上 下
15 / 22
第三夜 選抜試験

14、持久走

しおりを挟む
障害物競争を終えると、しばらく休憩ができる。
先行しているアクア姫のチームも休んでいる。
アリーナたちは泥だらけであった。
先生はなぜか全身派手に泥だらけだ。

リシアは自分の汚れをさっと落とすと、アリーナたちの腕や足の泥を落とすのを助けていた。
アリーナは、リシアが自分達ほど泥に汚れていないのに気がついた。
というより、彼女だけ綺麗なのだ。

「え?泥水に入らず飛んだからよ?」

とはいえ、リシアもレース中、肩を抱いたり、抱きついたりしたので、全くの無キズという訳ではない。

「服の泥は完全には落ちないかもしれないわねえ。染色技法で泥染めもあるぐらいだし」
リシアは袖についた乾いた泥を、ぱしっと指を弾いて落とした。

足を挫いた199番はここで、涙のリタイアをする。

リシアたちは、ひとつ前のアクア姫のグループと一緒のスタートを切る。
王城をぐるりと囲う散歩道を走り抜ける。
迷わないように、青い略礼装の王騎士も所々に立ち、指で教えてくれる。
しかも笑顔と声援つきである。

アリーナもサラも先生も、こんなに身近に王騎士を感じたことがなかった。

息を弾ませながらも、つい、見目よいデクロアの騎士を目の端で鑑賞してしまう。

ベルゼラの騎士を知って、ようやく実感したことだが、デクロア国の騎士は品があり、本当に素敵だった。
デクロアの騎士が例え、妃選びの体力テストをする側になっても、穴を掘って泥水の障害物など作ろうとは思わないだろう。
釣りざおで遊んだりしないだろう。

なぜなら、我らのデクロアの王騎士は紳士だから!

アリーナも、他の多くの合格者も、次の20名に辛うじて残れたとしても、その次の選考に残れる程、自分に実力がないかもしれないことを薄々感じてきている。
5番のシーアなら残れるかもしれないと、アリーナは思う。
彼女がいなければ、障害物競争ではゴールできず、アリーナたちは終了だったのは明白だ。


「185、頑張れ!まだ3分の1だ!」
「150番、いいぞ!」
「10番、頑張れ!遅れているぞ!」
王騎士の声援が次々飛ぶ。

だから、顔を真っ赤にして脚もお腹も痛くて、自分は無様な顔をしているであろうが、素敵な王騎士から、そんな自分だけに贈られた声援を胸に、堂々と家に帰ろうではないかと思う。


「アクアさま!応援しております!」
「アクアさま!お慕いしております!」

個人名も呼ばれていた。
アクア姫の名前を呼ぶ声には敬愛や、尊敬、崇拝といった想いが込められているのがわかる。
そのアクア姫は、少し遅れぎみになっている。
するとアリーナを見ないで、後ろのアクアを探す者たちも多い。
それはちょっと悲しい。


ゴールに近付くにつれて、だんだん人も多くなる。今日は城内は仕事にならないようだった。

「アリーナ!先に行くわ!」
余力を残していたリシアがラストスパートをかける。
一気にアリーナたちは置いていかれた。

「リシアさま!がんばれ~!」
「山猿~!」
「跳ね返りっ娘!いいぞ!!」
「リシア姫!」
「おさるちゃん!!頑張れ!」
「リ、シ、ア!リ、シ、ア!」

アリーナの前方では、三番目の姫にも一段と大きな声援が向けられていた。

多すぎて、また様々な呼び掛けられ方をしていたので、アリーナは今の今までそれがリシア姫のことを言っているのがわからなかった。

アリーナは喘ぎながら思い巡らした。

リシア姫は前方を走っているのだろうか?
そういえば、アリーナはリシア姫がこの選抜試験に参加している姿を、まだ確認していないことに気がついた。
確か16才。
参加しているはずだった。

いや、はずではない。
実際に参加している!
すぐ前方にいる!

汗が目に入ってヒリヒリした。
スパートどころか逆にペースが落ちる。
肺も心臓も脚も腕も、限界に来ていた。
既に王騎士を見る余裕は全くなくなっていた。

スタート地点がゴールだ。
アリーナは倒れ込んだ。

既にゴールした、5番のゼッケンを付けた金茶の髪の輝く笑顔の娘が、アリーナの顔にタオルを押し付けた。

不意にアリーナは悟る。

シーアが、
「リシア姫」
だ。

掠れた声しかでない。
リシアは呼び掛けられて、眉を上げ、観念する。そしてにっこり笑った。
向けられたものが幸福感を抱かずにはいられない、輝く笑顔だった。
唇をアリーナの耳に寄せる。

「まだ気がついていない人も多そうだから、このまま黙っていて頂戴!アリーナ!」


そのいたずら気な小さな囁きは、王騎士たちの大きな声援よりもアリーナには嬉しくて、その後何度も何度も思い出したのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま
恋愛
「あぁああーっ!?」婚約者の肖像画を見た瞬間、すべての記憶がよみがえった。私、前回の人生でこの男に殺されたんだわ! ララシーナ姫の人生は今世で四回目。今まで三回も死んだ原因は、すべて大国エンヴィードの皇子フェリオスのせいだった。婚約を突っぱねて死んだのなら、今世は彼に嫁いでみよう。死にたくないし!――安直な理由でフェリオスと婚約したララシーナだったが、初対面から夫(予定)は冷酷だった。「政略結婚だ」ときっぱり言い放ち、妃(予定)を高い塔に監禁し、見張りに騎士までつける。「このままじゃ人質のまま人生が終わる!」ブチ切れたララシーナは前世での経験をいかし、塔から脱走したり皇子の秘密を探ったりする、のだが……。あれ? 冷酷だと思った皇子だけど、意外とそうでもない? なぜかフェリオスの様子が変わり始め――。 ○初対面からすれ違う二人が、少しずつ距離を縮めるお話○最初はコメディですが、後半は少しシリアス(予定)○書き溜め→予約投稿を繰り返しながら連載します。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」

まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。 ……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。 挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。 私はきっと明日処刑される……。 死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。 ※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。 勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。 本作だけでもお楽しみいただけます。 ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...