樹海の宝石【番外編】

藤雪花(ふじゆきはな)

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その2、ムハンマド篇

5、アクアマリンのピアス

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ムハンマド(サーシャ)は使用人にみられない程度にはきれいにはしているが、あまり飾り気のない装いである。
お付きの二人の娘も同様である。
それに比べると、ノアールが歌う場に集まる妻たちやその娘たちは、宝石や鮮やかに染め分けたシルクのショールや衣装など華やかに着飾り、艶やかな花か蝶のようである。

まったく近寄らなかったムハンマド(サーシャ)がちょくちょく交遊の場に現れるようになって、同じ年頃の姉妹たちはムハンマドをあからさまにいじめ始めていた。

なぜなら、貧乏人を母にもつムハンマドが、ノアールの視線をとらえ、笑顔を送られ、終わってからは二人だけで会話を楽しんでいることも多いのだ。
それに、自分達が楽しくノアールを囲んでおしゃべりを楽しんでいる時に、ムハンマドはしら~と全く気のない素振りをして、返ってノアールの気を引くことを成功させている。
ノアールの気はひくくせに、姉妹は自分たちに向けるその目に、取り付くしまのないような、どこか高みから見おろされている気持ちになるのだ。

いじめは連日に渡る。
ムハンマドへ回ってきたお菓子だけにガラスが混入されていたり、飲み物に睡眠薬が入れられていたり、下剤が入っていたり、いろいろである。

「女って、陰険だな、、、」
あまりに幼稚ないじめにムハンマドは辟易する。
いじめにも動じたようすがないところがさらに、姉妹たちの怒りを買う。


その夜は、終わりそうにない宴を抜け出してノアールと二人でムハンマドは歩いていた。
この甘い顔をしている吟遊詩人は、知り合って半年はたつが、物知りで話していると楽しいのだ。
ムハンマドも自分のことを話す。
十五番目の娘であること。
16になったらここを出ていきたいこと。
でも何がしたいのかわからないこと。

「君の部屋まで送らせて欲しい」
というので、ひっそりとした小道を抜けて後宮の外れまで来ていた。

王妃や妃や夫人たちと比べて一度王の手が付いただけの嬪たちは数が多いために、質素な部屋である。
女子でも子供を産んだ嬪は、もう少しましな扱いをされているのにな、とノアールは思うが口にはださない。
二人のムハンマドのお付きの娘たちは距離を空けてついてきている。

「母は使用人だったので、なんの後ろ楯もないからいつまでも後宮では最下層だ」
とムハンマドはノアールの感じた疑問に答えた。

「そうか、、、」
ノアールはその夜はムハンマドの部屋に上がるつもりであったが、思い止まった。
その代わり、ムハンマドにプレゼントをするだけにする。
入り口のドアで二人は立ち止まる。

「耳を貸して?」

知り合って半年で、ムハンマドはぐんとおおきくなり、身長が胸ぐらいだったのが、肩ぐらいになっている。
豊かな赤毛を耳下で大きく三つ編みにしているその耳に、ノアールはキスをした。
ムハンマドは不意打ちのキスに「ひゃあっ」と言って飛び上がった。
色気のない反応に、ノアールは目を丸くする。

ムハンマドは娘の格好をしていても、正真正銘の男である。
ノアールが女であれば蕩けるであろう笑顔をみせるところから、ムハンマドを姫であると思い込んでいるのがわかっていた。

ムハンマドはいつか言わなければと思いつつも、絶対に誰も信用してはなりません、との母の言葉を破って告白することができないでいた。
何も、普通の知り合い程度であれば告白することもないのだが、ノアールは後宮の妃や夫人たちの次ぐらいに、ムハンマドを気に入っているようだった。

「サーシャは姫にしてはアクセサリーを身に付けないだろ?だから、これをプレゼントさせて欲しい」
ノアールが取り出したのは水色のちいさな宝石の粒のピアスだった。

「わたしはピアスの穴を開けていないから、もらえない」
というが「お願い」と甘く懇願されてしまう。
しゃあないとムハンマドは首を傾けて、耳を晒す。体ごと腕をまわされ、逃げられないように固定される。
ひょいと耳たぶをつままれたかと思うとすぐに、鋭い針を押し込まれた。
貫かれたときに一瞬に走った痛みに、ムハンマドは身をこわばらせ、体を引こうとするが、体に回されたノアールの腕が離さない。
「消毒」
といってピアスごとムハンマドの耳たぶを嘗める。
「もう一回させて?」
ゾクゾクくるような声で言われ、気がつくともう一度反対の耳たぶにもピアス。
抱き締められ痛みを伴いながら貫かれるこの行為は、男女の行為をどうしても連想してしまう。

「サーシャは熱くもえすぎるから、少しバランスを取るためのアクアマリンの石だよ」
「バランス、、、」
ノアールはぎゅっとムハンマドを抱き締めた。
「もう少し大人になったらサーシャを抱かせてほしい。そしてここを出て、一緒に旅をしないか?世界は面白いものに溢れている。十五番目なら問題はないだろう?」
ノアールは言う。
「わたしは、駄目だ」
ムハンマドは言う。
「どうして?わたしからみても君は、ここでしたいことができないで爆発でもしそうだよ?少なくとも、今の生活ではなくて、ここから離れることが大事だ」
ノアールの言わんとするところはわかった。
14になったばかりのムハンマドは育ち盛りで、情熱をぶつけるなにかを見つけられないでいた。
おそらく、この毒々しい楽園では見つけられないであろうと思う。
だが、一方でノアールが女として自分を求めても、返せないのは確かである。
姫の格好をしていても、ムハンマドは健全な男である。
「とにかく、ダメなんだ」
ムハンマドはノアールを振り切り、逃げるようにして部屋に戻った。
アクアマリンの石が付けられた耳はその夜、じいんと痛み続けた。
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