17 / 29
10-2、息抜き
しおりを挟む
セルジオが店に顔をださなくなり落ち込んでいたアニエスを見かねて、友人が草原の国の料理店に連れて行ってくれた。
踏み入れると羊の匂いと嗅ぎなれないスパイスの香りがした。
そこで、珍しい模様が織り込まれた紐状の織物に出会った。
カードを使ってくるくると回していくと模様ができていくパジャンのカード織りだった。
店のおばさんに頼むと教えてくれた。
初心者だから糸の本数とカードの枚数は少ない。
きつめに織れば靴紐ぐらいにはなりそうだった。
酒場の扉が開くたびに、アニエスは赤毛の男の姿を探す。
悲しくなるのを紛らわせてくれたのは、空き時間にくるくるとカードをまわしていたためだった。
その、アニエスに生き方を見直させた赤い髪の男が再び目の前にいる。
それも、打ちのめされて?
「ねえ、わたしのハンサムさん。騎士試験駄目だったの?あなたは、がつがつとあきらめないところが魅力なんだから、今日は落ち込むだけ落ち込んで、明日からまた頑張りなさいよ。わたしもあんたに役立ちそうな情報にアンテナ張っておくから。そろそろお友達のロッソも帰るから、一緒に帰りなさいよ。間違っても、居残って飲むなんてしないで。十分飲みすぎているわよ」
ロッソたちは立ち始めている。
セルジオにも帰るぞ、と声がかかった。
ロッソたちのテーブルを片付けようとしたアニエスの手を、セルジオは掴んだ。指を絡めてくる。
「……あんたを抱きたくてたまらない」
赤銅色の目は、アニエスの心を震わせる。
反則だと思った。
ずるい男だった。
せっかく、この男への好意を手放せると思ったのに。
男はアニエスを抱く。
だが、本当は、男を抱いたのはアニエスなのだ。
※
「……ねえ、起きなさいよ。鍛練の時間なんでしょ」
セルジオは優しくゆすられて目を覚ました。
ひんやりとした手が肩に触れている。
昨夜体を重ねたときも、ひんやりとして吸い付くような肌だった。
男をその身体で虜にする女だった。
あいにく、セルジオは彼女にとらえられるつもりはないけれど。
「そうだ、王城に戻らないと。抜け出してきたんだった」
セルジオは寝たまま手を伸ばしてカーテンを手繰り、外の明るさを見る。
まだ随分時間は早い。
女に鍛練を理由に早朝に起こされたのは初めてである。
「王城に?」
「ああ」
いちいち説明するのが面倒である。
昨夜、彼女はセルジオが試験が落ちたことを前提に話をしていた。
最後の3人まで残っていることを教えて、大騒ぎして、やっぱり駄目でした、というのは御免だった。
床に散らばるズボンをはき、ベルトを締め、ブーツをはく。
紐を編み上げて縛る形のがちりとしたこのブーツを、大事に補修しながら何年もはいている。
紐を結んだ時、そのしまりの良さに気が付いた。
「あ、それは。靴紐がくたびれていたから、ちょうどいいのができたから取り換えさせてもらったんだけど、よかったかしら」
遠慮がちに女が言う。
ベッドから体を起こし、シーツを体に巻き付けている。
不安げな色が彼女のハシバミ色の瞳にゆれる。
つい、安心させたくなった。
「いや、この鮮やかな赤がいいな。気に入った」
「そう?本当に?良かった。アデールの姫の姫騎士になりたいと言っていたし、アデールは赤の染料でも有名なところでしょ。その赤に、ジルコン王子の黒を引締めに使ったの。ジルコン王子の騎士は黒騎士なら、アデールの姫の騎士なら赤が入ると思うの。それにあなたの髪色だから、似合うんじゃないかと思って」
思いがけない色の意味に、セルジオは打ちのめされた。
姫騎士になるのならそのまま姫騎士カラーとしてつかえる。
姫騎士になれなくても、髪に合わせた色だと周りは思ってくれる。
そして、前回現実的なところを見せた女が、実は自分を心から応援してくれているのだと知ってしまった。
それに、興味があることといえば美容と噂話だけだと思っていた女が、実は、コツコツと誰かのために手仕事をしている姿が意外で、見直してしまった。
「コレを作ったのか?すごいな。あ、ありがとう」
「ふふ。パジャンのカード織りよ。パジャンの食堂のおばさんが、パジャン語で教えてくれるから、織りも言葉も覚えられて一石二鳥なの」
「へえ?」
セルジオがパジャン語を学んだのもパジャンの食堂に働く者である。
パジャン語を勉強しているところも意外である。
「でも、姫騎士のことを思い出すから気に入らないのなら、別の色でも作ってあげるから。あ、靴紐だけでなくって、ベルトでもサスペンサーでもなんでも」
だから、また会ってね。
女が口にしない言葉がセルジオに届いた。
顔と身体が魅力的なこの女が、ふと可愛いなとセルジオは思う。
セルジオを引き留める引力を感じる。
セルジオはベッドに膝をつき体を乗り出した。
びくりと女は体を震わせ、目を見開き緊張する。
セルジオの目を見つめて、その真意を探ろうとする。
だが、彼女はすぐにやめた。
視線を落とした。
長いまつげがハシバミ色の瞳にかかる。
美しいと思った。
朝に、夜を共に過ごした女を美しいと思うのは初めてだった。
セルジオの口元を見つめ、唇を求めて顎を突き出してくる。
彼女はセルジオの熱すぎる体を冷やしてくれる。
彼女にキスをせがまれるのは、嫌じゃないなとセルジオは思ったのである。
踏み入れると羊の匂いと嗅ぎなれないスパイスの香りがした。
そこで、珍しい模様が織り込まれた紐状の織物に出会った。
カードを使ってくるくると回していくと模様ができていくパジャンのカード織りだった。
店のおばさんに頼むと教えてくれた。
初心者だから糸の本数とカードの枚数は少ない。
きつめに織れば靴紐ぐらいにはなりそうだった。
酒場の扉が開くたびに、アニエスは赤毛の男の姿を探す。
悲しくなるのを紛らわせてくれたのは、空き時間にくるくるとカードをまわしていたためだった。
その、アニエスに生き方を見直させた赤い髪の男が再び目の前にいる。
それも、打ちのめされて?
「ねえ、わたしのハンサムさん。騎士試験駄目だったの?あなたは、がつがつとあきらめないところが魅力なんだから、今日は落ち込むだけ落ち込んで、明日からまた頑張りなさいよ。わたしもあんたに役立ちそうな情報にアンテナ張っておくから。そろそろお友達のロッソも帰るから、一緒に帰りなさいよ。間違っても、居残って飲むなんてしないで。十分飲みすぎているわよ」
ロッソたちは立ち始めている。
セルジオにも帰るぞ、と声がかかった。
ロッソたちのテーブルを片付けようとしたアニエスの手を、セルジオは掴んだ。指を絡めてくる。
「……あんたを抱きたくてたまらない」
赤銅色の目は、アニエスの心を震わせる。
反則だと思った。
ずるい男だった。
せっかく、この男への好意を手放せると思ったのに。
男はアニエスを抱く。
だが、本当は、男を抱いたのはアニエスなのだ。
※
「……ねえ、起きなさいよ。鍛練の時間なんでしょ」
セルジオは優しくゆすられて目を覚ました。
ひんやりとした手が肩に触れている。
昨夜体を重ねたときも、ひんやりとして吸い付くような肌だった。
男をその身体で虜にする女だった。
あいにく、セルジオは彼女にとらえられるつもりはないけれど。
「そうだ、王城に戻らないと。抜け出してきたんだった」
セルジオは寝たまま手を伸ばしてカーテンを手繰り、外の明るさを見る。
まだ随分時間は早い。
女に鍛練を理由に早朝に起こされたのは初めてである。
「王城に?」
「ああ」
いちいち説明するのが面倒である。
昨夜、彼女はセルジオが試験が落ちたことを前提に話をしていた。
最後の3人まで残っていることを教えて、大騒ぎして、やっぱり駄目でした、というのは御免だった。
床に散らばるズボンをはき、ベルトを締め、ブーツをはく。
紐を編み上げて縛る形のがちりとしたこのブーツを、大事に補修しながら何年もはいている。
紐を結んだ時、そのしまりの良さに気が付いた。
「あ、それは。靴紐がくたびれていたから、ちょうどいいのができたから取り換えさせてもらったんだけど、よかったかしら」
遠慮がちに女が言う。
ベッドから体を起こし、シーツを体に巻き付けている。
不安げな色が彼女のハシバミ色の瞳にゆれる。
つい、安心させたくなった。
「いや、この鮮やかな赤がいいな。気に入った」
「そう?本当に?良かった。アデールの姫の姫騎士になりたいと言っていたし、アデールは赤の染料でも有名なところでしょ。その赤に、ジルコン王子の黒を引締めに使ったの。ジルコン王子の騎士は黒騎士なら、アデールの姫の騎士なら赤が入ると思うの。それにあなたの髪色だから、似合うんじゃないかと思って」
思いがけない色の意味に、セルジオは打ちのめされた。
姫騎士になるのならそのまま姫騎士カラーとしてつかえる。
姫騎士になれなくても、髪に合わせた色だと周りは思ってくれる。
そして、前回現実的なところを見せた女が、実は自分を心から応援してくれているのだと知ってしまった。
それに、興味があることといえば美容と噂話だけだと思っていた女が、実は、コツコツと誰かのために手仕事をしている姿が意外で、見直してしまった。
「コレを作ったのか?すごいな。あ、ありがとう」
「ふふ。パジャンのカード織りよ。パジャンの食堂のおばさんが、パジャン語で教えてくれるから、織りも言葉も覚えられて一石二鳥なの」
「へえ?」
セルジオがパジャン語を学んだのもパジャンの食堂に働く者である。
パジャン語を勉強しているところも意外である。
「でも、姫騎士のことを思い出すから気に入らないのなら、別の色でも作ってあげるから。あ、靴紐だけでなくって、ベルトでもサスペンサーでもなんでも」
だから、また会ってね。
女が口にしない言葉がセルジオに届いた。
顔と身体が魅力的なこの女が、ふと可愛いなとセルジオは思う。
セルジオを引き留める引力を感じる。
セルジオはベッドに膝をつき体を乗り出した。
びくりと女は体を震わせ、目を見開き緊張する。
セルジオの目を見つめて、その真意を探ろうとする。
だが、彼女はすぐにやめた。
視線を落とした。
長いまつげがハシバミ色の瞳にかかる。
美しいと思った。
朝に、夜を共に過ごした女を美しいと思うのは初めてだった。
セルジオの口元を見つめ、唇を求めて顎を突き出してくる。
彼女はセルジオの熱すぎる体を冷やしてくれる。
彼女にキスをせがまれるのは、嫌じゃないなとセルジオは思ったのである。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定


【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる