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その2、ムハンマド篇
3、 ノアールと後宮の娘1
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吟遊詩人が手を止める。
ふうっとあちらこちらで溜め息。
ルージュ王子とその間諜のバードの繋がりは、他からはうかがい知れないものがあったようだった。
「おい、、、なんかその歌、怪しく脚色されていないか?」
細身の男は顔をしかめる。
よく見れば、その茶色の髪には黒いメッシュが入る。
物語のバードと同じような髪色だと、食堂の客人たちは思った。
ふふふっと吟遊詩人は笑う。
「彼らの主従の繋がりは強い。光とその影でしたから。彼らにはある時点まで全く秘密はなかった。
秘密ができたのは、バードがパリスを離れて、自分の意思でリリアスを守り始めた時からではありませんか?
あながち、完全な作り話ではないでしょう?」
ぐっと茶髪の男は喉をつまらせる。
「じゃあ、今度はムハンマドの若かりし頃の恥ずかしい話を聞かせてくれ」
そういうとざわっと食堂のお客はざわめいた。
「そういえば、ムハンマドさまが公に出てきたのは、王都国立に入った頃ぐらいだったかな?それまでは、バーライト様が唯一の赤毛の男子といわれていたな」
食堂の親父はいう。
ここは外れとはいえ、バラモン国内である。
王族の話は普段の会話のおかずである。
「?ムハンマドは15まで存在していなかったということ?」
黒髪の若者が隣の男に向かって言う。
隣の男は目深にフードを被り、その表情はうかがい知れないが、わなわなとそのフードのすそが震えている。
「、、、そんな話は面白くはないだろう。ムハンマドなら戦話が面白い!」
「戦話ですか。バードの、物語の前を歌いましたから、公平を期して、ムハンマドさまの、少年時代の話をした方が良いのではないですか?」
間を空ける。
外の雨脚を確かめたようだった。
先程より弱くなっている。窓の外は少し明るくなっていている。
尚もフードの男が抗議の何かを言いかけるのを、隣の黒髪の若者がそっと手を伸ばして、男の手にのせる。
見るものをはっとさせる、親密さを感じさせる触れあいだった。
「僕は聞きたいんだ。ムハンマドの子供時代のことを。どんな子だったのか。知ればもっと好きになるかも」
「、、、嫌になるかも、だ」
なんと艶やかな会話だろうと思う。
男同士のカップル。
彼らはそれぞれ一押しのキャラクターがあるようだった。
女の子がバードであるように、黒髪の若者はムハンマドなのだろう。
「、、、では、バラモン王国ムハンマド王弟の、幼少時代のお話をしましょう。
彼は後宮のお世話に雇われた身分の低い女から生れました、、、」
甘い顔の吟遊詩人は目を閉じて歌い出した。
たちまち、皆は話に引き込まれていく。
□□□
ムハンマドの母は身分の低い女ではあるが、器量が良くて頭も良かった。
なので、事故のようにスピネル王の戯れに巻き込まれその一回で妊娠したとき、妊娠を周囲にばれないようにすることにした。
後宮では、孕んだ女が次々と不慮の事故に遭ったりして流産することが多かったからだ。
周囲の者が知ったとき臨月であった。
後宮で孕んだ者は全てスピネル王の子である。
すぐさま、後宮の外れに形ばかりの嬪の部屋が与えられ、子を産む。
手助けは盲目の産婆と同じ頃に後宮に使用人として入った二人の友人のみ。
赤毛の男子であった。
我が子を腕に抱いたとき、溢れでた愛しさで産みの苦しみを忘れた。だが、その子が男子であることを知って、すぐさま愛よりも強い絶望が襲う。
身分が高く、強い後ろ楯のある王妃が生んだ、二つ上のバーライトのようには育つことはできないだろうと思う。
赤毛の男子の生存率は極めて低い。
赤毛は王位を継ぐ資格を持って生まれているために、権力を欲する後宮の女からも、王位に執着している父親からも命を狙われていた。
ムハンマドの母親は、信頼のおける友人たちと自分の子供を生かすために可能性が高まる方法を選択する。
息子を娘として育てるのだ。
王は自分の娘に無関心であった。
後宮の隅の、使用人の部屋よりもほんの少し広いだけの、一度も王の渡りもない部屋で、父の愛情を全く知らず、ムハンマドは女の子として育つ。
彼の横には、ぴったりと母の友人二人が付く。
物心ついたときには、なぜ自分が生まれついた性別の男ではなく、女の振りをしなければならないのかムハンマドは理解していた。
ムハンマドの子供の頃の名前は、サーシャという。
サーシャは見事な赤毛の、キラキラした目をした娘であった。
数多く生れた姫たちのなかでもひときわ端麗な容姿で、利発である。
将来さぞ美しい姫に成長するに違いない、と見るものを思わせた。
ただ、ちょっとだけ、少しばかり、いや、かなり、やんちゃでがさつな女の子であった。
ふうっとあちらこちらで溜め息。
ルージュ王子とその間諜のバードの繋がりは、他からはうかがい知れないものがあったようだった。
「おい、、、なんかその歌、怪しく脚色されていないか?」
細身の男は顔をしかめる。
よく見れば、その茶色の髪には黒いメッシュが入る。
物語のバードと同じような髪色だと、食堂の客人たちは思った。
ふふふっと吟遊詩人は笑う。
「彼らの主従の繋がりは強い。光とその影でしたから。彼らにはある時点まで全く秘密はなかった。
秘密ができたのは、バードがパリスを離れて、自分の意思でリリアスを守り始めた時からではありませんか?
あながち、完全な作り話ではないでしょう?」
ぐっと茶髪の男は喉をつまらせる。
「じゃあ、今度はムハンマドの若かりし頃の恥ずかしい話を聞かせてくれ」
そういうとざわっと食堂のお客はざわめいた。
「そういえば、ムハンマドさまが公に出てきたのは、王都国立に入った頃ぐらいだったかな?それまでは、バーライト様が唯一の赤毛の男子といわれていたな」
食堂の親父はいう。
ここは外れとはいえ、バラモン国内である。
王族の話は普段の会話のおかずである。
「?ムハンマドは15まで存在していなかったということ?」
黒髪の若者が隣の男に向かって言う。
隣の男は目深にフードを被り、その表情はうかがい知れないが、わなわなとそのフードのすそが震えている。
「、、、そんな話は面白くはないだろう。ムハンマドなら戦話が面白い!」
「戦話ですか。バードの、物語の前を歌いましたから、公平を期して、ムハンマドさまの、少年時代の話をした方が良いのではないですか?」
間を空ける。
外の雨脚を確かめたようだった。
先程より弱くなっている。窓の外は少し明るくなっていている。
尚もフードの男が抗議の何かを言いかけるのを、隣の黒髪の若者がそっと手を伸ばして、男の手にのせる。
見るものをはっとさせる、親密さを感じさせる触れあいだった。
「僕は聞きたいんだ。ムハンマドの子供時代のことを。どんな子だったのか。知ればもっと好きになるかも」
「、、、嫌になるかも、だ」
なんと艶やかな会話だろうと思う。
男同士のカップル。
彼らはそれぞれ一押しのキャラクターがあるようだった。
女の子がバードであるように、黒髪の若者はムハンマドなのだろう。
「、、、では、バラモン王国ムハンマド王弟の、幼少時代のお話をしましょう。
彼は後宮のお世話に雇われた身分の低い女から生れました、、、」
甘い顔の吟遊詩人は目を閉じて歌い出した。
たちまち、皆は話に引き込まれていく。
□□□
ムハンマドの母は身分の低い女ではあるが、器量が良くて頭も良かった。
なので、事故のようにスピネル王の戯れに巻き込まれその一回で妊娠したとき、妊娠を周囲にばれないようにすることにした。
後宮では、孕んだ女が次々と不慮の事故に遭ったりして流産することが多かったからだ。
周囲の者が知ったとき臨月であった。
後宮で孕んだ者は全てスピネル王の子である。
すぐさま、後宮の外れに形ばかりの嬪の部屋が与えられ、子を産む。
手助けは盲目の産婆と同じ頃に後宮に使用人として入った二人の友人のみ。
赤毛の男子であった。
我が子を腕に抱いたとき、溢れでた愛しさで産みの苦しみを忘れた。だが、その子が男子であることを知って、すぐさま愛よりも強い絶望が襲う。
身分が高く、強い後ろ楯のある王妃が生んだ、二つ上のバーライトのようには育つことはできないだろうと思う。
赤毛の男子の生存率は極めて低い。
赤毛は王位を継ぐ資格を持って生まれているために、権力を欲する後宮の女からも、王位に執着している父親からも命を狙われていた。
ムハンマドの母親は、信頼のおける友人たちと自分の子供を生かすために可能性が高まる方法を選択する。
息子を娘として育てるのだ。
王は自分の娘に無関心であった。
後宮の隅の、使用人の部屋よりもほんの少し広いだけの、一度も王の渡りもない部屋で、父の愛情を全く知らず、ムハンマドは女の子として育つ。
彼の横には、ぴったりと母の友人二人が付く。
物心ついたときには、なぜ自分が生まれついた性別の男ではなく、女の振りをしなければならないのかムハンマドは理解していた。
ムハンマドの子供の頃の名前は、サーシャという。
サーシャは見事な赤毛の、キラキラした目をした娘であった。
数多く生れた姫たちのなかでもひときわ端麗な容姿で、利発である。
将来さぞ美しい姫に成長するに違いない、と見るものを思わせた。
ただ、ちょっとだけ、少しばかり、いや、かなり、やんちゃでがさつな女の子であった。
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