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その2、ムハンマド篇
7、 襲撃と告白
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毎日声を確かめる。
まだ大丈夫。
「サーシャさまきれいですよ」
お付きのものが安心させるようにいう。
その日も公務で町に出掛けていた。
その仕事も終わり、護衛を二人つけての帰宅時のことだった。
この道は少し物騒で、護衛も気を引き締める。
ムハンマドはあえて、そういう道を通ることがある。浮浪者やかっぱらい、ときには行き倒れたものを見つけることさえある、バラモンの闇の部分である。
その日は、数人の物騒な男たちに取り囲まれた。護衛は剣を抜く。
「こいつは護衛を連れて金持ちのお嬢ちゃんじゃあないか?」
発音がなまっている。
地方からきた傭兵のようだった。
その道は大通りから一本入った道で、とたんに人通りが少なくなる。
「わたしを誰かとわかってのことか?」
「いや、、、そういうのならば、あんたには価値があるんだろう」
ボスらしき年配の男が言う。
その目は冷酷。人の死をなんとも思わない目であった。
そして、剣がひらめく。
危険をおかしてもムハンマドをとらえることを無法者の男たちは選ぶ。
もしくは、自分の活動を気に入らない、後宮の妻の誰かが、雇ったことも捨てきれない。
サーシャ姫の名前は最近では、後宮にまで外から聞こえるようになっていたからだ。
五人対二人。
ムハンマドは武器を持たない。
賊は強かった。
戦慣れした強さである。
ムハンマドの護衛は絶命し、ムハンマドは捕らえられて暴れる体を、手首も巻かれ、ぐるぐる巻きにされる。
「だ、誰か!」
その叫びも塞がれるが、大通りから若者が気がついたようだった。
「誰か襲われているぞ!助けに行く!」
若い男の声。
ムハンマドとそう年は変わらないのではないか?
三人の若者は学生服で、何も武器はもっていなかったが、状況を見てとると、手当たり次第にそこらじゅうにあるものを投げつけはじめる。
そして、狙われたのがサーシャ姫と気がついた。
「我らのサーシャ姫だ!」
学生の一人は、倒れた護衛の剣を握る。
もう一人もとる。
だが、歴戦の傭兵上りらしい男五人に、15、6の若者の二人が武器を持っても勝てるのか?
「姫を放せ!」
ひとりが言う。
彼らは自分のことを知っている。
命をかけて姫の危機に助け出そうとしていた。
賊のボスはムハンマドを担ぎ上げた。
「二人残り彼らを処分せよ。こいつが姫だとは拾い物だな。しかも美人だ」
といって笑う。
ムハンマドは連れ去られようとしていた。
このままでは、学生も護衛のようにやられるのは目に見えていた。彼らがやられた護衛よりも強いとは思えなかった。
自分のためにさらに若者が殺されてしまう!!
ムハンマドはやるせない怒りを感じた。
このまま自分は何にもできずに、助けにきてくれようとする志の見事なバラモンの若者を見殺しにするのか?
そもそも自分には助けてもらうだけの価値があるものなのか?
自分は本当は姫でさえもないのだ。
ムハンマドは自由を奪う戒めが邪魔であった。
戒めさえなければ、賊の男を振りきりって走って逃げることもできるのだ。
ガンガンと賊と学生の剣の打ち込み合いが始まっている。
そう長くもたないだろう。
ムハンマドは体を縛る紐が邪魔だった。熱く燃えて灰になってしまえばいいのに!と強く思う。
そう思うと少し緩んだ気がした。
「アツッ」
賊はムハンマドの服に火が着き燃え上がったかと思い、ムハンマドを地面に落した。
赤毛の髪が波打ち、ムハンマドを縛る紐が燃える。
だが燃えたのは紐だけで、それが灰になっただけ。
「おい、娘、火は、、、」
取り落とした娘は顔をあげる。
燃えるような髪、赤茶の目の奥も強い怒りで燃えていた。
賊のボスの体の内側が熱くなる。
ムハンマドは内側から男を燃やそうとしていた。
「サーシャ、やめなさい!」
そこに鋭い声が空気を切り裂く。
既に騒ぎで細い路地は人集りができていた。
その声は吟遊詩人のノアールであった。
彼は最近はできる限りムハンマドの公務が行われるところに足を運んでいた。
遠くからみれるだけでも満足だった。
彼のサーシャ姫は王族の一人として、自分で役割を見つけ、その立場を明確にしようとしていた。
美しく強く賢い姫は、いずれ、良い縁談相手も名乗りでると思えた。
根無草のような吟遊詩人と、方々を旅しながら一緒に暮らすことなんて、サーシャ姫にはできないとノアールは思う。
ムハンマドはノアールの声に我に返る。
賊のボスは驚愕を浮かべてムハンマドを見、「引くぞ!」といって逃げ去った。
ムハンマドは走ってきたノアールに抱き締められる。
「わたしの姫、サーシャ、、ご無事で、、、」
ムハンマドはこのままノアールに抱き締めてほしいと思った。ほっとして泣きだしそうだった。
だが、腕を突っぱる。
もう、ノアールを押し止めるのも、自分の秘密を持ち続けるのも限界だった。
「ノアール、ごめんわたしはあなたの愛に答えられないんだ。わたしは姫ではないから」
ムハンマドは拘束紐だけを燃やしたように、女物の衣装を燃やす。
見えない炎にあぶられて、真っ赤な髪が踊る。
ムハンマドは一糸まとわぬ姿で立つ。
唖然とノアールはその体を見る。
学生たちは何が起こっているかわからないなりに、とっさに人の壁となって、弥次馬から視界を遮る。
「わたしは、十五番目の姫サーシャではなくて、第六王子ムハンマドだ。命を狙われる面倒があるために、女の振りをしていた。もうそれも終わりにする」
ノアールは自分の上着でムハンマドを包む。
ノアールはたとえ自分の姫が男であっても愛せたが、バラモン国の赤毛の王子は、愛しても自分のものにはできなかった。
現在、バラモン王室には王子の中で赤毛は二人。
バーライト王子と、このムハンマドだけ。
そして、ムハンマドは火の加護の力を持っている。
ノアールの愛する姫は次期王の器だった。
だが、ノアールは言わずにはいられない。
「わたしはたとえあなたが姫でなくても、王子であってもあなたを愛しているのです」
ノアールは服ごとムハンマドを強く抱いた。
ムハンマドはいったん後宮に戻される。
王子であることの正式な発表は来月に持ち越された。
後宮も王宮も十五年も隠された驚愕の事実に、上に下にの大騒ぎだった。
なにもかも正しい状況に取り繕うには一ヶ月は短いぐらいだった。
まだ大丈夫。
「サーシャさまきれいですよ」
お付きのものが安心させるようにいう。
その日も公務で町に出掛けていた。
その仕事も終わり、護衛を二人つけての帰宅時のことだった。
この道は少し物騒で、護衛も気を引き締める。
ムハンマドはあえて、そういう道を通ることがある。浮浪者やかっぱらい、ときには行き倒れたものを見つけることさえある、バラモンの闇の部分である。
その日は、数人の物騒な男たちに取り囲まれた。護衛は剣を抜く。
「こいつは護衛を連れて金持ちのお嬢ちゃんじゃあないか?」
発音がなまっている。
地方からきた傭兵のようだった。
その道は大通りから一本入った道で、とたんに人通りが少なくなる。
「わたしを誰かとわかってのことか?」
「いや、、、そういうのならば、あんたには価値があるんだろう」
ボスらしき年配の男が言う。
その目は冷酷。人の死をなんとも思わない目であった。
そして、剣がひらめく。
危険をおかしてもムハンマドをとらえることを無法者の男たちは選ぶ。
もしくは、自分の活動を気に入らない、後宮の妻の誰かが、雇ったことも捨てきれない。
サーシャ姫の名前は最近では、後宮にまで外から聞こえるようになっていたからだ。
五人対二人。
ムハンマドは武器を持たない。
賊は強かった。
戦慣れした強さである。
ムハンマドの護衛は絶命し、ムハンマドは捕らえられて暴れる体を、手首も巻かれ、ぐるぐる巻きにされる。
「だ、誰か!」
その叫びも塞がれるが、大通りから若者が気がついたようだった。
「誰か襲われているぞ!助けに行く!」
若い男の声。
ムハンマドとそう年は変わらないのではないか?
三人の若者は学生服で、何も武器はもっていなかったが、状況を見てとると、手当たり次第にそこらじゅうにあるものを投げつけはじめる。
そして、狙われたのがサーシャ姫と気がついた。
「我らのサーシャ姫だ!」
学生の一人は、倒れた護衛の剣を握る。
もう一人もとる。
だが、歴戦の傭兵上りらしい男五人に、15、6の若者の二人が武器を持っても勝てるのか?
「姫を放せ!」
ひとりが言う。
彼らは自分のことを知っている。
命をかけて姫の危機に助け出そうとしていた。
賊のボスはムハンマドを担ぎ上げた。
「二人残り彼らを処分せよ。こいつが姫だとは拾い物だな。しかも美人だ」
といって笑う。
ムハンマドは連れ去られようとしていた。
このままでは、学生も護衛のようにやられるのは目に見えていた。彼らがやられた護衛よりも強いとは思えなかった。
自分のためにさらに若者が殺されてしまう!!
ムハンマドはやるせない怒りを感じた。
このまま自分は何にもできずに、助けにきてくれようとする志の見事なバラモンの若者を見殺しにするのか?
そもそも自分には助けてもらうだけの価値があるものなのか?
自分は本当は姫でさえもないのだ。
ムハンマドは自由を奪う戒めが邪魔であった。
戒めさえなければ、賊の男を振りきりって走って逃げることもできるのだ。
ガンガンと賊と学生の剣の打ち込み合いが始まっている。
そう長くもたないだろう。
ムハンマドは体を縛る紐が邪魔だった。熱く燃えて灰になってしまえばいいのに!と強く思う。
そう思うと少し緩んだ気がした。
「アツッ」
賊はムハンマドの服に火が着き燃え上がったかと思い、ムハンマドを地面に落した。
赤毛の髪が波打ち、ムハンマドを縛る紐が燃える。
だが燃えたのは紐だけで、それが灰になっただけ。
「おい、娘、火は、、、」
取り落とした娘は顔をあげる。
燃えるような髪、赤茶の目の奥も強い怒りで燃えていた。
賊のボスの体の内側が熱くなる。
ムハンマドは内側から男を燃やそうとしていた。
「サーシャ、やめなさい!」
そこに鋭い声が空気を切り裂く。
既に騒ぎで細い路地は人集りができていた。
その声は吟遊詩人のノアールであった。
彼は最近はできる限りムハンマドの公務が行われるところに足を運んでいた。
遠くからみれるだけでも満足だった。
彼のサーシャ姫は王族の一人として、自分で役割を見つけ、その立場を明確にしようとしていた。
美しく強く賢い姫は、いずれ、良い縁談相手も名乗りでると思えた。
根無草のような吟遊詩人と、方々を旅しながら一緒に暮らすことなんて、サーシャ姫にはできないとノアールは思う。
ムハンマドはノアールの声に我に返る。
賊のボスは驚愕を浮かべてムハンマドを見、「引くぞ!」といって逃げ去った。
ムハンマドは走ってきたノアールに抱き締められる。
「わたしの姫、サーシャ、、ご無事で、、、」
ムハンマドはこのままノアールに抱き締めてほしいと思った。ほっとして泣きだしそうだった。
だが、腕を突っぱる。
もう、ノアールを押し止めるのも、自分の秘密を持ち続けるのも限界だった。
「ノアール、ごめんわたしはあなたの愛に答えられないんだ。わたしは姫ではないから」
ムハンマドは拘束紐だけを燃やしたように、女物の衣装を燃やす。
見えない炎にあぶられて、真っ赤な髪が踊る。
ムハンマドは一糸まとわぬ姿で立つ。
唖然とノアールはその体を見る。
学生たちは何が起こっているかわからないなりに、とっさに人の壁となって、弥次馬から視界を遮る。
「わたしは、十五番目の姫サーシャではなくて、第六王子ムハンマドだ。命を狙われる面倒があるために、女の振りをしていた。もうそれも終わりにする」
ノアールは自分の上着でムハンマドを包む。
ノアールはたとえ自分の姫が男であっても愛せたが、バラモン国の赤毛の王子は、愛しても自分のものにはできなかった。
現在、バラモン王室には王子の中で赤毛は二人。
バーライト王子と、このムハンマドだけ。
そして、ムハンマドは火の加護の力を持っている。
ノアールの愛する姫は次期王の器だった。
だが、ノアールは言わずにはいられない。
「わたしはたとえあなたが姫でなくても、王子であってもあなたを愛しているのです」
ノアールは服ごとムハンマドを強く抱いた。
ムハンマドはいったん後宮に戻される。
王子であることの正式な発表は来月に持ち越された。
後宮も王宮も十五年も隠された驚愕の事実に、上に下にの大騒ぎだった。
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