姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)

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3、出来レース

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 王城での初日、筆記試験通過者はグランドに集められた。
 事務補佐官の短い合格祝いが述べられた後、喜びをかみしめる間もなく次の選抜試験が始まった。
 体術勝負である。
 対戦相手はグランドにいる誰でもいい。
 背中に土を付けたら負け。
 この選抜試験で残るのはたったの10名。
 一試合ごとに対戦相手を変え、3回勝ったものから5人が勝ち抜ける。
 残る5人は試合内容などで判断するという。

「嘘だろ、いきなりかよ!セルジオ、健闘を祈るぜ!」
「ルイ、お前もな!」

 同じく合格者で傍にいたルイは、セルジオでない相手を選ぶ。
 セルジオもルイは避けたい相手だ。
 対戦する相手の見極めは重要だった。
 セルジオは女も避けた。
 変に手加減してしまい、足をすくわれるのは避けたい。

 初戦は白皙の、いかにも貴族を狙う。
 次の二回は、四方で行われる勝負を見て、自分よりも実力が劣るとみなしたヤツ。
 この体術勝負をする意味は、筆記試験合格者であっても、頭ばかりでは姫騎士にはなれないということか。

 セルジオは、一番で勝ち抜けた。
 試合内容という判断基準があいまいなものは、強くても落とされる余地がある。
 そういうものでセルジオは泣いてきた。
 だから、誰の目にも明らかな勝負では圧倒的な強さを見せつけなければならない。

 二番目に勝ち抜けたのは、貴族のカルバン。
 体格にすぐれ、サラサラの肩までの黒髪、真黒な目をした目を引く美男子である。
 カチリとしたジャケットの襟元を整えた。

 三番目はルイ。
 息の乱れもすぐに整えられていく。
 彼の戦いはほれぼれするほど教科書通りの正統派。
 戦うだけでわかる、規律に正しい男である。
 体術の師範免除を持っている。

 四番目はミシェル。
 王騎士の娘。男に負けない体格に、負けん気の強さは顔に現れている。
 筆記の順位は、二位カルバン、三位ミシェル、四位ルイ、五位セルジオだった。
 セルジオは、自分とこの三人が最後まで残ると確信した。

 勝ち抜けたものから部屋に案内された。
 そこはジルコン王子の夏スクールにも利用されたという個室だという。
 大きさはそれほどではないが、質の良いベッドに鎮守の森とエールの王都が見下ろせるバルコニーが気に入った。
 昼食になって、ようやく王城に滞在する10名が一同に会した。
 これからひとり、またひとりと脱落していくのか。
 それとも共に課題をこなして最後に一人を選ぶのか、誰もわかっていない。

「おめでとう!セルジオ、ルイ、またあったね」
「アンか、勝ち抜いたのか!」

 そこには、金髪を後ろで一つに結ぶアンがいた。
 ルイがセルジオよりも早く、アンに駆け寄った。
 セルジオが驚きすぎて声を失くしていた以上に、他の体術勝負の通過者は驚いている。
 体術勝負を勝ちぬけられるとは思えない華奢な体つきだからだ。
 アン以外の9人は、残るのも当然だと思える顔ぶれなのだ。
 それに、体術勝負をした50人の中にアンの姿がなかったような気がするのだが。

「失礼ですが、アンさんというのですか?わたしたちの10人に入っていたとは驚きです」
 カルバンは貴族らしい上品な話し方をする。
 アンはカルバンに微笑んだ。

「スアレス事務補佐官が言っていたでしょう?3回勝ちぬけた5名と、後の5名は試合内容などで判断するって。僕は、後者の総合判断で合格したんだ」
「あなたは、一度も体術勝負をしていなかったようですが、それでも総合判断とおっしゃるのですか?」

 カルバンは礼儀正しくアンに微笑み返すが、その目は笑っていない。
 その黒い目は、アンを値踏みしている。
 カルバンはアンを間近に見て、その青灰色の瞳の美しさを知るだろう。
 そしてここにいる他の者たちも。
 セルジオはなぜか、アンを己の背後に隠したい気持ちにかられた。

「一度も体術勝負をしてなくても、合格は合格でしょう」
「あなたの金髪はアデールの姫と関係があるの?もしかして縁故があっての、裏口合格とでもいうヤツかしら?」

 割り込んだのはミシェル。
 彼女はカルバンと同じぐらい上背があった。
 胸も肩も盛り上がる。
 アンはミシェルに顔をむけ、彼女にもほほ笑んだ。

「姫と同じ、アデール国出身なんだ。想像してみて?僕の金髪で姫の横にならんだら、粒ぞろいで姫の美しさが引き立つとは思わない?あんたには無理そうだけど」

 アンの余裕の態度はミシェルを挑発する。
 いや、むしろあえて挑発したというのか。
 男同然の強さをめざしてきたミシェルには優美な美しさはない。
 あるのは筋肉美、健康美といったものか。
 周囲の含み笑いにミシェルは怒りに真っ赤になった。

「それに、僕の筆記の試験の結果はこれ。体術勝負もしなくていいっていうから、アデール国出身で金髪という加点があったとしても、二回目の選抜試験を通過するのは当然だったんじゃないかなあ。不戦勝ってやつ?」

 アンが胸ポケットから取り出したのは、1位と書かれた合格通知。
 全員に見えるように広げた。
 それには、その場にいた者全員が息を飲む。
 難問だった国際情勢に、先を見越したパジャン語。
 優れた教育を受けてきた貴族のカルバンを抜いたことは、並大抵のものではない。

「だからこの一週間、どんな試験がまっているかわからないけど、総合判断で僕が残っても恨まないでね。みんなも、ここで頑張ってうまくアピールできれば、もしかして黒騎士の補欠や見習いに特別にいれてもらえるかもしれないし。むだなことはないと思うから。半分出来レースだと思ってもいいと思うよ」

 金髪は平然とのたまった。
 顔の美しさに似合わない毒舌である。
 もしかして、他の合格者の気概をそぐ作戦かもしれない。
 ミシェルの怒りに油が注がれた。
 ルイは目を剥き、あんぐりと口を開けている。

 セルジオは笑いがこみ上げてきた。
 アンの、生意気な口ぶりを痛快に思う自分がいる。
 彼の言う通り、出来レースかもしれない。その言葉通りに受け取ったら、出来レースの部分は半分だけである。
 確定はしていないことも、アンは認めている。
 そもそも確定していたら、王子の黒騎士たちを動員し、一週間もかけてこんなに大々的な選抜試験など行う必要はないではないか。
 自分にも姫騎士になれる可能性は残されている。

 最大のライバルは、この華奢で美人な若者だとセルジオは思った。


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