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その2、ムハンマド篇
4、 ノアールと後宮の娘2
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後宮には、普段は何もすることのない女たちを楽しませる催し物が、なにかしら頻繁に行われていた。
猛獣使いの、さまざまな動物を使った芸であったり、大掛かりな舞台装置を設営して、30人以上が出演する劇もあった。
普段は女しか入れない後宮は、催し物のときには男も入ることを許されていた。
もっとも、使用人に至るまですべての後宮の女が、男と情を交わせばその男共々、極刑がくだされるので、間違いが起こることはあまりない。
女姿のムハンマドは後宮の森の、木上で昼寝である。
ここは誰にも邪魔をされない、彼の取っておきの隠れ場所だった。
女たちが目の色を変えて騒ぐほど、時折り訪れる劇団の劇が面白いとは思えない。
良いのは、劇の合間に流れる静かなたて琴ぐらいだと思う。
「はあっ」
うん?ムハンマドは只事ならない気配に身構える。
苦しげな呻き声が聞こえてくる。
すぐ近くで誰か心臓マヒか、行倒れでもしているのかも知れない、只事ならないあえぎ声だった。
ムハンマドは木上から覗き込み、真下で繰り広げられている光景をみて落ちそうになる。
それは、後宮の女と劇団の若い男との密会だった。
濃厚なキスに、女はスカートを捲りあげられている。女は白い足を男の腰に絡めている。
(こ、これはなんなんだ~!!)
ムハンマドは幹にしがみつき、息を潜める。
男は行為を終えて、女を送り出した後、木の上のムハンマドに声を掛けた。
「、、、いるんだろ?子ざるちゃん。出ておいで!」
(くそっ、わかっているな)
このまま気がつかずに行ってくれればと思ったがそうはいかないようであった。
ザッと木から飛び降りる。
大木に背中を預け、派手な上着をはだけさせた男は23才の吟遊詩人ノアール。
女物の衣装に、まだ 13の子供なので隠さない端麗な顔のサーシャ(ムハンマド)が初めて顔をあわせたのがこのときである。
「ごめんね、驚かせて。黙っていて?」
ノアールはいう。
ムハンマドは怒っていた。
目の前で行われた卑猥な行為を覗き見したことでどきどきしている。
「あなた、こんなことをしていたら、いずれ極刑に処せられるよ」
男はとろけるような笑みを浮かべる。
ムハンマドは男でもこんなに綺麗な人が存在することを初めて知る。
「大丈夫。彼女も、子ざるちゃんもいわないから」
「どうして言わないとわかる?」
ノアールは手を差し出した。
女を抱いていた手だ。気持ちが悪いと思ったが、男の指が長くてきれいなのでつい、起こそうと握る。
男はムハンマドが引き上げる力に自分の力を加えて起き上がる。
「さあ?それは、彼女はわたしのことが好きだし、お互いに極刑は嫌だからね。黙っていてくれたら、君にもキスをしてあげる」
そういいつつ、男は13才のムハンマドの唇を奪う。
感じたとこのない唇のやわらかさと、舌の絡まる生々しさ。
ムハンマドは突き放した。
「やめてっ」
「ああ、ごめん。良くなかった?キスは初めて?、、、だろうよね。君は後宮の嬪にしては若い。下働きにしては手がきれいだ。姫?」
「わたしにまで手を出したら、本当に死刑だ」
「ごめん。じゃあ、君がわたしを必要とするときに、いつでも呼んでくれていいよ」
男は埃を払い、服をただす。
木の幹に立て掛けていた小振りなたて琴を拾い上げた。
「わたしは劇団と一緒に行動している、吟遊詩人なんだ。明日も演奏するから来て。みんな喜んでくれているよ。
君もきっと退屈をまぎらわせることができるよ。ここは一見平和で退屈だろう?」
退屈。
ムハンマドの目が欲求不満に赤く燃える。
ノアールはじっとその目を見る。
退屈と欲求不満で爆発しそうなものを13才のムハンマドは抱えていた。
どうやってそれを解消すればよいのかわからない。
「赤い髪に、赤茶の目。加護の力も感じる」
「加護?」
ムハンマドが聞きなれない言葉に聞き直すと、ふうっとため息をつく。
顔にかかるサラサラの髪をかきあげた。
「これだからバラモンは力のあるものが生まれてこないのか?ここは王宮の最奥の、古き伝統と因習が残る後宮だというのに?
君は王の直系の赤毛に生まれついているんだろ?
なぜにバラモンでは王を赤毛の男にしか継げないように定められたのかわかっていないのか?」
「なぜって、そういう決まりだからでしょう?」
ノアールは再びため息をつく。
ムハンマドの顔を両手ではさみ、顔を寄せる。
思わず閉じたまぶたにキスを落した。
すると、閉じた視界に明るい紋様がふわっと浮かんで消える。
そんなことは初めてだった。
「これは魔術かなにかか?」
声が上ずる。
「秘密が知りたければ、今晩の夕食の後の宴においで」
その夜から、ムハンマドはノアールの舞台や宴の場の隅で、娘姿で鑑賞するのだった。
後宮ではムハンマドには護衛のようにお付きの娘が二人つく。
それはお姫さまならば当然といえるが、本当の役割はムハンマドが男であることがばれないようにするフォローの役割が大きかった。
ムハンマドは、ノアールの歌から、精霊を知る。加護を知る。加護の力を持つものは、さまざまな不思議を産むことを知る。
ムハンマドは火の精霊の加護をもっているようだった。
精霊の加護を持つものと、その体に加護紋様を刺青しているものとの間では、加護紋様が浮かぶことも知る。
世界はムハンマドの知らないことで一杯だった。
いずれ、男であることを隠しきれないようになる。今はまだ、幸い誰も疑ってはいないようだった。
「16まで我慢なさい。16になれば、あなたが王子だと公表し、ここをすぐ出て全寮制の王都公立に行きなさい。そこで学び、王子として自分を確立しなさい!」
母は言う。
16まであと二年あった。
猛獣使いの、さまざまな動物を使った芸であったり、大掛かりな舞台装置を設営して、30人以上が出演する劇もあった。
普段は女しか入れない後宮は、催し物のときには男も入ることを許されていた。
もっとも、使用人に至るまですべての後宮の女が、男と情を交わせばその男共々、極刑がくだされるので、間違いが起こることはあまりない。
女姿のムハンマドは後宮の森の、木上で昼寝である。
ここは誰にも邪魔をされない、彼の取っておきの隠れ場所だった。
女たちが目の色を変えて騒ぐほど、時折り訪れる劇団の劇が面白いとは思えない。
良いのは、劇の合間に流れる静かなたて琴ぐらいだと思う。
「はあっ」
うん?ムハンマドは只事ならない気配に身構える。
苦しげな呻き声が聞こえてくる。
すぐ近くで誰か心臓マヒか、行倒れでもしているのかも知れない、只事ならないあえぎ声だった。
ムハンマドは木上から覗き込み、真下で繰り広げられている光景をみて落ちそうになる。
それは、後宮の女と劇団の若い男との密会だった。
濃厚なキスに、女はスカートを捲りあげられている。女は白い足を男の腰に絡めている。
(こ、これはなんなんだ~!!)
ムハンマドは幹にしがみつき、息を潜める。
男は行為を終えて、女を送り出した後、木の上のムハンマドに声を掛けた。
「、、、いるんだろ?子ざるちゃん。出ておいで!」
(くそっ、わかっているな)
このまま気がつかずに行ってくれればと思ったがそうはいかないようであった。
ザッと木から飛び降りる。
大木に背中を預け、派手な上着をはだけさせた男は23才の吟遊詩人ノアール。
女物の衣装に、まだ 13の子供なので隠さない端麗な顔のサーシャ(ムハンマド)が初めて顔をあわせたのがこのときである。
「ごめんね、驚かせて。黙っていて?」
ノアールはいう。
ムハンマドは怒っていた。
目の前で行われた卑猥な行為を覗き見したことでどきどきしている。
「あなた、こんなことをしていたら、いずれ極刑に処せられるよ」
男はとろけるような笑みを浮かべる。
ムハンマドは男でもこんなに綺麗な人が存在することを初めて知る。
「大丈夫。彼女も、子ざるちゃんもいわないから」
「どうして言わないとわかる?」
ノアールは手を差し出した。
女を抱いていた手だ。気持ちが悪いと思ったが、男の指が長くてきれいなのでつい、起こそうと握る。
男はムハンマドが引き上げる力に自分の力を加えて起き上がる。
「さあ?それは、彼女はわたしのことが好きだし、お互いに極刑は嫌だからね。黙っていてくれたら、君にもキスをしてあげる」
そういいつつ、男は13才のムハンマドの唇を奪う。
感じたとこのない唇のやわらかさと、舌の絡まる生々しさ。
ムハンマドは突き放した。
「やめてっ」
「ああ、ごめん。良くなかった?キスは初めて?、、、だろうよね。君は後宮の嬪にしては若い。下働きにしては手がきれいだ。姫?」
「わたしにまで手を出したら、本当に死刑だ」
「ごめん。じゃあ、君がわたしを必要とするときに、いつでも呼んでくれていいよ」
男は埃を払い、服をただす。
木の幹に立て掛けていた小振りなたて琴を拾い上げた。
「わたしは劇団と一緒に行動している、吟遊詩人なんだ。明日も演奏するから来て。みんな喜んでくれているよ。
君もきっと退屈をまぎらわせることができるよ。ここは一見平和で退屈だろう?」
退屈。
ムハンマドの目が欲求不満に赤く燃える。
ノアールはじっとその目を見る。
退屈と欲求不満で爆発しそうなものを13才のムハンマドは抱えていた。
どうやってそれを解消すればよいのかわからない。
「赤い髪に、赤茶の目。加護の力も感じる」
「加護?」
ムハンマドが聞きなれない言葉に聞き直すと、ふうっとため息をつく。
顔にかかるサラサラの髪をかきあげた。
「これだからバラモンは力のあるものが生まれてこないのか?ここは王宮の最奥の、古き伝統と因習が残る後宮だというのに?
君は王の直系の赤毛に生まれついているんだろ?
なぜにバラモンでは王を赤毛の男にしか継げないように定められたのかわかっていないのか?」
「なぜって、そういう決まりだからでしょう?」
ノアールは再びため息をつく。
ムハンマドの顔を両手ではさみ、顔を寄せる。
思わず閉じたまぶたにキスを落した。
すると、閉じた視界に明るい紋様がふわっと浮かんで消える。
そんなことは初めてだった。
「これは魔術かなにかか?」
声が上ずる。
「秘密が知りたければ、今晩の夕食の後の宴においで」
その夜から、ムハンマドはノアールの舞台や宴の場の隅で、娘姿で鑑賞するのだった。
後宮ではムハンマドには護衛のようにお付きの娘が二人つく。
それはお姫さまならば当然といえるが、本当の役割はムハンマドが男であることがばれないようにするフォローの役割が大きかった。
ムハンマドは、ノアールの歌から、精霊を知る。加護を知る。加護の力を持つものは、さまざまな不思議を産むことを知る。
ムハンマドは火の精霊の加護をもっているようだった。
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いずれ、男であることを隠しきれないようになる。今はまだ、幸い誰も疑ってはいないようだった。
「16まで我慢なさい。16になれば、あなたが王子だと公表し、ここをすぐ出て全寮制の王都公立に行きなさい。そこで学び、王子として自分を確立しなさい!」
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