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15-1、パレード
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息をひそめ、内へ内へと目をむけてしまう冬の寒さが緩んでいく。
白一色だった冷たい世界から、花の香りが漂い、草木の鮮やかな緑が照り映え、陽光は厚みを増していく。
エールの民にとって今年の春は特別だった。
温室では春の祭りに間に合うように、バラや芍薬、牡丹、ダリア、トルコ桔梗といった艶やかな花の開花と収穫を急いでいた。
春祭りの始まりのパレードの先頭には春の精霊に扮した女神が神輿に担がれて行く。
女神の後には、王室支援の学校の音楽隊やダンス隊、様々な精霊たちに扮した子供たちが続き、場を盛り上げる。
春祭りのパレードでは、陽気な音楽と笑いとダンスに歓声を送り、最後に居残った冬の精霊の名残を吹き飛ばすのだ。
パレードの後はそのまま無礼講の祭りへとなだれ込む。
毎年この時期、人々は待ち望んでいた春の訪れを歓迎し、歌って踊って美味しいもので腹を満たし、浮かれ騒ぐのである。
このパレードと同時に、ジルコン王子とアデールの姫の成婚祝賀パレードが行われる。
王子と姫は、何か月にもわたっていくつもの結婚の儀を行ってきていた。最後を締めくくるのが、お披露目を兼ねたパレードである。
そのため、春祭りの初日、例年以上にエールの王都の沿道には着飾った人々が溢れ、すべての窓が開け放たれ、窓辺には花が飾られていた。
ジルコン王子の花嫁の訪れを、今か今かと待ちわびていたのである。
※
「ねえ、どうしたの、あいつ」
「このところ落ち込んでる」
「はあ?女にふられたとか?」
「振られるどころではなくて、逃げられたそうだ」
「え、うそ、かわいそ……」
その朝の黒騎士のアンとジムの会話である。
いつもの簡易な黒服ではなく、正装の黒銀の制服に身を包んだ黒騎士たちは愛馬に向かい、この日のために新調した赤い組紐の豪奢な胸懸の具合を確かめていた。
セルジオの愛馬の胸にも同じものがかけられている。
馬たちも王都の熱気を感じて、普段よりも興奮している。
「セルジオ、調子が良くないのならパレードに参加しなくていいぞ」
騎乗したロサンがセルジオに声をかけた。
セルジオはジルコン王子に手を引かれ、馬車に乗り込む純白の花嫁のドレスに身を包む主人を見た。
「大丈夫です」
「なら、胸をはり背を伸ばしていけ。お前はロゼリア姫の権威を象徴する男だということを忘れるな」
「わかってます」
セルジオは顔を叩き気合を入れた。
鐙に足をかけ一息で騎乗する。
真新しい赤黒の正装がまったく体に馴染んでいない。動くたびに黒の刺繍がきしきしと軋んだ。
セルジオの位置は、姫側の馬車の真横。
ロサンは王子の側である。
空気を震わせる大歓声が上がった。
春祭りの女神の神輿と子供たちの楽隊を迎えたのだ。
馬車前で待機していた歩兵が二人、立ちあがり幟旗を立てた。
王室を現す黒に金の狼文様が春風にはためいた。
セルジオの胸の赤黒のリボンも揺れる。
王子一行も動きだす。
「そのリボン……」
ロゼリア姫がセルジオに声をかけ、なおも何かを言うが、大歓声に声がかき消されて最後まで聞こえない。
花が散り敷かれた沿道を、黒騎士と姫の赤い騎士を引き連れた豪奢な一行がゆったりと進む。
あとからあとから祝いの花びらがゆらりゆらりと降り注ぐ。
美しく結い上げた金の髪に、純白のドレスに、赤い花が咲いていく。
ゆったりと進む成婚パレードが始まったのである。
牡丹雪のような花びらが舞う中、パレードは進む。
濃厚な花の香りと群衆の熱気と喧騒で、酔いそうなぐらいである。
「王子さま、おめでとうございます!お妃さまとお幸せに!」
ロゼリア姫は笑顔で手を振っている。
時折、ジルコン王子がロゼリア姫を引き寄せてその頬に額にキスをすれば、突然の嵐が襲ったかのように一層、声高く歓声が上がるのだ。
「赤毛の姫の騎士さまよ!ハンサムだわ!」
「わたしたちの庶民から選抜試験を勝ち抜いたすごい人よ!」
「セルジオさま!」
歓声の中には赤毛の騎士に向けられるものもある。
セルジオは馬上で正面を見据えていた。
こんな時であっても、何が起こるかわからないからだ。
視界全体で沿道の人々に違和感がないか集中する。
「セルジオ、きまってるぜ!格好いいぜ!俺たちの騎士よ!」
ロッソが最前列で手をふっていた。
彼の周りは、道場の子供たちや仲間たちがいる。
子供たちは花を手にしてめちゃめちゃに振っている。
セルジオの母もいて、ハンカチで涙を拭っていた。
セルジオは彼らにニコリとも笑いかけることも、手を振り返すこともできないが、自然と背中が伸びていく。
彼らの喜ぶ姿を見て、ようやく姫の騎士になったのだという実感がわいてきたのだった。
このところ落ち込んでいた理由を意識から締め出そうとする。
年上の女と別れて王城に戻ってから、もんもんと過ごしていたセルジオは、彼女の真意を確かめたくて、昨日時間を作って彼女の住む集合住宅へ行った。
だが、部屋はもぬけの殻だった。
彼女はセルジオの世界から消えてしまった。
母親が、友人が、子供たちが、騎士になった自分を喜んでくれている。
自分は積年の夢をかなえたのだ。
落ち込んでなどいられないではないか。
群衆の中のドレスの娘たちの胸に赤いリボンが揺れていた。
身を乗り出し警備兵に押さえられている娘の胸にもリボンがある。
気にしてみれば、女性たちの8割は祝いのリボンをつけていた。
彼女の仕掛けは大成功を収めたようである。
彼女はうまくやれている。
きっとカード織の事業もうまくいくだろう。
今までも、彼女のためになることなど、自分は一つもしていない。
きまぐれに訪れては抱いただけだ。
自分がいなくても、彼女はこれからの人生をうまくやっていくだろうと思う。
白一色だった冷たい世界から、花の香りが漂い、草木の鮮やかな緑が照り映え、陽光は厚みを増していく。
エールの民にとって今年の春は特別だった。
温室では春の祭りに間に合うように、バラや芍薬、牡丹、ダリア、トルコ桔梗といった艶やかな花の開花と収穫を急いでいた。
春祭りの始まりのパレードの先頭には春の精霊に扮した女神が神輿に担がれて行く。
女神の後には、王室支援の学校の音楽隊やダンス隊、様々な精霊たちに扮した子供たちが続き、場を盛り上げる。
春祭りのパレードでは、陽気な音楽と笑いとダンスに歓声を送り、最後に居残った冬の精霊の名残を吹き飛ばすのだ。
パレードの後はそのまま無礼講の祭りへとなだれ込む。
毎年この時期、人々は待ち望んでいた春の訪れを歓迎し、歌って踊って美味しいもので腹を満たし、浮かれ騒ぐのである。
このパレードと同時に、ジルコン王子とアデールの姫の成婚祝賀パレードが行われる。
王子と姫は、何か月にもわたっていくつもの結婚の儀を行ってきていた。最後を締めくくるのが、お披露目を兼ねたパレードである。
そのため、春祭りの初日、例年以上にエールの王都の沿道には着飾った人々が溢れ、すべての窓が開け放たれ、窓辺には花が飾られていた。
ジルコン王子の花嫁の訪れを、今か今かと待ちわびていたのである。
※
「ねえ、どうしたの、あいつ」
「このところ落ち込んでる」
「はあ?女にふられたとか?」
「振られるどころではなくて、逃げられたそうだ」
「え、うそ、かわいそ……」
その朝の黒騎士のアンとジムの会話である。
いつもの簡易な黒服ではなく、正装の黒銀の制服に身を包んだ黒騎士たちは愛馬に向かい、この日のために新調した赤い組紐の豪奢な胸懸の具合を確かめていた。
セルジオの愛馬の胸にも同じものがかけられている。
馬たちも王都の熱気を感じて、普段よりも興奮している。
「セルジオ、調子が良くないのならパレードに参加しなくていいぞ」
騎乗したロサンがセルジオに声をかけた。
セルジオはジルコン王子に手を引かれ、馬車に乗り込む純白の花嫁のドレスに身を包む主人を見た。
「大丈夫です」
「なら、胸をはり背を伸ばしていけ。お前はロゼリア姫の権威を象徴する男だということを忘れるな」
「わかってます」
セルジオは顔を叩き気合を入れた。
鐙に足をかけ一息で騎乗する。
真新しい赤黒の正装がまったく体に馴染んでいない。動くたびに黒の刺繍がきしきしと軋んだ。
セルジオの位置は、姫側の馬車の真横。
ロサンは王子の側である。
空気を震わせる大歓声が上がった。
春祭りの女神の神輿と子供たちの楽隊を迎えたのだ。
馬車前で待機していた歩兵が二人、立ちあがり幟旗を立てた。
王室を現す黒に金の狼文様が春風にはためいた。
セルジオの胸の赤黒のリボンも揺れる。
王子一行も動きだす。
「そのリボン……」
ロゼリア姫がセルジオに声をかけ、なおも何かを言うが、大歓声に声がかき消されて最後まで聞こえない。
花が散り敷かれた沿道を、黒騎士と姫の赤い騎士を引き連れた豪奢な一行がゆったりと進む。
あとからあとから祝いの花びらがゆらりゆらりと降り注ぐ。
美しく結い上げた金の髪に、純白のドレスに、赤い花が咲いていく。
ゆったりと進む成婚パレードが始まったのである。
牡丹雪のような花びらが舞う中、パレードは進む。
濃厚な花の香りと群衆の熱気と喧騒で、酔いそうなぐらいである。
「王子さま、おめでとうございます!お妃さまとお幸せに!」
ロゼリア姫は笑顔で手を振っている。
時折、ジルコン王子がロゼリア姫を引き寄せてその頬に額にキスをすれば、突然の嵐が襲ったかのように一層、声高く歓声が上がるのだ。
「赤毛の姫の騎士さまよ!ハンサムだわ!」
「わたしたちの庶民から選抜試験を勝ち抜いたすごい人よ!」
「セルジオさま!」
歓声の中には赤毛の騎士に向けられるものもある。
セルジオは馬上で正面を見据えていた。
こんな時であっても、何が起こるかわからないからだ。
視界全体で沿道の人々に違和感がないか集中する。
「セルジオ、きまってるぜ!格好いいぜ!俺たちの騎士よ!」
ロッソが最前列で手をふっていた。
彼の周りは、道場の子供たちや仲間たちがいる。
子供たちは花を手にしてめちゃめちゃに振っている。
セルジオの母もいて、ハンカチで涙を拭っていた。
セルジオは彼らにニコリとも笑いかけることも、手を振り返すこともできないが、自然と背中が伸びていく。
彼らの喜ぶ姿を見て、ようやく姫の騎士になったのだという実感がわいてきたのだった。
このところ落ち込んでいた理由を意識から締め出そうとする。
年上の女と別れて王城に戻ってから、もんもんと過ごしていたセルジオは、彼女の真意を確かめたくて、昨日時間を作って彼女の住む集合住宅へ行った。
だが、部屋はもぬけの殻だった。
彼女はセルジオの世界から消えてしまった。
母親が、友人が、子供たちが、騎士になった自分を喜んでくれている。
自分は積年の夢をかなえたのだ。
落ち込んでなどいられないではないか。
群衆の中のドレスの娘たちの胸に赤いリボンが揺れていた。
身を乗り出し警備兵に押さえられている娘の胸にもリボンがある。
気にしてみれば、女性たちの8割は祝いのリボンをつけていた。
彼女の仕掛けは大成功を収めたようである。
彼女はうまくやれている。
きっとカード織の事業もうまくいくだろう。
今までも、彼女のためになることなど、自分は一つもしていない。
きまぐれに訪れては抱いただけだ。
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