約者であると、告白する勇気がない。
 ジルコンを騙し、皆をだましていたことを告白することになるからだ。
 それに、あなたが気になるといわれても、ジルコンの婚約者は妹のロゼリアである。
 告白のように聞こえても、アンジュとしている限り、ジルコンに良い返事ができるはずがなかった。
 

「ごめん、わたしの勝手な好意だから気にしないでくれ。あなたとは確かな友情を築きたいと思っている。妹姫のためにも」
 ジルコンはいいながら辛そうな表情を隠すように、顔をそらした。
 初めてロゼリアは、本当のことを打ち明けてないでいることは、ジルコンに対して申し訳ないという気持ちになった。
 エール国に来てはじめて、打ち明けるタイミングを真剣に考えなければならないと思う。
 それは今ではない。
 できればスクールが終わった後にとロゼリアは思っていたが、それは遅いのかもしれなかった。
 打ち明けるにも、入れ替わっていたことを伝えるのか、それとも全く伝えないでおくのかということも考えておかねばならないところであった。


※※※


 立食パーティー会場の外は芝の庭に面した回廊が続いている。
 回廊には等間隔に、彫刻を施した石造りの柱が立つ。
 パーティーの中盤には、出入りする者は少なくなる。ほとんどの者が会場内で食事や会話を楽しんでいるからだ。
 その人通りもない場所の陰で、娘の甘いあえぎと、荒い乱れた息が重なっている。

「ああっっ、もっと……」
 そのあえぎを合図に、何かをパンパンと叩きつける音が響いた。
 そして、くぐもった呻き声。
 二つの弾んだ息が落ち着いていく。

 しばらくして、襟元を正しながら出てきたのは今日のホストのウォラスだった。
 胸のバラの花を挿し直すが、花びらが崩れていることに気が付き、庭に投げ捨てた。
 乱れた銀髪を手のひらでなでつけると、そしらぬ顔をして会場に入った。
 ウォラスに遅れて柱の影から現れたのは若い女官の娘。
 ウォラスが捨てた花と自分の髪に挿していたこちらも崩れた花を二つ合わせて、一つの花に取り繕い髪に挿した。

 ウォラスは自分が呼び寄せた女官から熱い視線を感じ、彼女を誘って外に出たのだった。
 甘くささやくだけですぐに女は体をその身体を開いた。
 既に、ウォラスは行為に愛を感じられない。
 その時には燃え上がるがすぐに熱は消え去り、あとは行為前よりも冷たい心が残る。
 女は、一瞬の快楽を与えてくれるものに過ぎなかった。
 ウォラスには人生が退屈すぎた。
 5番目の王子では、ナミビア国内で重要な位置に食い込めるとは思えない。
 年の離れた優秀な兄や姉たちがすでに主要な国政を握っている。
 ウォラスは王が気まぐれで抱いた身分の低い女に生ませた、いてもいなくてもどうでもいい存在なのだ。
 かといって、王族の籍を離脱し、自力で糊口をしのぐのも疲れるだけではないかと思う。
 その容貌だけは銀髪巻き毛で美しいために、年上の女や婦人たちからの誘いは途切れることはない。
 暇つぶしには女と恋の駆け引きは丁度よかった。
 その時だけは何もかも忘れ楽しい時間を過ごせたからだ。

 ウォラスはぐるりと会場を周り笑顔を振りまいた。
 女の匂いが身体についているような気がした。
 もう部屋で休もうかと思い、会場から去ろうとしたとき、回廊の、さきほど女と身体を重ねていた近くの柱の陰で、人の気配を感じた。
 誰と誰の色事かと興味が引かれた。
 あり得ない組み合わせであればあるほど、その後の見物しがいがありそうである。
 脚をとめて耳をすませばそんな艶めいたものではなかった。

 エール派の数名が、アデールの田舎者が!
 きれいな顔をしてジルコンに取り入って、エストまでも彼と仲良くして、などアデールの王子の悪口をいっているようだった。

 それを聞いただけで誰なのかわかる。
 ウォラスは、彼らがもう少し別のことに一生懸命になればいいのにと思う。
 もしくは、劇的に状況を変化させる一手を打つとか。

「貴方たち……」
 ウォラスは声を掛けていた。
 掛けられた若者たちははっと後ろ暗さに顔を歪めた。
 その時ウォラスは女とセックスするよりも、もっと面白そうなことを思いつく。

「そんなに彼のことが気に入らないんだったら、ちょっと凝らしめてった方がいいんじゃないか?」
 いい気になっている美貌の若者の、苦痛に歪んだ顔が見たくなったのだ。
 退屈しのぎに丁度いものがこんな近くにあったのだった。


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