姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)

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7、セルジオが運ぶもの

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 砂は早い者勝ちで確保され、リュックを背負い、重さを確かめては、手放される。
 手放されたものはすぐに誰かの手が伸びた。小競り合いも生じている。

 即、砂袋は見限った。
 逆転するには誰もがやらないことをしなければならない。
 砂に群がる8人から背を向けた。
 大股で向かったその先には、王子とその愛人。

 ひじ掛けに片肘をつくジルコン王子は、一人、目の前に現れたセルジオを面白げに見る。
 その鋭い青い目は隠しきれない好奇心がちろりちろりと光っている。
 王子とセルジオの間には巨体の黒騎士が割って入った。
 黒騎士の手はいつでも剣が抜けるように柄を握り無言で威嚇する。
 不敬にあたろうとも、絶対にひるんではならない。
 騎士の道は諦らめられない。

「お前は試合を放棄するのか?」
「ロサン騎士団長は運んだものの重量を点数化するといわれましたが、運ぶものは砂に限るといわれませんでした。俺は別のものを運びます」

 セルジオは王子の隣の椅子に座るアンに向き直る。手を差し出した。
 その手の意味を知り、青灰色の美しい目を大きく見開かれていく。
 同時にその口も開いていったのだが。

「アン!あんたをゴールに運んでやる。やりたいといった競争に俺が連れていく!この手を取ってくれ」
「セルジオ、僕を運ぶというの!?」

 膝に置かれたアンの手は、動き出そうとするのを押さえようとしてなのか、ふるふると震えている。
 アンは決めかねて王子に顔をむけた。
 ジルコン王子の目は、ひたりとセルジオに据えられている。
 セルジオの可能性と潜在力を値踏する。
 王族とは、パレードで、王城のバルコニーで、謁見室で、遠く見るものだった。
 それが今は王子と手が届く距離に立っていた。
 王子とセルジオの時間と空間が重なる不思議な感覚。
 だが今は、その一体感に浸ることはできない。
 現実には刻々と時間が過ぎている。
 姫騎士候補者たちは次々とリュックを背負い走り始めていた。

「それはなぜだ」
 ジルコン王子は問う。
「あなたは、この試練を実践に即してとおっしゃった。俺は、姫を目的地に運ぶという状況でアンを運ぶ。騎士が姫を守り運ぶことはあり得る状況だろ。あなたは許可するはずだ」
「あははっ。生意気な男だな!コイツを守れるか?」
 豪快にジルコン王子は笑った。
「アンは傷ひとつつけないように守ってやる」
「で、アンはどうする?あなた次第のようだ」
 アンの顔は、大輪の花がひらいたような笑顔になる。
「もちろん、行く!」
 決まりだった。


 アンはセルジオの手を掴んだ。
 セルジオはしっかりと握り直す。
 男にしては、繊細で小さな手だと思った。
 アンの興奮が、湿った手の平からセルジオに伝わる。
 はじまりもしないのに、セルジオの胸が勝利の予感で高鳴った。
 ジルコン王子を残して二人は駆けだした。

「絶対に、お前の命に代えても傷ひとつつけるな!」
「当然だ!」
 セルジオは振り返りもせず叫び返した。


 誰もいない砂の置き場の横を二人は走り抜けた。
 50メートル先には一つ目の障害物のネットがあった。

「もう、みんなネットを超えている!僕を抱えて走る?」
 アンの声は弾んでいる。
「平坦な道は一緒に全力で走ってくれ。俺が運ぶのは元気なお姫さまという設定で。障害物は俺が全力で補佐する」
「あい。わかった!」

 地面に張られたネットをセルジオが中腰になって跳ね上げた。
 セルジオが先に作った空間にアンはぴたりとついて共に駆け抜けた。
 ネットを抜けると次の砂場まで全力で走る。
 5メートル四方の砂場にはばらばらに三人が埋まっていた。
 重い荷物のせいで膝の上まで砂に飲まれ、どうしても脚を引き抜けられないようである。
 その横を、セルジオとアンは完全に飲まれる前に素早く足を引き抜きゆうゆうと走り抜けた。
「なんでアンがいるんだよ!クソ!卑怯者!俺らを助けていけ!」
 ありとあらゆる罵詈雑言が二人に投げられるが、構わない。

 次の2メートルの壁では、そのまま上るには体が持ち上がらず、リュックを投げて先に越えさせるには重すぎたのか、重量を減らそうとかなりの量の砂袋が投棄されていた。
 そして、リュックを背負ったまま上がろうと奮闘している男がいた。
 顔が真っ赤で息が荒い。既に限界が来ているようだった。
 小さな砂袋を一つセルジオは胸に忍ばせた。
 砂袋からはらはらと砂がこぼれ落ちた。
 男の横で、セルジオは飛び上がって壁のヘリを掴み、壁を蹴って上にあがった。壁の上は1メートルほどの厚みがあった。
 手を伸ばして下で待つアンに手を伸ばす。
 その手をアンは掴んだ。

「セルジオ、荷物ってアンか!?お前らふざけるなよ」
 壁を上がれない一人は、いつもミシェルと共に皮肉を言っていた男だ。
 アンの足が捕まれた。
「うわっ!」
 途中まで上がっていたアンは、引きずりおとされかけた。
 セルジオは壁に上る前に確保していた1キロの砂袋を開き、そいつに向かってぶちまけた。まさかのための砂だった。
 目や口に砂が入った男は、悪態をつく。
 脚を掴む手が緩んだすきに引き上げた。
 脚を文字通り引っ張るヤツが、本当にいるのだ。

「大丈夫か?」
「大丈夫よ!驚いただけ!」
「怪我は!?」
「ない!」
「今度は思いっきり蹴ってやれ!」
「もちろんそうするつもり!」

 セルジオが先に壁から降りた。
 腕を開くと、自分の胸に飛び降りたアンを受け止めた。
 アンはセルジオを信頼してくれている。
 それが何よりもうれしい。

 次の障害物までに、20キロ以上はありそうなリュックを背負い、重さに潰されながらのろのろと走る女がいた。壁を超えるのは誰かに手助けをしてもらったのだろう。
 二人を見て驚いている女には構わず、二人は颯爽と追い越した。

「追抜かしたのは、5人!前には、ミシェル、ルイ、カルバン、ね!」

 アンがゼイゼイと荒い息をしながらも言う。
 セルジオは走る速度を落とした。
 これはアンのためのレースだと思った。
 アンに一番の勝利を捧げたいと思う。
 5位までに入ることなどどうでもよかった。
 前方には残る3人の姿があった。



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