樹海の宝石【番外編】

藤雪花(ふじゆきはな)

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その1、バード篇

2、 ルージュの影 後編(その1 完)

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バードは本名ではない。

護衛や間諜員としてのトレーニングで優秀な成績を取り、先輩たちを軽く飛び越えて首席をとったところからとも、身軽で塀を楽々飛び越えるその姿からとも、いわれている。

だが事実は、ルージュが誰をそばに置くかを決めるときにバードを指して、

「お前にする。鳥のように身軽だな。
いつか羽が生えて、窮屈なパリスから出ていきそうだ」
といったときから、バードはバードとなったのだ。

日に日にバードはルージュにとってはなくてはならない影になっていく。
ルージュの公務も私事も関係なく、バードは付く。
危険を声なき声で伝える。
耳元に風を震わせて言葉を伝えるやり方である。
返事は小さく呟いてもらうだけでバードは拾うことができる。


お忍びで出掛けては、ルージュは気に入ったものを抱く。
まだ10代の半ばにして、その美貌は飛び抜けて、男も女も彼に群がる。
いろんな欲望が若い彼を中心に渦巻いていた。

ルージュが何度も打ち消しても、彼を次期王にする勢力が彼を放そうとしない。
王に掲げたいものの欲望。
美貌の王子に抱かれたい、もしくは抱きたいという欲望。
欲望の渦に逆らい続けなければならない鬱憤が、ルージュに積もっていくのを、誰よりも間近にいるバードはわかる。

ルージュは気が向けば女を抱く。
それらも全てがバードには筒抜けだった。
ルージュの欲望に火がつくときの息づかいもわかる。
愛し方の癖、好きな女のタイプまでも、バードは知っている。
だが、彼はお気に入りをつくらない。
抱くのは一度か二度まで。
女に縛られるのが嫌なようだった。

ある日、ルージュが抱いた女は二度目の女。二度目の情けはルージュに群がる女のなかでは珍しく、女は嬉々としてルージュに跨がっていた。
女は自分を抱く男の冷えた心がわからない。
美しい女を抱いても、ルージュの心を震わせることは出来ないようだった。

女が出ていったお忍びで使う豪奢な部屋のベッドに、ルージュは片膝を立て、体を起こしていた。

「、、、いるか」
(はい、ここに)
「声だけでなく、ここにこい」

バードは隣の部屋からルージュの部屋に歩み入る。情事の後が残る部屋。
女の甘い匂いは熟しすぎたフルーツのそれのようだった。
ルージュは下半身にシーツを被せただけの、美しい体を晒している。
軍部に入ることも多いので、その体は細身ながらも鍛え上げられている。
ノーマルな男でさえも、触れたくなるような艶やかな体である。


「水を取ってくれないか?」
ルージュは壁に寄せられた机の上の水差しを顎で指した。
バードはグラスに注ぎ、王子に差し出す。
ルージュは気だるさの残る顔で、バードの様子をじっと見ていた。
差し出されたグラスを一気に飲み干した。
喉仏が上下する。
つい目がいってしまう。

「ああ、生き返るようだ」
空になったグラスはバードに返された。
「ご用事はそれだけですか?」
ルージュは眉を上げた。

「いや、おまえがちゃんとそばについているか確認も兼ねていたけど、喉も渇いていたしな」
「俺は常にそばにおりますよ。ご安心なさってください」
「あれも全部聞いているのか?」
あれとは王子は情事のことをいっているのだとわかる。
「もちろんです。女が刺客である場合もあり得ますから」

ルージュは不意に手を延ばし、バードの腕を引いた。
「どうだった?」
「はあ?」
「先程のアレはどう思う?」
王子が何を聞きたいのかわからない。
「、、、愛のない行為に意味はなく、空しいだけではありませんか?」
しまったと思うがつい、言ってしまっていた。
主のとっかえひっかえには辟易気味でもあったのだ。
それを聞き、ルージュは笑う。
「わたしは愛がわからない。欲望は愛とは違うのか?
わたしのあれを聞き、バードは欲望を掻き立てられはしないのか?」
「それは、、、」

バードのそれは確かに行為の最中は反応をしていたが、既に鎮まっている。
バードは仕事中なのだ。

「一度抱いた女は従順になり、全てを捧げてくれる。男も抱けばそうなるのか?わたしはお前に命を誰よりも預けている。お前との間にはなんの秘密もない。お前がわたしを抱きたいというのなら、抱いて?抱かれて?やっても良い、、、」

つかまれた腕を振りほどこうとする前に、逆にルージュにひかれた。
バランスを崩して、バードはベッドにルージュ王子を組み敷くような形で倒れる。

王子の瞳は紺碧の星空の瞳。
間近で見たものは、心惹かれずにはいられない美しい瞳だった。
だが、その目は愛を写していない。
王子はバードと取引をしようとしていた。

「、、、王子。俺は町でかっぱらいをしていた時に、死にかけた妹共々あなたに救われました。
あなたは命の恩人です。
その時に、わたしの生きる道が決まりました。
この命があるかぎり、影となり刃となってお仕えすることになんの迷いも陰りもありません。ルージュさまはそれが不安ですか?」

王子の瞳が一瞬羞恥に揺らぐ。
だがすぐに、いつもの傲慢な色を取り戻す。

「そうだったな。お前は既にわたしのものだ。もはやわたしの一部のようにも思えるぐらいだ。確かに自分自身と寝ても、面白くないな」
バードは解放される。

二人は旅館を離れる。
馬を出してもらうのに木陰で待つ間に、風が鳴る。
三本の矢がルージュを狙っていた。
咄嗟にルージュを押し倒す。
バードは自分の周りに下から渦巻き上る強風をおこし、矢の切先をずらした。
勢いを失いフワッと浮いて矢は落ちる。

「来る!」
顔を下半分布で隠す男たちが、剣を持って王子を狙う。
バードも王子も剣を抜く。
それは軍部に入った王子を驚異に思う、兄を擁立する一派からの襲撃だと直感する。

まだ芽の小さい内に刈り取ろうと、手を変え品を変え、忘れた頃にルージュを狙う。

「実力行使の割りに三人だけなんて笑わせるな」
ルージュはいう。
返り血を浴びてバードは赤く染まる。
ルージュは無傷だった。
ルージュは弱くはないが、三人ともバードが仕留めていた。
息がきれるが、それもすぐに収まっていく。
ルージュはバードを見る。
「わたしは王位はいらないと言っているにも関わらず、そこからどうしても逃げられないらしい。きっと死ぬまでそうなのだろう」
王子が手を伸ばして、バードの顔の血をぬぐおうとする気配に、バードは身を引く。王子を汚したくないからだ。

「わたしはパリスにとらわれた哀れな男だ。だがお前はそうではない。わたしという鳥かごから、いつか飛び立て。
わたしの代わりに自由に生きるお前がいてもいいのではないか?」
「俺はどこにもいきません」
ルージュは哀しく笑う。

「お前はわたしの影であるということは、言い換えればわたし自身でもあるといえないか?わたしはパリスの王子という呪いにとらわれているが、お前なら、わたしのかわりにどこにでも行けて、望むままに自由に生きられる。
だからいつか、わたしの代わりに自由に生きてほしいと言っているのだ」

その時は王子が亡くなるときではないか、とバードは思う。
ルージュはバードの頬をぬぐった。
王子の手の平も赤く染まる。
「いつか、わたしの代わりにパリスを飛び立ち、そして本当の愛をみつけてくれ。わたしはそれで満足することにしよう」
「そんな日がくるとは思えません。俺はルージュさまよりも先に死ぬ覚悟がありますから」
ルージュは笑う。
「こんな襲撃が続けばそうなりそうだな。
さて、兄にわたしの気持ちを理解していただくにはどうしたらいいのだろうか」

ルージュが兄のために、樹海の宝を手にいれて渡すことを思いつき、樹海の森でリリアスと出会うのは、もう少し後の話である。

その1、完
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