滅国の麗人に愛の花を~二人の王子の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第4話 王の器

59、赤い腕章 (第4話 完)

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オブシディアン王子の一向は早朝に王都に入る。
王子は黒に金の礼装。愛馬にまたがる。
まずはきらきらしい黒に銀の刺繍の騎士25名が、その次に具足姿の兵士の25名が続き、そして最後尾には行くときは引き連れていなかった新顔の30名の山だしの寄せ集めの男たちが続く。
てんでばらばらな服装だが、唯一腕に巻く赤い腕章だけが、辛うじて統一感を醸し出していた。
早朝の王都入りには、目立ちたくないという意図があったが、曲がりくねる黒岩城の堀につく頃には、今か今かと吉報を待ち構えていた情報通から瞬く間に伝わり、このちぐはぐな一行を大勢の国民が待ち構えることになった。
王子を迎えようと、着のみ着のまま大通りに集まる王都民は王子やきらきらしい騎士たちの姿に歓声をあげるも、最後に続く赤い腕章の無愛想な男たちを前にすると、歓声が猜疑を含むどよめきに変わる。

王子は盗賊掃討にいかれたのではなかったか?
なぜに50名の騎士も兵士もくたびれていないのだ?
そして、なぜに30名のボロ衣の山だしがいるのだ?

黒岩城を目前にして王子の歩みは止まっていた。
運河の水を引く堀の架橋は上げられたまま。王子の入城をかたくなに拒絶する。

昨晩より知らせを受けて、黒岩城ではオーガイト王が高い位置で見下ろしている。その横には体を乗り出してシディに目を凝らすラズがいた。
ここは王城三階、彼らを見下ろす桟敷のようなところである。

ザラ王弟が架橋の横に設置されたやぐらで胸を張り尊大に腕を組む。
既に王子一行は固く閉ざした城門前に来ていた。
「開門を願う!」
騎士のひとりが見上げ、腹の底から声を張り上げた。
ザラ王弟の胴間声が応える。
「オブシディアン殿下ご一行とお見受けする!
だが、そうでないものも混ざっていると見える。彼らは国境を荒らすくだんの盗賊たちではないか!
なぜに縄にもかけず咎人とがびとを王城にいれようとする!」

内も外も、成り行きを固唾を呑んで見守る。
すいっとシディが前にでた。

「ザラ王弟よ!わたしは彼の地で技能集団を得た!有るものは狩のくくり罠の達人、有るものは豪腕の木こり、あるものは計算に長けた商人!かれらは戦禍に巻かれて住む土地を追われた哀れで捨て置くには惜しい者たちである!
わたしは彼らを雇いいれることにしたのだ!住む土地と彼らの技能を活かせる仕事を与える!ここにはもう盗賊などいない!」
シディは顎をしゃくる。
最後尾の30名たちは王子のすぐ後ろに駆け寄り拝跪した。
一番前にはうねる黒髪を束ねた男。
彼は王弟だけでなく離れた上階の王も威嚇するように睨む。
「わたしはジダン!かつてはC村に住んでいた。去年のボリビアとパウエラの戦場で村は壊滅し、ちりぢりになり住む場所を失い森に逃れた!
在りし村では一番のくくり縄の猟師として知られたものである!
森を知り、獣の跡をたどり、その思考をよみ、罠に掛ける。お前たちが獲物を山で狩るときにわたしを使え!どこまでも追いかけ生捕りにでもしてやる!お前たちの獲物がたとえ二本足の獣であろうともな!」
かつては盗賊の頭だったジダンはいう。
「C村だけでなく、我らは戦禍により行き場を失った者である。そんな我らを存分に活かせる仕事と寝所と市民権を与えると言ったオブシディアンに忠誠を誓い、命を預ける!」
王城のものだけでなく沿道の衆人にもその声は届いた。
シディが後を継ぐ。
「彼らはわたしがひとまず預かる。赤い腕章はわたしに属するものの印とした。
彼らが落ち着くまでの間に問題を起こすようなら、わたしが責任をもって処分する。ザラ王弟よ、それで良いか?」
しんと静寂。
「立ち上がれ。腕章を示せ!」
シディのすぐ後ろに控えるテーゼがいう。
30名の粋の欠片もないボロ布、破れ靴、持てるものは己の命ひとつだけの、目だけは爛々と光らせた獣のような男たちが一斉に立ちあがり、めいめい握り拳を突き上げた。
その天を殴ろうとするかのような太い腕には赤い布。
王族にしか被ることが許されない、王子の緋色のマントを割いて作った腕章だった。
それらが何なのかを理解する端から祈りににたどよめきと呻きがさざ波のように伝わり、その波は歓声の大渦に変わる。

「王子に認められた直属の技能集団だ!」
「王子は虐殺の代わりに優れたものたちを得た!」
「ボリビアは行き場の無くしたものを受け入れる度量がある!」

毅然と顔をあげるオブシディアンを中心に王都中を大歓声が満たしていく。
それはやがてぐわんぐわんとひとつの音に集束し始める、、、。

地なりに似た大音声は、王子の凱旋帰国を知らずに眠っていた市民を叩き起こした。窓から身を乗り出させ、あるものは寝巻きのまま何事かと飛び出した。
彼らは興奮する観衆に、やっとのことで聞き出した。そして、その熱狂の輪に加わったのだった。

城門の口は大きく開く。
きりきりと架け橋が降りて王子一行を受け入れる。
迎えるザラ王弟はシディと抱擁する。
「よくやった!」
というザラの顔は強張り、ひと欠片も笑顔はない。
シディは義務的に抱き返す。

シディのその目はひたすら階上のオーガイトを睨み付けていた。
その横に身を乗り出して感涙に蒸せているのはシディの愛しい人。
なぜに王の横にいるのか理解できなかったのだ。
その階上では民の熱狂を見下ろして王は実に満足げであった。
「わかるか?やはりオブシディアンは王の器。あれの進む道は王の道。たとえあれが望んだとしても一介の男にはなれない。ボリビアが彼を王に押し上げるのだ!ラズワード王子わかったか?」

オーガイトはラズの耳に触れんばかりに口を寄せて言うが、形をはっきり取り出したうねりが圧倒し、王の声はラズに届かない。

オブシディアン!
オブシディアン!
オブシディアン!


ラズは大波に飲み込まれ、足が地を踏む感覚を失い、からだが浮き上がるような危うい錯覚にとらわれた。
たったの10日間しか離れていなかったのに、シディはオブシディアンとなった。
ラズの目は、オブシディアンから離せない。
ラズの恋人はボリビアの次期王以外の何者でもなかった。
どんなにシディが拒んでも、圧倒的な熱狂で頂まで押し上げられ、近い将来ボリビアだけでなくこの中原一体にまで、その名が轟くだろうことを、予感せずにはいられなかった。


王城の中に80名の一行が完全にのまれても、後から後から増えていく王都人に語り伝えられ、オブシディアンコールの収まる気配は一向になかったのだった。



第4話 完
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