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6、障害物競争
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具体的な障害物競走のルールをロサン黒騎士騎士団長が説明する。
「いたって簡単なルールだ。ネット、砂、壁、水、ハードルの障害物を越えて、ゴールする。タイムと、ゴール時点に運んだものの荷物の重さも考慮される!何か質問があるなら今のうちに訊いておけ」
早速手をあげたのはミシェルである。
彼女の頭の回転は早い。
「タイムと荷物はどちかが優先されるということはありますか?」
「優先されるはタイム。だが、運んだものの重量点が加算される。何も運ばなければ、重量点数はゼロだ」
9人の姫騎士候補たちはスタート前に積み上げられた砂袋と、グランドの一周、800メートルほどの距離に等間隔で設置された障害物の、自分にとっての難易度を目算する。
既に黒騎士たちはグランドに散らばり、競争が始まるのを待っていた。
「順位点の目安、および重量点はどうなっていますか?」
ルイの質問である。
「ゴール順位1位が100点、2位が90点、以下10点ずつ下がる。重量点は1キロ1点で換算する。20キロ運べば20点だ」
「つまり、順位1位が5キロ運べば総合105点。順位2位が20キロ運べば総合110点。総合して順位2位が総合1位になる、ということですか」
「さらにいうと、順位6位が55キロを運べば115点だ。先ほどのお前の例でいけば、総合点で順位6位が総合1位になることもありえるというわけだ」
姫騎士候補たちは顔を見合わせた。
ルイは引き続き質問した。
「これでは、それぞれがどれだけ運んだかがわかっていないと最後まで順位が分からないということですね」
「そういうことになる」
別の者が手を上げた。
「勝負は、9名一斉にするのですか?それとも1人ずつですか?」
その質問に、ロサンは王子に視線を向けた。
「わたしは一人ずつだと思っていましたが、王子はどちらがいいですか?」
「それは、一斉の方が面白いだろう」
「面白いというのは具体的にどういう意味ですか?」
ロサンが聞き直した。
「実戦に即しているということだ。何も、ゴールまでの道が平坦であるとは限らないのと同様に、邪魔する者も出てくるだろう。それもありということだ。そのうえで、どんな勝負が行われるのか見てみたい。そう思わないか?アン?」
二人の顔は日陰ではかり知ることはできないが、うなずく気配があった。
王子の発言に、全員が身じろいだ。
これで、前だけでなく周囲を気にしながら進まなければならないことが確定したのだ。
「だけど勝ち抜くのが5人なら、6位以下にならないように気楽に構えていくか……」
カルバンが熟考している体で独り言をいう。
「そうだな、無理せず、5位までに入ることを考えればいいということなのか」
カルバンの言葉に反応している者たちがいる。
カルバンの発言は、ライバルたちを油断させる作戦のように、セルジオは感じた。
今から行われるのは、全ての裁量権をもっているジルコン王子の、御前レースである。
姫の騎士が一足飛びに決められるということもあり得る、限りなく重要なレースなのではないか。
「ふふ。もう勝負は始まっているのですよ」
カルバンはセルジオを見てほほ笑んだ。
ロサンは砂袋の前に9名を集めた。
大小の砂袋が積まれ、手前にリュックや斜めかけ袋、大きな風呂敷などが無造作に置かれている。
リュックも大きさも形も様々な形態があり、選択を間違えれば30キロ運ぼうと思っても、入らないという事態もあり得た。
それに、用意された砂山も、全員が20キロを運べる分はなさそうである。
砂袋を自分の望む分だけ確保するのも争奪戦が行われるだろう。
そうしてようやく障害物に挑むのだ。
セルジオは自分なら、20キロならリュックに入れて2メートルの壁を乗り越えハードルを飛んで、全力で走ってなんとかゴールできるかと踏む。
相当きつそうである。
それとも半量の10キロで、スピード重視でぶっちぎるか。
20キロが入るリュックだとアレ。
10キロだとアレ。
迷っている間はない。
だから、10キロでスピード重視のレースをすることに心を定める。
促され、セルジオは砂袋の山の前に引かれた白いラインの前に立った。
隣のルイも熟考している顔である。
息を殺し、腰をおとす。
まずはリュック争奪戦を勝ち抜かねばならない。
彼らは始まりの合図を待った。
だが、ふとセルジオに疑問が沸く。
セルジオは、筆記試験から出題側の確かな意図を感じてきた。
この荷物運びの障害物競争にある意図を、「実戦に即している」という王子の発言と重ねると、この状況をもっと具体的にとらえることもできそうである。
セルジオはリュックからその後ろの砂の山に目を移した。
実戦に即して。
砂袋である理由は、土嚢として氾濫する河川の堤防を補強するために必要とするからなのか?
それとも砂袋は、穀物や食料の代わりで、必要な物資を目的地に運ぶために必要なのか?
そもそも、騎士が、平坦でない道を越えて邪魔する者を蹴散らしながら運ぶものは、砂袋だったり食料だったりするのか?
セルジオの考えはまとまらない。
もっと時間が必要だった。
だが、はっきりしていることは一つ。
これらの選抜試験は、勝ち残るのは一人だけ。
姫の騎士になるのは、頭脳と実力を兼ね備え、困難を前にしてやりきる体力があり、姫を無事に守ることができる者。
「お前たちから、いずれ王妃になるアデールの姫の、実力と栄誉を備えた騎士が選ばれるのだということを忘れるな!では、始め!」
大きな掛け声で勝負が始まった。
一斉にリュックへと飛び出したために、あたりに砂埃が巻き上がる。
そして、セルジオは、完全に出遅れた。
目指すリュックは手に入らない。
砂袋の山はみるみると消えていく……。
「いたって簡単なルールだ。ネット、砂、壁、水、ハードルの障害物を越えて、ゴールする。タイムと、ゴール時点に運んだものの荷物の重さも考慮される!何か質問があるなら今のうちに訊いておけ」
早速手をあげたのはミシェルである。
彼女の頭の回転は早い。
「タイムと荷物はどちかが優先されるということはありますか?」
「優先されるはタイム。だが、運んだものの重量点が加算される。何も運ばなければ、重量点数はゼロだ」
9人の姫騎士候補たちはスタート前に積み上げられた砂袋と、グランドの一周、800メートルほどの距離に等間隔で設置された障害物の、自分にとっての難易度を目算する。
既に黒騎士たちはグランドに散らばり、競争が始まるのを待っていた。
「順位点の目安、および重量点はどうなっていますか?」
ルイの質問である。
「ゴール順位1位が100点、2位が90点、以下10点ずつ下がる。重量点は1キロ1点で換算する。20キロ運べば20点だ」
「つまり、順位1位が5キロ運べば総合105点。順位2位が20キロ運べば総合110点。総合して順位2位が総合1位になる、ということですか」
「さらにいうと、順位6位が55キロを運べば115点だ。先ほどのお前の例でいけば、総合点で順位6位が総合1位になることもありえるというわけだ」
姫騎士候補たちは顔を見合わせた。
ルイは引き続き質問した。
「これでは、それぞれがどれだけ運んだかがわかっていないと最後まで順位が分からないということですね」
「そういうことになる」
別の者が手を上げた。
「勝負は、9名一斉にするのですか?それとも1人ずつですか?」
その質問に、ロサンは王子に視線を向けた。
「わたしは一人ずつだと思っていましたが、王子はどちらがいいですか?」
「それは、一斉の方が面白いだろう」
「面白いというのは具体的にどういう意味ですか?」
ロサンが聞き直した。
「実戦に即しているということだ。何も、ゴールまでの道が平坦であるとは限らないのと同様に、邪魔する者も出てくるだろう。それもありということだ。そのうえで、どんな勝負が行われるのか見てみたい。そう思わないか?アン?」
二人の顔は日陰ではかり知ることはできないが、うなずく気配があった。
王子の発言に、全員が身じろいだ。
これで、前だけでなく周囲を気にしながら進まなければならないことが確定したのだ。
「だけど勝ち抜くのが5人なら、6位以下にならないように気楽に構えていくか……」
カルバンが熟考している体で独り言をいう。
「そうだな、無理せず、5位までに入ることを考えればいいということなのか」
カルバンの言葉に反応している者たちがいる。
カルバンの発言は、ライバルたちを油断させる作戦のように、セルジオは感じた。
今から行われるのは、全ての裁量権をもっているジルコン王子の、御前レースである。
姫の騎士が一足飛びに決められるということもあり得る、限りなく重要なレースなのではないか。
「ふふ。もう勝負は始まっているのですよ」
カルバンはセルジオを見てほほ笑んだ。
ロサンは砂袋の前に9名を集めた。
大小の砂袋が積まれ、手前にリュックや斜めかけ袋、大きな風呂敷などが無造作に置かれている。
リュックも大きさも形も様々な形態があり、選択を間違えれば30キロ運ぼうと思っても、入らないという事態もあり得た。
それに、用意された砂山も、全員が20キロを運べる分はなさそうである。
砂袋を自分の望む分だけ確保するのも争奪戦が行われるだろう。
そうしてようやく障害物に挑むのだ。
セルジオは自分なら、20キロならリュックに入れて2メートルの壁を乗り越えハードルを飛んで、全力で走ってなんとかゴールできるかと踏む。
相当きつそうである。
それとも半量の10キロで、スピード重視でぶっちぎるか。
20キロが入るリュックだとアレ。
10キロだとアレ。
迷っている間はない。
だから、10キロでスピード重視のレースをすることに心を定める。
促され、セルジオは砂袋の山の前に引かれた白いラインの前に立った。
隣のルイも熟考している顔である。
息を殺し、腰をおとす。
まずはリュック争奪戦を勝ち抜かねばならない。
彼らは始まりの合図を待った。
だが、ふとセルジオに疑問が沸く。
セルジオは、筆記試験から出題側の確かな意図を感じてきた。
この荷物運びの障害物競争にある意図を、「実戦に即している」という王子の発言と重ねると、この状況をもっと具体的にとらえることもできそうである。
セルジオはリュックからその後ろの砂の山に目を移した。
実戦に即して。
砂袋である理由は、土嚢として氾濫する河川の堤防を補強するために必要とするからなのか?
それとも砂袋は、穀物や食料の代わりで、必要な物資を目的地に運ぶために必要なのか?
そもそも、騎士が、平坦でない道を越えて邪魔する者を蹴散らしながら運ぶものは、砂袋だったり食料だったりするのか?
セルジオの考えはまとまらない。
もっと時間が必要だった。
だが、はっきりしていることは一つ。
これらの選抜試験は、勝ち残るのは一人だけ。
姫の騎士になるのは、頭脳と実力を兼ね備え、困難を前にしてやりきる体力があり、姫を無事に守ることができる者。
「お前たちから、いずれ王妃になるアデールの姫の、実力と栄誉を備えた騎士が選ばれるのだということを忘れるな!では、始め!」
大きな掛け声で勝負が始まった。
一斉にリュックへと飛び出したために、あたりに砂埃が巻き上がる。
そして、セルジオは、完全に出遅れた。
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砂袋の山はみるみると消えていく……。
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