姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)

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12-2、運命の女

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 アンが望むことをかなえることが、セルジオの喜び。
 アンの行く道の、一歩先をセルジオは行く。

 行く手を阻む無数の鋭い棘がセルジオの肌を切り裂いた。
 手にした剣で、右に左に薙ぎ払った。
 枝からは、赤い樹液が噴き出し降り注ぐ。
 人の血のように、赤い、赤い、樹液。
 己の髪が赤いのは、無数の血を浴びたからなのか。
 己の踏みしめた道が赤いのは、己の流した血の跡なのか。
 己が望むのは、ただアンのあなうらが血で汚れないこと。
 悪意の厄災がアンに降りかからないこと。

 アンが口にした自分の騎士にというのは、ただの方便にすぎないだろう。
 アンは切実に、ジルコン王子から解放されたいだけなのだ。
 そのためにはセルジオが喜んで飛びつきそうなことを言ったのだろう。
 赤毛の男は所詮、替えのきく傭兵。
 金と引き換えにどんなことだってする。
 必要な時だけ使って用なしになる。

 そうだとしても。
 己はアンが望むことをかなえたいと思った。
 たとえ、この命をかけることになったとしても。
 それだけの価値のある女だと思った。
 もっともアンは女でなく男で王子であるのだが。

 セルジオは目を開いた。
 その赤銅色の目でアンを見た。
 アンも緊張し息をつめ、セルジオが彼自身の未来を定めるのを待っていた。

「わかった。お前をアデールに連れて行ってやる」

 その瞬間、アンの緊張がほどけた。
 ふわっと艶やかな花が咲いたような笑顔になる。
 この笑顔のために、命を捨てても惜しくなかったと思えるような。
 後になって何度も何度もこの笑顔を思い返すだろうと思えるような。

 
 掴むだけであった姫騎士になれるビックチャンスを蹴ってしまったことを伝えたら、彼女はあなたって馬鹿よねと、許してくれるだろうか。
 そして自分が彼女以外の女を守るために死んだとしても、彼女は悲しんでくれるだろうか。
 セルジオは、昨夜過ごした年上の女をなぜか思い出した。


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