姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)

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10-2、息抜き

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 セルジオが店に顔をださなくなり落ち込んでいたアニエスを見かねて、友人が草原の国の料理店に連れて行ってくれた。
 踏み入れると羊の匂いと嗅ぎなれないスパイスの香りがした。
 そこで、珍しい模様が織り込まれた紐状の織物に出会った。
 カードを使ってくるくると回していくと模様ができていくパジャンのカード織りだった。
 店のおばさんに頼むと教えてくれた。
 初心者だから糸の本数とカードの枚数は少ない。
 きつめに織れば靴紐ぐらいにはなりそうだった。
 酒場の扉が開くたびに、アニエスは赤毛の男の姿を探す。
 悲しくなるのを紛らわせてくれたのは、空き時間にくるくるとカードをまわしていたためだった。

 その、アニエスに生き方を見直させた赤い髪の男が再び目の前にいる。
 それも、打ちのめされて?

「ねえ、わたしのハンサムさん。騎士試験駄目だったの?あなたは、がつがつとあきらめないところが魅力なんだから、今日は落ち込むだけ落ち込んで、明日からまた頑張りなさいよ。わたしもあんたに役立ちそうな情報にアンテナ張っておくから。そろそろお友達のロッソも帰るから、一緒に帰りなさいよ。間違っても、居残って飲むなんてしないで。十分飲みすぎているわよ」

 ロッソたちは立ち始めている。
 セルジオにも帰るぞ、と声がかかった。
 ロッソたちのテーブルを片付けようとしたアニエスの手を、セルジオは掴んだ。指を絡めてくる。

「……あんたを抱きたくてたまらない」

 赤銅色の目は、アニエスの心を震わせる。
 反則だと思った。
 ずるい男だった。
 せっかく、この男への好意を手放せると思ったのに。
 男はアニエスを抱く。
 だが、本当は、男を抱いたのはアニエスなのだ。






「……ねえ、起きなさいよ。鍛練の時間なんでしょ」
 セルジオは優しくゆすられて目を覚ました。
 ひんやりとした手が肩に触れている。
 昨夜体を重ねたときも、ひんやりとして吸い付くような肌だった。
 男をその身体で虜にする女だった。
 あいにく、セルジオは彼女にとらえられるつもりはないけれど。

「そうだ、王城に戻らないと。抜け出してきたんだった」

 セルジオは寝たまま手を伸ばしてカーテンを手繰り、外の明るさを見る。
 まだ随分時間は早い。
 女に鍛練を理由に早朝に起こされたのは初めてである。

「王城に?」
「ああ」

 いちいち説明するのが面倒である。
 昨夜、彼女はセルジオが試験が落ちたことを前提に話をしていた。
 最後の3人まで残っていることを教えて、大騒ぎして、やっぱり駄目でした、というのは御免だった。
 床に散らばるズボンをはき、ベルトを締め、ブーツをはく。
 紐を編み上げて縛る形のがちりとしたこのブーツを、大事に補修しながら何年もはいている。
 紐を結んだ時、そのしまりの良さに気が付いた。

「あ、それは。靴紐がくたびれていたから、ちょうどいいのができたから取り換えさせてもらったんだけど、よかったかしら」

 遠慮がちに女が言う。
 ベッドから体を起こし、シーツを体に巻き付けている。
 不安げな色が彼女のハシバミ色の瞳にゆれる。
 つい、安心させたくなった。

「いや、この鮮やかな赤がいいな。気に入った」
「そう?本当に?良かった。アデールの姫の姫騎士になりたいと言っていたし、アデールは赤の染料でも有名なところでしょ。その赤に、ジルコン王子の黒を引締めに使ったの。ジルコン王子の騎士は黒騎士なら、アデールの姫の騎士なら赤が入ると思うの。それにあなたの髪色だから、似合うんじゃないかと思って」

 思いがけない色の意味に、セルジオは打ちのめされた。
 姫騎士になるのならそのまま姫騎士カラーとしてつかえる。
 姫騎士になれなくても、髪に合わせた色だと周りは思ってくれる。
 そして、前回現実的なところを見せた女が、実は自分を心から応援してくれているのだと知ってしまった。
 それに、興味があることといえば美容と噂話だけだと思っていた女が、実は、コツコツと誰かのために手仕事をしている姿が意外で、見直してしまった。

「コレを作ったのか?すごいな。あ、ありがとう」
「ふふ。パジャンのカード織りよ。パジャンの食堂のおばさんが、パジャン語で教えてくれるから、織りも言葉も覚えられて一石二鳥なの」
「へえ?」
 セルジオがパジャン語を学んだのもパジャンの食堂に働く者である。
 パジャン語を勉強しているところも意外である。
 
「でも、姫騎士のことを思い出すから気に入らないのなら、別の色でも作ってあげるから。あ、靴紐だけでなくって、ベルトでもサスペンサーでもなんでも」

 だから、また会ってね。

 女が口にしない言葉がセルジオに届いた。
 顔と身体が魅力的なこの女が、ふと可愛いなとセルジオは思う。
 セルジオを引き留める引力を感じる。

 セルジオはベッドに膝をつき体を乗り出した。
 びくりと女は体を震わせ、目を見開き緊張する。
 セルジオの目を見つめて、その真意を探ろうとする。
 だが、彼女はすぐにやめた。
 視線を落とした。
 長いまつげがハシバミ色の瞳にかかる。
 美しいと思った。
 朝に、夜を共に過ごした女を美しいと思うのは初めてだった。
 セルジオの口元を見つめ、唇を求めて顎を突き出してくる。

 彼女はセルジオの熱すぎる体を冷やしてくれる。
 彼女にキスをせがまれるのは、嫌じゃないなとセルジオは思ったのである。





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