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第5話 王座の行方
60、抱擁
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王城には活気が満ちていた。
ラズはシディがいるだけで、王城の人々の顔が雰囲気がこれほどまでに変わるのかと驚嘆し、そのうねり上がる熱気に圧倒されていた。
ボリビアのオブシディアン人気を目の当たりにするのは二回目ではあるが、今回は先の凱旋を上回る、狂乱の気配があった。
この勢いなら、ボリビアは中原の天下をとるのもそう先ではないと、一人一人はこのうねりの小さな風でありながら、一体となり自ら命を得て巨大に変貌した嵐に巻き込まれた者たちは確信した。
戦をせず戦に勝利する道をこの若きオブシディアン王子は進む。
力ではなくて、この中原に平和をもたらす手段もあるのではないか、と。
城内でも居残り組の騎士が、娘が、祐筆たちが凱旋帰国した朋友たちを祝福する。
シディは人の波にもみくちゃになりながらもその厚い壁を押し桟敷への階段をひたすら目指していた。
そこには王とラズがいた。
階段を降りる王の後ろから付き従うようにして、ラズは階段の半ばで止まる。
「シディ、、、」
ラズもその輪に飛び込んでいきたかった。
シディの腕の中へ、その無事の帰還を心より祝福し、心配していたこと、シディのいない間のことを話したかったし、シディがどうやって盗賊たちを手なずけたのかを聞きたかった。
ほんの10日前に別れたときと同じシディなのか、体に怪我はしていないのか確かめて、安心させてほしかった。
「いったいどのようにしたのか教えてください!」
「ご連絡が途絶えたとき心配いたしました」
だがラズがそばにより口を開く前に、目を輝かせて必死の顔ですり寄る多くの者たちが、ラズの伝えたいこと、聞きたいことを代弁し、シディの注意を引いて、ほんの少しの目差しでも言葉でも欲していた。
そのとき、ざわめきが波が引くように静まる。
オーガイト王が手を挙げていた。
気がついた者たちが階段の半ばを下る王に向かい、片膝を折り始めた。
王と王子が対峙する。
しばしの静寂を王は欲していた。
王は満足げに頭をさげ低くなる者たちの海原を見渡した。
十分の間を取る。
「オブシディアン、よくやった!」
王の満面笑みの、誇らしげな労いの言葉が贈られる。
「彼らのために失ったマントに代わる、新たな緋色のマントを下賜しよう」
「ありがたき幸せでございます」
オブシディアンも膝をつき、臣下の威儀をただそうとする。
王は階段を早足に駆け降りて、シディを引き上げ、確かな抱擁を交わした。
そして、皆に聞こえるように言う。
「祝いの宴は今夜行う!何かと処理が残って忙しいかと思うが参加してくれ!
居残り組に話を聞かせてほしい」
「承知いたしました」
そう言葉を交わす合間に、シディの射るような探るような視線が、階段半ばにそこだけ別空間に取り残されたかのようなラズに送られる。
なぜに、そこにオーガイト王のそばにいたのだ、とその視線はじりじりとラズを責めていた。
「ラズさま、早くオブシディアンさまにご挨拶なさい。王子も待っておられます」
階段の半で固まって動けないラズの背中をクリスは促した。
クリスはラズが王子が不在の間、気をもみイライラと連絡を待っていたことを知っている。
「いや、みんなが落ちついてからで僕はいいから、、、」
ラズは尻込みした。むしろ、再び階段を上がって隠れようかとも思ってしまう。
「何を恥ずかしがっているのですか!あなたはシディさまの印をもっていますから、自信を持ってください!ではいいですか!」
最後の一押しと、クリスはラズの背中を強く押した。
「あわっ!」
ラズはその一押しをまともに受けて、階段からバランスを崩して前につんのめり、踏み外す。
異常な気配にはっとその場にいたものは息を飲んだ。
ラズは転げる!とぎゅっと目を閉じて衝撃に備えた。
だが、ラズは床に叩きつれられることはない。
強い体が床とラズの間に駆け込み、その強い胸で受け止め、息が全て吐き出されるぐらいに硬い腕が背中に回わり、抱き締められていた。少し汗ばんだ懐かしい匂い。
ラズを受け止めた胸がドキドキと弾む。
その鼓動が音となって聞こえるようだった。
ゆっくりとラズの後頭部にも大きな手が添えられると、さらに強く押し付けた。その手はかすかに震えている。
「お前は、安全なはずの城内でわたしの目の前で怪我などするな」
昂る感情を押さえた低い声。
声を聞けるのが心底嬉しくて、ラズの閉じ込めようとした感情も揺さぶった。
たった10日ぶりの再開なのに、もうずいぶんとこうして抱き締められていないような気がした。
「ごめん、、、」
胸に呟く。
顔が引き上げられた。
シディの目から先程の痛いほど帯びていた猜疑の色は消え去っていた。
愛するものを慈しむラズだけの優しい闇色の眼が、ラズをその腕に抱き歓喜に輝いていた。
「5日で帰れなくてすまない。説得するのに時間がかかった」
「わたしはずっと、あなたのそばにどうやったら行けるのかと考えていた」
シディは当然のようにラズに唇を寄せた。
ラズはあわてた。
オーガイト王もまだ退席せず、王子とラズ以外は片膝をついたまま、立ち上がるタイミングを失っていた時だった。
階段から転がり落ちかけた騒動に、全員の視線が漏れなく王子とその美しい若者に集まっていた。
シディの左にはテーゼが。
右には出迎えたキム騎士団長が。
他にも多くの顔を知る者たちが仰天して目を丸くしていた。
このままキスは駄目だ。
ラズの目によぎった躊躇をシディは笑顔で受け流す。
「わたしが皆に知らしめたいのだ。お前がわたしのものであることを」
シディの唇は容赦なくラズを奪う。
強引なキス。
舌も口内も甘露を欲する餓えた者のように味わい食われ、同時にシディの欲望を注ぎ込まれた。
ラズの愛を奪うと同時に、シディの滾る想いを伝えるキスだった。
「あ、ああ、、」
ラズの目から涙がこぼれ落ちる。
己を抱く男はラズの愛するシディだった。
「全員起立!」
そのとき、怒気を幾ばくか孕んだ号令がかかる。
キム騎士団長であった。
惚けたようにみとれていた者たちは慌てて立ち上がった。
「回れ右!良しと言うまで待機せよ!」
テーゼも後ろを向く。
シディはラズの手を取り、階段を上がる。
「体を清めたい。手伝ってくれ」
「はい、、、」
ラズの素直な返事にシディはこれ以上ないという幸せな顔をした。
「オブシディアンさま、休憩は一時間だけですよ。祝賀会の前にやるべきことが山積みですから!」
後ろ向きのままテーゼが言った。
「わかっている!一時間、帰国組は休憩をしてくれ!」
わあっと再び後ろ向きのまま歓声があがったのだった。
ラズはシディがいるだけで、王城の人々の顔が雰囲気がこれほどまでに変わるのかと驚嘆し、そのうねり上がる熱気に圧倒されていた。
ボリビアのオブシディアン人気を目の当たりにするのは二回目ではあるが、今回は先の凱旋を上回る、狂乱の気配があった。
この勢いなら、ボリビアは中原の天下をとるのもそう先ではないと、一人一人はこのうねりの小さな風でありながら、一体となり自ら命を得て巨大に変貌した嵐に巻き込まれた者たちは確信した。
戦をせず戦に勝利する道をこの若きオブシディアン王子は進む。
力ではなくて、この中原に平和をもたらす手段もあるのではないか、と。
城内でも居残り組の騎士が、娘が、祐筆たちが凱旋帰国した朋友たちを祝福する。
シディは人の波にもみくちゃになりながらもその厚い壁を押し桟敷への階段をひたすら目指していた。
そこには王とラズがいた。
階段を降りる王の後ろから付き従うようにして、ラズは階段の半ばで止まる。
「シディ、、、」
ラズもその輪に飛び込んでいきたかった。
シディの腕の中へ、その無事の帰還を心より祝福し、心配していたこと、シディのいない間のことを話したかったし、シディがどうやって盗賊たちを手なずけたのかを聞きたかった。
ほんの10日前に別れたときと同じシディなのか、体に怪我はしていないのか確かめて、安心させてほしかった。
「いったいどのようにしたのか教えてください!」
「ご連絡が途絶えたとき心配いたしました」
だがラズがそばにより口を開く前に、目を輝かせて必死の顔ですり寄る多くの者たちが、ラズの伝えたいこと、聞きたいことを代弁し、シディの注意を引いて、ほんの少しの目差しでも言葉でも欲していた。
そのとき、ざわめきが波が引くように静まる。
オーガイト王が手を挙げていた。
気がついた者たちが階段の半ばを下る王に向かい、片膝を折り始めた。
王と王子が対峙する。
しばしの静寂を王は欲していた。
王は満足げに頭をさげ低くなる者たちの海原を見渡した。
十分の間を取る。
「オブシディアン、よくやった!」
王の満面笑みの、誇らしげな労いの言葉が贈られる。
「彼らのために失ったマントに代わる、新たな緋色のマントを下賜しよう」
「ありがたき幸せでございます」
オブシディアンも膝をつき、臣下の威儀をただそうとする。
王は階段を早足に駆け降りて、シディを引き上げ、確かな抱擁を交わした。
そして、皆に聞こえるように言う。
「祝いの宴は今夜行う!何かと処理が残って忙しいかと思うが参加してくれ!
居残り組に話を聞かせてほしい」
「承知いたしました」
そう言葉を交わす合間に、シディの射るような探るような視線が、階段半ばにそこだけ別空間に取り残されたかのようなラズに送られる。
なぜに、そこにオーガイト王のそばにいたのだ、とその視線はじりじりとラズを責めていた。
「ラズさま、早くオブシディアンさまにご挨拶なさい。王子も待っておられます」
階段の半で固まって動けないラズの背中をクリスは促した。
クリスはラズが王子が不在の間、気をもみイライラと連絡を待っていたことを知っている。
「いや、みんなが落ちついてからで僕はいいから、、、」
ラズは尻込みした。むしろ、再び階段を上がって隠れようかとも思ってしまう。
「何を恥ずかしがっているのですか!あなたはシディさまの印をもっていますから、自信を持ってください!ではいいですか!」
最後の一押しと、クリスはラズの背中を強く押した。
「あわっ!」
ラズはその一押しをまともに受けて、階段からバランスを崩して前につんのめり、踏み外す。
異常な気配にはっとその場にいたものは息を飲んだ。
ラズは転げる!とぎゅっと目を閉じて衝撃に備えた。
だが、ラズは床に叩きつれられることはない。
強い体が床とラズの間に駆け込み、その強い胸で受け止め、息が全て吐き出されるぐらいに硬い腕が背中に回わり、抱き締められていた。少し汗ばんだ懐かしい匂い。
ラズを受け止めた胸がドキドキと弾む。
その鼓動が音となって聞こえるようだった。
ゆっくりとラズの後頭部にも大きな手が添えられると、さらに強く押し付けた。その手はかすかに震えている。
「お前は、安全なはずの城内でわたしの目の前で怪我などするな」
昂る感情を押さえた低い声。
声を聞けるのが心底嬉しくて、ラズの閉じ込めようとした感情も揺さぶった。
たった10日ぶりの再開なのに、もうずいぶんとこうして抱き締められていないような気がした。
「ごめん、、、」
胸に呟く。
顔が引き上げられた。
シディの目から先程の痛いほど帯びていた猜疑の色は消え去っていた。
愛するものを慈しむラズだけの優しい闇色の眼が、ラズをその腕に抱き歓喜に輝いていた。
「5日で帰れなくてすまない。説得するのに時間がかかった」
「わたしはずっと、あなたのそばにどうやったら行けるのかと考えていた」
シディは当然のようにラズに唇を寄せた。
ラズはあわてた。
オーガイト王もまだ退席せず、王子とラズ以外は片膝をついたまま、立ち上がるタイミングを失っていた時だった。
階段から転がり落ちかけた騒動に、全員の視線が漏れなく王子とその美しい若者に集まっていた。
シディの左にはテーゼが。
右には出迎えたキム騎士団長が。
他にも多くの顔を知る者たちが仰天して目を丸くしていた。
このままキスは駄目だ。
ラズの目によぎった躊躇をシディは笑顔で受け流す。
「わたしが皆に知らしめたいのだ。お前がわたしのものであることを」
シディの唇は容赦なくラズを奪う。
強引なキス。
舌も口内も甘露を欲する餓えた者のように味わい食われ、同時にシディの欲望を注ぎ込まれた。
ラズの愛を奪うと同時に、シディの滾る想いを伝えるキスだった。
「あ、ああ、、」
ラズの目から涙がこぼれ落ちる。
己を抱く男はラズの愛するシディだった。
「全員起立!」
そのとき、怒気を幾ばくか孕んだ号令がかかる。
キム騎士団長であった。
惚けたようにみとれていた者たちは慌てて立ち上がった。
「回れ右!良しと言うまで待機せよ!」
テーゼも後ろを向く。
シディはラズの手を取り、階段を上がる。
「体を清めたい。手伝ってくれ」
「はい、、、」
ラズの素直な返事にシディはこれ以上ないという幸せな顔をした。
「オブシディアンさま、休憩は一時間だけですよ。祝賀会の前にやるべきことが山積みですから!」
後ろ向きのままテーゼが言った。
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