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第4話 王の器
56、シディの不在
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ラズの風邪は翌日には熱は引き、咳も三日目にはでなくなっていた。
しきりにクリスに外に出て新鮮な空気を吸って体を動かしましょう、と誘われ強引に連れ出されてはいたが、シディが今どうなっているのかわからない状況で何をするにも腰が座らなかった。
前回よりも半分以上の人数の減った演武場の後ろの隅で16の型を取るにしても、ラズの型は気迫の籠らない型である。
「もう、ラズさま、今日のは踊りでもありませんよ、へろへろ過ぎて笑えます」
向かい合え!の号令がかかる。
ラズとクリスは向かい合った。
「一二、二六、三五、四四、、」
今日の型はランダムであった。
集中しないと難しい。
号令をかけるキム騎士団長は居残り組である。
「力がはいらないんだ。シディの情報が欲しい。盗賊掃討の進捗はどうなっているのだろうか」
「情報通はテーゼさまですが、テーゼさまも王子に同道されておりますので、テーゼさまから王さまに逐一報告がなされているでしょうから、王やザラさまならご存じでしょう。さすがにちょっと聞く、とはできませんが」
「二二十六!」
いきなり、三段に変わる。
あ、と思ったときラズはクリスの強く握った拳の硬いパンチを頬に受けていた。
ラズの頬にはベッタリと湿布を貼られ、グルグルと頭と顎に包帯を巻かれた。
「申し訳ありません、ラズさまの玉のような紅顔にけがをさせしまい、どうお詫び申し上げたらよいかわかりません!!護衛を申しつかっているわたしが傷をつけてしまうなんて、、、」
クリスは半泣きである。
腫れと熱を引かせる生薬がべっとりとつけられた湿布である。
「いいよ、真剣な鍛練に気が抜けていた僕の自業自得なんだから」
といってもクリスの自責の念は収まりそうになかった。
頬の痛みが己の馬鹿さ加減を教えてくれる。
そうしている間に、王から風邪の調子がよくなったのであれば参内するように、と使いがくる。
クリスは王の使いの小姓のつるっとした幼い顔を驚きを持って見る。
一介の客人に参内が命じられることはほとんどないからだ。しかも、ラズは王子の愛人である。愛人に、政治の場にでてこいとの命令はあり得なかった。
ラズは丁重に伝言を聞くと、小姓に自分の頭を指して言った。
「オーガイト陛下に伝えて。午前の体術の稽古で頭部を負傷をしたのでいけないって」
小姓はラズのグルグル巻きの顔にぎょっとするも、王の命令が実行されないことに戸惑う。ラズががんとして動こうとしないのを見ると飽きらめて部屋を離れた。
「いいのですか?ラズさま。王の命令は絶対です」
「こんな顔では歩けない。黒曜石の宝石を身に付けた僕が、顔に包帯グルグル巻きだとシディの株を下げてしまう」
適当な理由をつける。
ラズはそれもあったが、数日前に温室での出来事からまだ会いたくなかった。それが本音である。
閨の秘密を知りたいといっていたが、あのとき寸でのところ王が身を引いたので大事には至らなかったが、もし押し止められなかったらと思うと怖気がはしる。
そうして、外出も控えて本を膝の上にうつらうつら過ごす昼下がり、ラズを飛び上がらせるような出来事が起こる。
扉が慌てたように叩かれた。
窓辺に座して半分眠りかけながら、物憂げに本の頁を繰っていたラズの、その返事を待たずに扉は勢いよく開かれた。
「へ、陛下がお越しになられました!」
動揺を押さえようとしているクリスの大きな声。
同時にドカドカと足音高く乱暴に踏みいられる。ラズが顔を向け立ち上がる前に、ラズの前に怒れる獅子のような男が仁王立ちになり威圧する。
数日前に見た蓬髪は、鬢油でオールバックに撫で付けられている。見るものをすくませる炯々と光る目でラズを見た。
頬は笑顔を忘れたように引き締しまり、薄い唇は引き結ばれている。
ラズの知る庭師だと思った男の穏やかさは欠片もなかった。
オーガイト王は息を切らせている。
乱入した目をつり上げた王にラズはがっしと肩を捕まれた。
「その怪我はどうしたのだ!」
大きな声に耳がごわんとなる。
状況に頭がついていかない。
「あ、朝の体術で拳骨を受けて、、、」
「見せてみろ!大抵の怪我では驚かん」
「ええ?いえ、大丈夫ですから、、」
オーガイト王は、クリスが丁寧に巻いた包帯を一気にほどいた。向かれた包帯が床に落ちる。
頬に布が当てられ、よく知る打ち身に効くヨモギの臭い。
頬の湿布も剥がし取られた。
べっとりと練られたみどりのトロミが頬に付いている。
それも、オーガイト王は手のひらで慎重にぬぐい去る。
眉間にシワを寄せ、真剣にまじまじとラズの顔を検分する。その顔がみるみる緩んでいく。
「、、、なるほど。少し腫れて唇を切っているな。お前が大袈裟なヤツだということがわかったよ」
オーガイト王はラズを解放すると、どっかとベッドに腰を下ろした。
ラズはまだ状況がわからないでいる。
「もろに直撃しましたから。衝撃で目がチカチカして、脳が揺さぶられてぼうっとしましたし、、、」
ふうっとオーガイト王はため息をついた。
「ラブラドの。あなたは一度も殴られたことがないのだな。あなたは快楽にも痛みにも弱い。まるで深窓のお姫さま並だ。
顔に拳を受けて腫れたぐらいでわたしの呼び出しを無視するか?」
「も、申し訳ございません。見苦しいものをお見せするのも申し訳なくて。
わたしに何か緊急の用でもありましたか?オブシディアンさまの状況であるとか」
「そんなものない。一度あれたちの謀略が始まれば、マメに報告など送ってこない。あの後、あなたが風邪をひいたと聞きその様子も知りたかったし、あなたはずっと宿泊棟にしかいないだろうから退屈しているのではないかと思ってな」
「あ、はい。気にかけてくださいましてありがとうございます」
われながら間の抜けた返事だと思う。
王の謀略という表現が気になった。
討伐ではなく謀略。
その違いはあるのだろうか。
「オブシディアンさまは順調でしょうか」
「これからわたしの側にいるか?何か報告があればいの一番に知れるぞ?テーゼも一緒だからな」
「テーゼが?」
王の含みのある言い方に、ラズの心がゆれ動く。
シディに心底、心酔しているかのようなテーゼが、オーガイトと繋がっている。
王とテーゼはシディを王にしたがっていると思うとぎゅっと胸が締め付けられるような苦しさがある。
「どうする?くるか。そんな顔の怪我はボリビアでは怪我のうちにも入らん」
ラズは丁重にお断りをする。
「そうか、、、なら大事にな!」
意外なほどあっさりと王は引く。
来たときと同様に足音高く部屋を出る。
クリスが真っ赤な顔をして王の代わりに入ってくる。
「大丈夫ですか!王自らお越しになられるのは前代未聞です。包帯を巻き直しましょうか」
クリスは興奮ぎみである。
ラズは頬に手をやった。ほわんとまだ痛みがある。もう巻こうとは思わなかった。
翌日も、その翌日も、王の降りてこいとのお誘いがくる。ラズはその都度丁重に断り続けた。
シディが戻ってくると約束した五日目を過ぎても、状況は何もわからずシディは帰ってこない。
ラズはいてもたってもいられなくなった。
六日目。
ラズはきっちりと服を整える。片側に流していた髪を、王のように遅れ毛ひとつなく髪油で撫で付け真後ろにひとつにまとめる。
頬のキズはきれいになっていた。
今日も小姓が王の呼び出しを告げる。
「ラズさま、、、」
クリスが部屋を出てきた別人のようにきりっとしたラズを見て、目を丸くする。
「オーガイト王の元で連絡を待つ。お前も来てほしい」
ラズはもうじっとしてただ待つことができなかった。
しきりにクリスに外に出て新鮮な空気を吸って体を動かしましょう、と誘われ強引に連れ出されてはいたが、シディが今どうなっているのかわからない状況で何をするにも腰が座らなかった。
前回よりも半分以上の人数の減った演武場の後ろの隅で16の型を取るにしても、ラズの型は気迫の籠らない型である。
「もう、ラズさま、今日のは踊りでもありませんよ、へろへろ過ぎて笑えます」
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ラズとクリスは向かい合った。
「一二、二六、三五、四四、、」
今日の型はランダムであった。
集中しないと難しい。
号令をかけるキム騎士団長は居残り組である。
「力がはいらないんだ。シディの情報が欲しい。盗賊掃討の進捗はどうなっているのだろうか」
「情報通はテーゼさまですが、テーゼさまも王子に同道されておりますので、テーゼさまから王さまに逐一報告がなされているでしょうから、王やザラさまならご存じでしょう。さすがにちょっと聞く、とはできませんが」
「二二十六!」
いきなり、三段に変わる。
あ、と思ったときラズはクリスの強く握った拳の硬いパンチを頬に受けていた。
ラズの頬にはベッタリと湿布を貼られ、グルグルと頭と顎に包帯を巻かれた。
「申し訳ありません、ラズさまの玉のような紅顔にけがをさせしまい、どうお詫び申し上げたらよいかわかりません!!護衛を申しつかっているわたしが傷をつけてしまうなんて、、、」
クリスは半泣きである。
腫れと熱を引かせる生薬がべっとりとつけられた湿布である。
「いいよ、真剣な鍛練に気が抜けていた僕の自業自得なんだから」
といってもクリスの自責の念は収まりそうになかった。
頬の痛みが己の馬鹿さ加減を教えてくれる。
そうしている間に、王から風邪の調子がよくなったのであれば参内するように、と使いがくる。
クリスは王の使いの小姓のつるっとした幼い顔を驚きを持って見る。
一介の客人に参内が命じられることはほとんどないからだ。しかも、ラズは王子の愛人である。愛人に、政治の場にでてこいとの命令はあり得なかった。
ラズは丁重に伝言を聞くと、小姓に自分の頭を指して言った。
「オーガイト陛下に伝えて。午前の体術の稽古で頭部を負傷をしたのでいけないって」
小姓はラズのグルグル巻きの顔にぎょっとするも、王の命令が実行されないことに戸惑う。ラズががんとして動こうとしないのを見ると飽きらめて部屋を離れた。
「いいのですか?ラズさま。王の命令は絶対です」
「こんな顔では歩けない。黒曜石の宝石を身に付けた僕が、顔に包帯グルグル巻きだとシディの株を下げてしまう」
適当な理由をつける。
ラズはそれもあったが、数日前に温室での出来事からまだ会いたくなかった。それが本音である。
閨の秘密を知りたいといっていたが、あのとき寸でのところ王が身を引いたので大事には至らなかったが、もし押し止められなかったらと思うと怖気がはしる。
そうして、外出も控えて本を膝の上にうつらうつら過ごす昼下がり、ラズを飛び上がらせるような出来事が起こる。
扉が慌てたように叩かれた。
窓辺に座して半分眠りかけながら、物憂げに本の頁を繰っていたラズの、その返事を待たずに扉は勢いよく開かれた。
「へ、陛下がお越しになられました!」
動揺を押さえようとしているクリスの大きな声。
同時にドカドカと足音高く乱暴に踏みいられる。ラズが顔を向け立ち上がる前に、ラズの前に怒れる獅子のような男が仁王立ちになり威圧する。
数日前に見た蓬髪は、鬢油でオールバックに撫で付けられている。見るものをすくませる炯々と光る目でラズを見た。
頬は笑顔を忘れたように引き締しまり、薄い唇は引き結ばれている。
ラズの知る庭師だと思った男の穏やかさは欠片もなかった。
オーガイト王は息を切らせている。
乱入した目をつり上げた王にラズはがっしと肩を捕まれた。
「その怪我はどうしたのだ!」
大きな声に耳がごわんとなる。
状況に頭がついていかない。
「あ、朝の体術で拳骨を受けて、、、」
「見せてみろ!大抵の怪我では驚かん」
「ええ?いえ、大丈夫ですから、、」
オーガイト王は、クリスが丁寧に巻いた包帯を一気にほどいた。向かれた包帯が床に落ちる。
頬に布が当てられ、よく知る打ち身に効くヨモギの臭い。
頬の湿布も剥がし取られた。
べっとりと練られたみどりのトロミが頬に付いている。
それも、オーガイト王は手のひらで慎重にぬぐい去る。
眉間にシワを寄せ、真剣にまじまじとラズの顔を検分する。その顔がみるみる緩んでいく。
「、、、なるほど。少し腫れて唇を切っているな。お前が大袈裟なヤツだということがわかったよ」
オーガイト王はラズを解放すると、どっかとベッドに腰を下ろした。
ラズはまだ状況がわからないでいる。
「もろに直撃しましたから。衝撃で目がチカチカして、脳が揺さぶられてぼうっとしましたし、、、」
ふうっとオーガイト王はため息をついた。
「ラブラドの。あなたは一度も殴られたことがないのだな。あなたは快楽にも痛みにも弱い。まるで深窓のお姫さま並だ。
顔に拳を受けて腫れたぐらいでわたしの呼び出しを無視するか?」
「も、申し訳ございません。見苦しいものをお見せするのも申し訳なくて。
わたしに何か緊急の用でもありましたか?オブシディアンさまの状況であるとか」
「そんなものない。一度あれたちの謀略が始まれば、マメに報告など送ってこない。あの後、あなたが風邪をひいたと聞きその様子も知りたかったし、あなたはずっと宿泊棟にしかいないだろうから退屈しているのではないかと思ってな」
「あ、はい。気にかけてくださいましてありがとうございます」
われながら間の抜けた返事だと思う。
王の謀略という表現が気になった。
討伐ではなく謀略。
その違いはあるのだろうか。
「オブシディアンさまは順調でしょうか」
「これからわたしの側にいるか?何か報告があればいの一番に知れるぞ?テーゼも一緒だからな」
「テーゼが?」
王の含みのある言い方に、ラズの心がゆれ動く。
シディに心底、心酔しているかのようなテーゼが、オーガイトと繋がっている。
王とテーゼはシディを王にしたがっていると思うとぎゅっと胸が締め付けられるような苦しさがある。
「どうする?くるか。そんな顔の怪我はボリビアでは怪我のうちにも入らん」
ラズは丁重にお断りをする。
「そうか、、、なら大事にな!」
意外なほどあっさりと王は引く。
来たときと同様に足音高く部屋を出る。
クリスが真っ赤な顔をして王の代わりに入ってくる。
「大丈夫ですか!王自らお越しになられるのは前代未聞です。包帯を巻き直しましょうか」
クリスは興奮ぎみである。
ラズは頬に手をやった。ほわんとまだ痛みがある。もう巻こうとは思わなかった。
翌日も、その翌日も、王の降りてこいとのお誘いがくる。ラズはその都度丁重に断り続けた。
シディが戻ってくると約束した五日目を過ぎても、状況は何もわからずシディは帰ってこない。
ラズはいてもたってもいられなくなった。
六日目。
ラズはきっちりと服を整える。片側に流していた髪を、王のように遅れ毛ひとつなく髪油で撫で付け真後ろにひとつにまとめる。
頬のキズはきれいになっていた。
今日も小姓が王の呼び出しを告げる。
「ラズさま、、、」
クリスが部屋を出てきた別人のようにきりっとしたラズを見て、目を丸くする。
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