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第5話 王座の行方

61、喧嘩

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「清める、といったら温泉だろう?」
ということでラズとシディは岩場の温泉に来ていた。
「クリスはよくやってくれているようだな」
岩場でシディは黒と金の礼装を脱ぐ。
ラズも促されるまま脱いだ。
「、、、ラズさま、灯りをどうぞ」
テーゼが腕を伸ばして手燭を送ってくる。
クリスとテーゼが護衛である。
クリスがこの細目の王子の側近に休息を進めてもテーゼが王子から離れることはない。
ラズが灯りを受けとると、洞窟風呂はほあんと明るくなり、影が揺らめく壁はきらきら緑の鉱石の星粒を輝かせた。
洞窟内は蒸気で熱く籠る。
先に湯に浸かってたシディは、ラズが入るのを一挙手一投足を見逃すまいという風情で見守る。
ラズは岩盤が階段状に深くなる足元に気を付けながらシディの正面に歩んで行く。深くはない。腰を下ろすと胸下ぐらいの湯である。
シディが無言でラズを向かえるように伸ばした手に、ラズは指を絡めた。
そのまま湯に浸かりつつ、黒曜石のブレスレットをたわませながら指の腹を滑らせていく。
ふっとシディの目が細くなる。
髪を高く団子にまとめた襟足を食い入るようにみられているのにも構わずたどっていく。
固く張った筋肉。
細かなすり傷や打ち身はあっても、大きな傷はなさそうだった。胸も、腹も背中、脚も、確認する。
最初はしたいようにさせていたシディも足の裏まで見ようとしたラズにとうとう笑いだした。

「わたしの体の検分はすんだか?どこにも女を抱いた形跡はないだろ」
足首にぐるりと赤黒いアザがある以外、怪我もキスマークもない艶やかなからだであった。

「お、女とかそんなことを調べていた訳じゃあなくって、怪我をしてないかこの目でみないと心配だったんだ。それで、これはどうしたの?」
ラズはシディの足首を指す。
「ジダンのくくり罠に捕まったその痕だ。もがけばもがくほど締まって、往生したぞ。それがきっかけで、ジダンの隠れ家に連れていかれ、かれを取り込むことができたのだが、、、」
シディは最後までいわない。それを話し出したら、一時間の休憩などあっという間に終わってしまう。
「それで?」
ラズは先を促したが、シディは今度はラズの手首を掴んだ。
「今度はわたしがあなたを検分する。わたしが不在の間に浮気をしていなかったか」
頚筋、胸、背中、ももの内側と丹念に手のひらと些細な変化を見逃さないとでもいうような鋭い目視で確認する。
「浮気なんて、しない」
「そうか?ではなぜに王と一緒にいた?」
「王があなたの情報がそばにいたらすぐに知ることができるといったから」
「いつから一緒にいた」
「む、六日めから。シディがどうしているか心配で、たまらなくて、あなたの情報が届くのなら王のところだと聞いたから、、、」
「四六時中、王のそばにいたのか」
「夜は自分の部屋で寝たよ」
「んなこと当たり前だ。王はお前に何かをいったか?」
「オーガイト王は、シディがボリビアのオブシディアン王子で見ている世界を僕に見させた。あなたが、新しい時代を切り開く王の器であり、あなたが次期王になることの期待を伝えた」
オーガイトは不快げに眉を寄せる。
「なんだ、それは。王のそれは今に限ったことではないが、ラズまでにいうとは。王の言うことは気にするな。親バカの極みだ」
「ううん、僕はそうは思わない」
ラズは慎重に言う。
「あなたは兵をひとりも損なわず盗賊を掃討させた。今までのラブラド以外の攻略も聞いた。あなたのところへ人は集まる。僕は確信したんだ。あの桟敷で、ザラ王弟を黙らせ、架け橋を降ろさせ、ボリビアを歓喜の渦を巻き起こした中心はオブシディアンだった。僕は、、、」
ラズは生唾を飲み込んだ。
「あなたを僕だけのシディにすることなんてできないことを悟ってしまったんだ」
「どういうことだ、、、」
「あなたは、わたしのためにただのシディになるつもりだと言ったけど、、、」
「そのつもりだ。だが、すぐには無理そうだ。あいつらの処遇をきちんと決めてやらなければ、また根無し草になって悪さをしかねん」
きっとそうやってずるずるとただのシディになることは先送りにされていくだろう。
10年、20年、シディはラズのためにいい続けるのかもしれない。
できないことを約束させ、まだなのかとシディをなじりつづけるのは嫌だった。
「無理しないで。シディがただのシディにならなくても僕はいいから」
「なんなのだ!それは!」
シディはカッと頭に血が登り湯から立ち上がった。ざっと音をたてて瀑布のように湯が体を流れる。
湯にあたり朱を帯びる裸体は壮健で、かつ美しかった。
ラズは怯みかけたがやめられなかった。
「僕はただのラズになって、自由になった気になって、それこそあなたに愛される日々が生き甲斐の、役立たずだった。
あなたがわたしに合わせて、ただの人になることはない。あなたの本当の夢は何?血湧き肉躍ることは何なの?
勢力争いを続けるこの群雄割拠の戦の世を戦のない、敗れたり狩られたりしたものが奴隷にされたり、行き場を失ったものがいきるために盗賊になったり、人を殺したり殺されたり、そういうことのない世界を築きたいのでしょう?」
「わたしはあなたを愛している!たった一人の愛しい人を幸せにできないで、世界のことを平らかにするなどできるはずがない」
「でも、シディが僕のためにただのシディになれば、あなたの夢さえも霧散してしまう。そうしたら皆の期待を裏切ることにならない?」
「他人の期待などどうでもいい」
冷たくシディはいい放つ。
なぜにこのような言い争いになっているのだと思う。
シディはただ、愛しい人を腕に抱き慈しみ愛したいだけだった。
ラズは悲しく笑う。
「今日、あなたの前に燦然と輝き続く王の道をみると同時に、僕の進む道も見えたような気がする。
僕は少し前までは、あなたから助けられるばかりではない一人の自立した男に見られたかっただけだったのだけど、今はあなたの夢を助ける者になりたいんだ」
「あなたはそばにいてくれるだけでいい、それだけでわたしを満たしてくれる」

「僕がいても王になり、妻を娶り、子を為すと約束してくれるのなら。僕がいるなら王にならないというなら、僕はあなたのそばにはいられない」
ラズは強く言い切った。
ラズはシディにボリビアの王になると言わせたかった。
ラズも熱狂に巻き込まれ、オブシディアン王子が王になる夢を見たのだ。
「どうしてわたしを突き放す?わたしが嫌になったのか?」
ラズは尚も言おうとして、くらっとくる。
慌ててシディはのぼせたラズを引き上げた。
ラズの真っ赤になった体は熱くて危険な状態だった。
慌てて抱き上げ、蒸気の当たらない岩場の外に退避させる。
テーゼはラズを涼しい木陰に寝かせ冷たい水を飲ませ、クリスは水で絞ったタオルで顔をぬぐい首に押し当てる。
ぐったりとしているラズをシディは肩を怒らせながらも呆然と見る。

「王子、何をしているのですか!久々の再会の短い休憩時間を言い争いで終わったなんて、馬鹿の極みです!」
二人の会話は外でも聞こえていたようだった。
「喧嘩するつもりはまったくなかったのだが、、、」
裸のままのシディにタオルを渡し、テーゼは盛大にため息をついた。
クリスは手でラズの顔をあおぐ。
王子よりテーゼの方が怖くて強いな、と密かに認識を改めたのであった。

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