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第二話 16歳の誕生日
17、エール国王子の来訪②
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アデール国の森の途切れた国境に、小さな石を積み上げ高さだけは森の木々を超える砦がある。
その砦には最低限の防人が配置されている。
彼らは砦の目と鼻の先に来るまで、エール国のジルコン王子の一行に気が付かなかった。
お忍びの一行のような少人数で、旅人を装う地味なマントを羽織るとはいえ、よく見ればそのマントから武器を突き出させ、全身黒づくめである。
一行は13名。
王子に彼の騎士12名がつく。
いずれも若い。
最年長のロサンでも25である。
短髪の彼らの中で、黒髪を肩で切りそろえた切れ長の目の女も混ざっている。
アデール国の国境警備兵は、もう少し用心した方がいいのではないかとジルコンは眉をよせた。
同行の騎士たちも呆れている。
大きな声を掛け訪問を告げるとようやく防人は気が付いた。塔の上からいったん顔を見せて一行を確認し降りてきた。
遠くまで見渡せるはずの塔の上にいる意味がまるでない。
誰だかわかると、慌てふためいて伝令の鳥を飛ばしている。
その鳥も、よく肥え太っていて俊敏さに欠けている。
あまり伝令としての仕事をしていないのが丸わかりである。
あのぽってりした鳥とこのしまりのない顔をした国境警備兵の様子をみれば、アデールからの迎えを待っていれば一晩ここで過ごすことになるかもしれないと、うんざりとするような想像をしてしまう。
「どうしますか?進みますか?」
ジルコンが思ったことを誰もが思ったようである。
騎士のロサンが言う。
長身で屈強。
頼りになる男である。
「こんな辺鄙の寂しい場所で一晩過ごす羽目になるのは願い下げだ。先に進む」
ジルコンは言う。
防人が必死に止めるがエールの王子には彼らの言葉を聞く耳はなかった。
エールの王子に命令しその意に従わせることができるのは、彼の父のフォルス王だけなのだ。
ジルコンは胸の内で付け加えた。
美しい娘の懇願なら、気が向けばその願いを聞いてやってもいい。
もっともこんな辺鄙な森に、ジルコンの心を甘くとろかせるような美貌の娘など望めるはずもないと自嘲するのだが。
砦の下をくりぬいたような、アーチをくぐるとそこは鬱蒼とした森が広がるアデールの地である。
石を敷き詰めた道が森の中に飲み込まれていく。
王城の影は見えなかった。
国境の砦から王城まで馬を走らせて30分程の距離である。
「危険だな」
ジルコンは道に覆いかぶさる視界を暗く遮る森を見た。
誰が潜んでいてもおかしくない、危険をはらむ森だった。
ジルコンは極めて不機嫌であった。
父王譲りの、秀麗な顔を歪ませる。
「アデールは直接戦にも小競合いにも巻き込まれてはおりませんし、国境警備兵の様子をみればピンと来ないのかもしれませんね」
ロサンがいう。
エール国は力に物を言わせかなり強引な手段をとって勢力を拡大してきた国である。
各地にそれに反発する武力集団が、彼らの行手を阻むことが度々あった。
アデール国は、他の国々が急激に失いつつある原始の森と泉を残している。
それが、エールの王子を狙う格好の待ち伏せスポットになるのではないかと不気味に思えるのだ。
「ここは湿気た空気が辛気くさいな。こんな田舎の国に長居は不要だ。体の内側からカビてしまいそうだ。早く仕事を済ませて帰るぞ」
ジルコンは言った。
彼の仕事とは、父世代からの友好国であり中立を貫くアデール国の姫を、嫁に連れて帰ることだった。
フォルス王は親世代の友好関係を、婚姻という形をとりさらに強固にしたいと思っているのだ。
子供の頃、ジルコンは父に保養すると偽られ連れてこられたことがある。
あの頃に一度だけ、アデールの姫に会っていた。
穴に落ち込み、怪我をし、さらに結婚の申し込みもされたという飛んでもない想い出であったが、その姫は美しく成長したという噂は聞いている。
そして、姫が王子として16まで育てられるのだと言っていた。
とても本当とは思えないが、本当だとしても16の誕生日を超えたので、もう入れ替わってるはずである。
まだ18になったばかりの若いジルコンには結婚はまったく差し迫ったことには思えない。
父の思惑はどうであれ、エール国の王子としてこの歴史の狭間に置き忘れられたような鄙びた国でも、手に入れておいてもいいと思いたくなる動機はあった。
それは、アデールの赤と呼ばれる染料である。
強国の統制の元、一時の平和に浮かれ、手工業は発展し、人々の衣装はどんどん華美になっていた。
都会には仕事を求めに人々が集まり、商工業がかつてないほど活発化している。
彼らはその身を思い思いに飾り立てる。
アデールの赤で染めた布は、他で染める赤よりも鮮やかな発色の仕上がりとなる。
それもほんの少しの染料で染まるのである。
今や、彼らの衣装になくてはならない染料となり、職人たちはこぞってアデールの赤の染料を求めていた。
その染料の生産か発掘を、この森と泉の国は一手に引き受ける。
それには金にも等しい価値があった。
この赤色染料を、アデールがどこから手に入れているのか、何の植物を使っているのか、もしくは複数の何かを調合し合成し作っているのか、はたまた鉱物から取り出しているのかは、門外不出の機密事項とされている。
だから、姫を娶ることでアデールの赤の秘密を手に入れる!
それが、エール国ジルコン王子には魅力だった。
中立を保とうと、エールに飲み込もうと、多少姫が美しかろうが、こんな辺境の森など意味がない。
だいたい、どこかの姫というものは、過大評価されるものである。
良くて10人前程度のものだとジルコンは思っている。
ただし、辺境のアデール国が草原の一大勢力に飲み込まれる事態となるのはゆゆしき問題となり得るが。
「姫は王子の初恋の人なんでしょ?」
騎士の中で紅一点のアヤが言う。
真っ直ぐな黒髪を肩で切り揃えた、細い目、すっと伸びた細い鼻、薄い唇の、すきっとした印象である。
「ははっ。そんなはずはないだろう」
ジルコンは鼻で笑うと、騎士たちも笑った。
確かにロゼリア姫への手紙に、結婚の約束云々を匂わせるように書いたが、子供の頃の甘ずっぱい想い出を長々と持ち続けるほどメルヘンな男ではない。
ああ書いた方が会ってもらえるような気がしたのだ。
出来れば穏便に連れて帰りたいものである。
ジルコンには恋も愛もわからない。
結婚とは国と国の結び付きを強固にするものである。
エール国にとってはアデールの姫を人質に取るのも同然である。
エール国にさらに繁栄をもたらすためのものであるようにしか思えない。
国をより強くより豊かにする。
ジルコンはそれを導きもたらすための王子なのである。
そう彼は育てられている。
「ようやくお出迎えがきたようですね」
騎士のロサンが言った。
鞍上の一行が砂埃をたて、馬蹄の音を響かせていた。
鮮やかなアデールの赤で染めたマント。
金の髪。
「ベルゼ王自らお出迎えですか」
細い目をさらに目を細めてアヤはいう。
当然だろう?とジルコンは思うが口には出さない。
ベルゼ王の一行は、ほんの5名の王騎士のみ。
おっとりがたなで駆け付け、顔を赤く上気させている。
同じ年だという父王よりもベルゼ王は随分と若く見えた。
王は目元をほころばせ、ジルコンを歓待する。
「遠方より、田舎の国にお越しくださいまして誠に光栄でございます。
わたしはベルゼ。立派になられましたね」
朗らかにベルゼ王はいう。
「はい。ご健勝でなによりです」
ジルコンも笑顔を作る。
ベルゼ王は馬上で申し訳ありませんが、と言い置いて、ふたりは鞍上で握手を交わした。
握る大きな手を、農民のようなごつい手だとジルコンは思ったのである。
一行は森の道を進む。
ゆったりと並足である。
しばらく行くと、前方から馬を駆けてくる二つの影を見る。
まだ小さな点のようなものである。
それは遅れて王一行を追ってきた王子に扮するロゼリアとその騎士のセプターだった。
ベルゼ王はため息をついた。
「あれは、きっと愚息のアンジュです。一緒にお出迎えに参ろうと思いましたが、いるべきところにおりませんでしたので遅れました。急に休みをとるとか言い出して。王子に休みなどないのに本当に馬鹿者で、、、」
ベルゼ王は申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、ベルゼ王。王自らのお出迎えだけでも光栄です。王子でもたまにはその役割を軽くしたくもなるでしょう。気を使わせてしまったようで」
「フォルス王は元気にされているか?」
「それはもう。今回も一緒についていくと申して押さえるのがひと騒動でした」
「彼がくるとなると、一軍になるだろうな。それは御免こうむりたい」
「あははは。そうですね、王の仰々しい一行はどこにいっても迷惑でしょう」
アデールの王と王子の社交儀礼的なやり取りは続く。
心にもないやり取りから意識を反らそうと、ロサンは視線を巨木を連ねる鬱蒼とした森にやった。
なんとなく気になったのである。
ロサンは目を凝らし、幾度かしばたいた。
キラリ、キラリと何かが幹の間で光を反射する。
動物の目ではない、金属的な光だった。
緊張がロサンに走る。
「王子!森に武装集団がいます!」
鋭く叫んだ。
その叫びが、ジルコン王子の騎士たちと、森の影に潜む輩の合図とが奇しくもかさなった。
眼だけを残して覆面をする、衣装も武器も見るからに雑多な男たちがまばらに現れた。
人数は多い。
20人はいた。さらに、森の奥にも潜んでいるかもしれなかった。
それは盗賊に見えた。
だが盗賊が、彼らを狙うはずはない。
盗賊ならもっと楽に狙える少人数の旅人か、荷を運ぶ行商を狙うものである。
それに加えて、ベルゼもジルコンも武装集団なのである。
「何者だ。我が国で狼藉を犯すものは許さない。今すぐ武器を置いて引け」
ベルゼ王は目を怒らせた。
剣の柄に手を置き、誰何し恫喝する。
先ほどまでの温厚な王の姿はここにはない。
だが、覆面の男たちからは返事はない。
彼らの輪がじりりと狭まっただけであった。
二国の騎士たちは剣を抜く。
ジルコンを彼らの騎士が体をはって囲んで守る。
ベルゼ王の周りも同様だった。
盗賊の集団は襲い掛り、不意に森の片隅で戦闘が始まったのである。
その砦には最低限の防人が配置されている。
彼らは砦の目と鼻の先に来るまで、エール国のジルコン王子の一行に気が付かなかった。
お忍びの一行のような少人数で、旅人を装う地味なマントを羽織るとはいえ、よく見ればそのマントから武器を突き出させ、全身黒づくめである。
一行は13名。
王子に彼の騎士12名がつく。
いずれも若い。
最年長のロサンでも25である。
短髪の彼らの中で、黒髪を肩で切りそろえた切れ長の目の女も混ざっている。
アデール国の国境警備兵は、もう少し用心した方がいいのではないかとジルコンは眉をよせた。
同行の騎士たちも呆れている。
大きな声を掛け訪問を告げるとようやく防人は気が付いた。塔の上からいったん顔を見せて一行を確認し降りてきた。
遠くまで見渡せるはずの塔の上にいる意味がまるでない。
誰だかわかると、慌てふためいて伝令の鳥を飛ばしている。
その鳥も、よく肥え太っていて俊敏さに欠けている。
あまり伝令としての仕事をしていないのが丸わかりである。
あのぽってりした鳥とこのしまりのない顔をした国境警備兵の様子をみれば、アデールからの迎えを待っていれば一晩ここで過ごすことになるかもしれないと、うんざりとするような想像をしてしまう。
「どうしますか?進みますか?」
ジルコンが思ったことを誰もが思ったようである。
騎士のロサンが言う。
長身で屈強。
頼りになる男である。
「こんな辺鄙の寂しい場所で一晩過ごす羽目になるのは願い下げだ。先に進む」
ジルコンは言う。
防人が必死に止めるがエールの王子には彼らの言葉を聞く耳はなかった。
エールの王子に命令しその意に従わせることができるのは、彼の父のフォルス王だけなのだ。
ジルコンは胸の内で付け加えた。
美しい娘の懇願なら、気が向けばその願いを聞いてやってもいい。
もっともこんな辺鄙な森に、ジルコンの心を甘くとろかせるような美貌の娘など望めるはずもないと自嘲するのだが。
砦の下をくりぬいたような、アーチをくぐるとそこは鬱蒼とした森が広がるアデールの地である。
石を敷き詰めた道が森の中に飲み込まれていく。
王城の影は見えなかった。
国境の砦から王城まで馬を走らせて30分程の距離である。
「危険だな」
ジルコンは道に覆いかぶさる視界を暗く遮る森を見た。
誰が潜んでいてもおかしくない、危険をはらむ森だった。
ジルコンは極めて不機嫌であった。
父王譲りの、秀麗な顔を歪ませる。
「アデールは直接戦にも小競合いにも巻き込まれてはおりませんし、国境警備兵の様子をみればピンと来ないのかもしれませんね」
ロサンがいう。
エール国は力に物を言わせかなり強引な手段をとって勢力を拡大してきた国である。
各地にそれに反発する武力集団が、彼らの行手を阻むことが度々あった。
アデール国は、他の国々が急激に失いつつある原始の森と泉を残している。
それが、エールの王子を狙う格好の待ち伏せスポットになるのではないかと不気味に思えるのだ。
「ここは湿気た空気が辛気くさいな。こんな田舎の国に長居は不要だ。体の内側からカビてしまいそうだ。早く仕事を済ませて帰るぞ」
ジルコンは言った。
彼の仕事とは、父世代からの友好国であり中立を貫くアデール国の姫を、嫁に連れて帰ることだった。
フォルス王は親世代の友好関係を、婚姻という形をとりさらに強固にしたいと思っているのだ。
子供の頃、ジルコンは父に保養すると偽られ連れてこられたことがある。
あの頃に一度だけ、アデールの姫に会っていた。
穴に落ち込み、怪我をし、さらに結婚の申し込みもされたという飛んでもない想い出であったが、その姫は美しく成長したという噂は聞いている。
そして、姫が王子として16まで育てられるのだと言っていた。
とても本当とは思えないが、本当だとしても16の誕生日を超えたので、もう入れ替わってるはずである。
まだ18になったばかりの若いジルコンには結婚はまったく差し迫ったことには思えない。
父の思惑はどうであれ、エール国の王子としてこの歴史の狭間に置き忘れられたような鄙びた国でも、手に入れておいてもいいと思いたくなる動機はあった。
それは、アデールの赤と呼ばれる染料である。
強国の統制の元、一時の平和に浮かれ、手工業は発展し、人々の衣装はどんどん華美になっていた。
都会には仕事を求めに人々が集まり、商工業がかつてないほど活発化している。
彼らはその身を思い思いに飾り立てる。
アデールの赤で染めた布は、他で染める赤よりも鮮やかな発色の仕上がりとなる。
それもほんの少しの染料で染まるのである。
今や、彼らの衣装になくてはならない染料となり、職人たちはこぞってアデールの赤の染料を求めていた。
その染料の生産か発掘を、この森と泉の国は一手に引き受ける。
それには金にも等しい価値があった。
この赤色染料を、アデールがどこから手に入れているのか、何の植物を使っているのか、もしくは複数の何かを調合し合成し作っているのか、はたまた鉱物から取り出しているのかは、門外不出の機密事項とされている。
だから、姫を娶ることでアデールの赤の秘密を手に入れる!
それが、エール国ジルコン王子には魅力だった。
中立を保とうと、エールに飲み込もうと、多少姫が美しかろうが、こんな辺境の森など意味がない。
だいたい、どこかの姫というものは、過大評価されるものである。
良くて10人前程度のものだとジルコンは思っている。
ただし、辺境のアデール国が草原の一大勢力に飲み込まれる事態となるのはゆゆしき問題となり得るが。
「姫は王子の初恋の人なんでしょ?」
騎士の中で紅一点のアヤが言う。
真っ直ぐな黒髪を肩で切り揃えた、細い目、すっと伸びた細い鼻、薄い唇の、すきっとした印象である。
「ははっ。そんなはずはないだろう」
ジルコンは鼻で笑うと、騎士たちも笑った。
確かにロゼリア姫への手紙に、結婚の約束云々を匂わせるように書いたが、子供の頃の甘ずっぱい想い出を長々と持ち続けるほどメルヘンな男ではない。
ああ書いた方が会ってもらえるような気がしたのだ。
出来れば穏便に連れて帰りたいものである。
ジルコンには恋も愛もわからない。
結婚とは国と国の結び付きを強固にするものである。
エール国にとってはアデールの姫を人質に取るのも同然である。
エール国にさらに繁栄をもたらすためのものであるようにしか思えない。
国をより強くより豊かにする。
ジルコンはそれを導きもたらすための王子なのである。
そう彼は育てられている。
「ようやくお出迎えがきたようですね」
騎士のロサンが言った。
鞍上の一行が砂埃をたて、馬蹄の音を響かせていた。
鮮やかなアデールの赤で染めたマント。
金の髪。
「ベルゼ王自らお出迎えですか」
細い目をさらに目を細めてアヤはいう。
当然だろう?とジルコンは思うが口には出さない。
ベルゼ王の一行は、ほんの5名の王騎士のみ。
おっとりがたなで駆け付け、顔を赤く上気させている。
同じ年だという父王よりもベルゼ王は随分と若く見えた。
王は目元をほころばせ、ジルコンを歓待する。
「遠方より、田舎の国にお越しくださいまして誠に光栄でございます。
わたしはベルゼ。立派になられましたね」
朗らかにベルゼ王はいう。
「はい。ご健勝でなによりです」
ジルコンも笑顔を作る。
ベルゼ王は馬上で申し訳ありませんが、と言い置いて、ふたりは鞍上で握手を交わした。
握る大きな手を、農民のようなごつい手だとジルコンは思ったのである。
一行は森の道を進む。
ゆったりと並足である。
しばらく行くと、前方から馬を駆けてくる二つの影を見る。
まだ小さな点のようなものである。
それは遅れて王一行を追ってきた王子に扮するロゼリアとその騎士のセプターだった。
ベルゼ王はため息をついた。
「あれは、きっと愚息のアンジュです。一緒にお出迎えに参ろうと思いましたが、いるべきところにおりませんでしたので遅れました。急に休みをとるとか言い出して。王子に休みなどないのに本当に馬鹿者で、、、」
ベルゼ王は申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、ベルゼ王。王自らのお出迎えだけでも光栄です。王子でもたまにはその役割を軽くしたくもなるでしょう。気を使わせてしまったようで」
「フォルス王は元気にされているか?」
「それはもう。今回も一緒についていくと申して押さえるのがひと騒動でした」
「彼がくるとなると、一軍になるだろうな。それは御免こうむりたい」
「あははは。そうですね、王の仰々しい一行はどこにいっても迷惑でしょう」
アデールの王と王子の社交儀礼的なやり取りは続く。
心にもないやり取りから意識を反らそうと、ロサンは視線を巨木を連ねる鬱蒼とした森にやった。
なんとなく気になったのである。
ロサンは目を凝らし、幾度かしばたいた。
キラリ、キラリと何かが幹の間で光を反射する。
動物の目ではない、金属的な光だった。
緊張がロサンに走る。
「王子!森に武装集団がいます!」
鋭く叫んだ。
その叫びが、ジルコン王子の騎士たちと、森の影に潜む輩の合図とが奇しくもかさなった。
眼だけを残して覆面をする、衣装も武器も見るからに雑多な男たちがまばらに現れた。
人数は多い。
20人はいた。さらに、森の奥にも潜んでいるかもしれなかった。
それは盗賊に見えた。
だが盗賊が、彼らを狙うはずはない。
盗賊ならもっと楽に狙える少人数の旅人か、荷を運ぶ行商を狙うものである。
それに加えて、ベルゼもジルコンも武装集団なのである。
「何者だ。我が国で狼藉を犯すものは許さない。今すぐ武器を置いて引け」
ベルゼ王は目を怒らせた。
剣の柄に手を置き、誰何し恫喝する。
先ほどまでの温厚な王の姿はここにはない。
だが、覆面の男たちからは返事はない。
彼らの輪がじりりと狭まっただけであった。
二国の騎士たちは剣を抜く。
ジルコンを彼らの騎士が体をはって囲んで守る。
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