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第4話 王の器
55、盗賊討伐
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ラズは雨にあたったせいか、その日の昼から体調を崩す。
コホコホと乾いた咳に熱がでる。
あの朝は、宿泊棟を含む一帯が大騒ぎとなっていた。
クリスとテーゼだけではなく、たまたま食堂にいた騎士仲間数人も一緒になって、ラズの名前を連呼しながら探していたからだ。
ラズの姿を木立で見失った王子は、普段の冷静沈着な彼からは想像できないほど、端からみてもわかるぐらいに取り乱していた。
それは一度忽然とラズが拐われた経緯があったためであったのだが、その血眼になって探す様子は、一緒に探す騎士たちに尋常ならざるものを感じさせた。
計らずも、オブシディアンの金髪の若者への執着を知らしめてしまったのである。
ラズはどこにも見つからなかった。
残すところは、王の温室と男性不可侵の後宮のみとなったときに、温室から威厳の欠片もないラフな恰好のオーガイト王と、王と同じ服をだぼつかせて着ているラズを見つける。
温室はテーゼに任せシディは後宮に向かうつもりであった。
境界線の垣根の隙間に意図せず紛れ込んでしまったとも思えたからだ。
後宮の庭にいるところでも見つかれば、言い訳もむなしくその場で斬り捨てられても文句は言えない蛮行である。
王の前に、王子を除いた全員が水を滴らせるバラの庭に、泥もものともせず片膝を地面に拝跪する。
その中で、シディだけは親子といえども欠かしたことのないオーガイト王への礼節をそっくり失念し、血相を変えてラズに駆け寄った。
その顔、その体を自ら確かめ、どこも何ともないことを確認し、ラズが落ち着いているのを見ると、ようやく安堵のため息と共に、力の限り抱き締めたのであった。
「服はどうした」
「転んで泥だらけになったので閣下がお貸しくださいました」
それを聞き、王とラズの間に体を滑り込ませ、体を盾にさりげなくラズを庇う。
「わたしの者の無調法をお詫びすると共に、王の温かきご厚情に心より感謝いたします」
慇懃に謝意を示したのである。
オーガイト王は眉を寄せた。
これまでさらりと人の好意を受け流し続けていたオブシディアンが見せた、ラブラドの若者に対するひとかたならぬ執着を目の当たりに見たのだ。
「朝から大騒ぎだな。元気がありあまっているようだな!
あの国境の懸案案件、ザラに行かせようかと思ったがザラはやり過ぎる嫌いがある。オブシディアン、お前がいくか?」
冷ややかにいう。
ちょうど、国境の街道沿いの森で盗賊が発生しているという。
シディの国境の盗賊掃討は、その日の内に正式にオーガイト王から下知されたのだった。
その夜、シディはラズの部屋に訪れる。
寝るにはまだ早い時間ではあったが、ラズはもうベッドに横になっていた。
そっとシディはラズの熱で上気する頬に触れる。
ひやっとした感覚にラズは熱っぽい目を開いた。
「シディごめん、勝手に飛び出して、、、」
シディは朝の会話の流れから、何にラズが取り乱したのかわかっているのだろう。
「シディがいずれ結婚することを僕はここに来るまで全く失念していたんだ。あんまりあなたがわたしを好いていてくれるので」
シディは力なく笑った。
「好いているなんて可愛いものではない。お前のことを愛している。王にも、王弟にも言っているのだが、わたしは王にならなくてもいいと思っている。だから子を成すつもりも、女と結婚するつもりもないから、お前が心配することはない」
「なら、誰がボリビアの王位を継承するの?」
「さあ?なりたいザラ王弟がいいのではないかと思っている。叔父は40半で若いからな。この中原がもう少し落ち着けば、わたしもただのシディになるつもりだ」
「ただのシディって、、、」
「あなたがラズワード王子からただのラズになったように、わたしもすべてのしがらみから解放されて、ただのシディになりたい」
「そんなことが可能なのだろうか、、、」
ラズは王城に来たときのボリビアの民の熱狂を思う。そして、シディに陰日向に支えるテーゼはシディを新王にしたがっている。
でも、シディの言うように、すべてのしがらみから解き放たれてただのラズとシディならばどんなにいいだろうと思う。
夢のような話だった。
「それを可能にするように、手を打つつもりだ」
シディはラズの手にキスをする。
「だからあなたは大人しく待っていてほしい」
「僕も行く」
「駄目だ。白兵戦になるかもしれないそんな場にあなたを連れていけない。五日で戻るから。クリスを置いていくから。そもそも病人は休むのが仕事だ。無茶させられない」
「僕が、元気だったら連れていってくれる?守られるばかりではなく、あなたと並び立って生きたいんだ」
ラズは必死でいう。
「それはできない」
取りつく島のないシディの言葉である。
ラズは傷ついた顔をする。
「悲しい顔をしないで。この盗賊討伐から帰ってきたら、わたしは王位継承権を放棄することを王と王弟に宣言するつもりだ」
そんなことできるのだろうか?
シディの夢の、奴隷のいない争いのない平和な中原の実現はどうなるのだろうとラズは思う。
なおも言いたそうなラズに顔を寄せる。
「風邪が移るから駄目だ」
「これから五日間もお預けなんだ。キスぐらい味わいたい」
シディはラズにキスをする。
オーガイト王の煽り立てるようなキスではなくて、お互いの気持ちを穏やかに満たすキス。
「あなたを戦場に連れていけない、本当は王のいるここにも残しておきたくない。王はあなたを気に入った、、、」
父王は欲しいものは手に入れてきた。
本気でラズを欲しがれば、シディには成すすべがない。
だが、連れていくには危険すぎた。
「僕を信じて。シディは盗賊討伐のことだけ考えて、無事に帰ってきて」
シディはラズのブレスレットにも唇を押し付ける。
「外さないで。大抵のことはこれが防いでくれる」
奴隷の印にも似たオブシディアンの所有印。ラズを傷つけることをシディは絶対に許さない。
「うん、、、」
シディは翌朝テーゼも加わった50名の少数の精鋭で討伐に向ったのだった。
シディの出立した二日目、盗賊出没地域内での小さな小競り合いの後、王子一行の消息が途切れたという報告を受ける。
そして、約束の五日がたってもシディは戻ってこなかった。
コホコホと乾いた咳に熱がでる。
あの朝は、宿泊棟を含む一帯が大騒ぎとなっていた。
クリスとテーゼだけではなく、たまたま食堂にいた騎士仲間数人も一緒になって、ラズの名前を連呼しながら探していたからだ。
ラズの姿を木立で見失った王子は、普段の冷静沈着な彼からは想像できないほど、端からみてもわかるぐらいに取り乱していた。
それは一度忽然とラズが拐われた経緯があったためであったのだが、その血眼になって探す様子は、一緒に探す騎士たちに尋常ならざるものを感じさせた。
計らずも、オブシディアンの金髪の若者への執着を知らしめてしまったのである。
ラズはどこにも見つからなかった。
残すところは、王の温室と男性不可侵の後宮のみとなったときに、温室から威厳の欠片もないラフな恰好のオーガイト王と、王と同じ服をだぼつかせて着ているラズを見つける。
温室はテーゼに任せシディは後宮に向かうつもりであった。
境界線の垣根の隙間に意図せず紛れ込んでしまったとも思えたからだ。
後宮の庭にいるところでも見つかれば、言い訳もむなしくその場で斬り捨てられても文句は言えない蛮行である。
王の前に、王子を除いた全員が水を滴らせるバラの庭に、泥もものともせず片膝を地面に拝跪する。
その中で、シディだけは親子といえども欠かしたことのないオーガイト王への礼節をそっくり失念し、血相を変えてラズに駆け寄った。
その顔、その体を自ら確かめ、どこも何ともないことを確認し、ラズが落ち着いているのを見ると、ようやく安堵のため息と共に、力の限り抱き締めたのであった。
「服はどうした」
「転んで泥だらけになったので閣下がお貸しくださいました」
それを聞き、王とラズの間に体を滑り込ませ、体を盾にさりげなくラズを庇う。
「わたしの者の無調法をお詫びすると共に、王の温かきご厚情に心より感謝いたします」
慇懃に謝意を示したのである。
オーガイト王は眉を寄せた。
これまでさらりと人の好意を受け流し続けていたオブシディアンが見せた、ラブラドの若者に対するひとかたならぬ執着を目の当たりに見たのだ。
「朝から大騒ぎだな。元気がありあまっているようだな!
あの国境の懸案案件、ザラに行かせようかと思ったがザラはやり過ぎる嫌いがある。オブシディアン、お前がいくか?」
冷ややかにいう。
ちょうど、国境の街道沿いの森で盗賊が発生しているという。
シディの国境の盗賊掃討は、その日の内に正式にオーガイト王から下知されたのだった。
その夜、シディはラズの部屋に訪れる。
寝るにはまだ早い時間ではあったが、ラズはもうベッドに横になっていた。
そっとシディはラズの熱で上気する頬に触れる。
ひやっとした感覚にラズは熱っぽい目を開いた。
「シディごめん、勝手に飛び出して、、、」
シディは朝の会話の流れから、何にラズが取り乱したのかわかっているのだろう。
「シディがいずれ結婚することを僕はここに来るまで全く失念していたんだ。あんまりあなたがわたしを好いていてくれるので」
シディは力なく笑った。
「好いているなんて可愛いものではない。お前のことを愛している。王にも、王弟にも言っているのだが、わたしは王にならなくてもいいと思っている。だから子を成すつもりも、女と結婚するつもりもないから、お前が心配することはない」
「なら、誰がボリビアの王位を継承するの?」
「さあ?なりたいザラ王弟がいいのではないかと思っている。叔父は40半で若いからな。この中原がもう少し落ち着けば、わたしもただのシディになるつもりだ」
「ただのシディって、、、」
「あなたがラズワード王子からただのラズになったように、わたしもすべてのしがらみから解放されて、ただのシディになりたい」
「そんなことが可能なのだろうか、、、」
ラズは王城に来たときのボリビアの民の熱狂を思う。そして、シディに陰日向に支えるテーゼはシディを新王にしたがっている。
でも、シディの言うように、すべてのしがらみから解き放たれてただのラズとシディならばどんなにいいだろうと思う。
夢のような話だった。
「それを可能にするように、手を打つつもりだ」
シディはラズの手にキスをする。
「だからあなたは大人しく待っていてほしい」
「僕も行く」
「駄目だ。白兵戦になるかもしれないそんな場にあなたを連れていけない。五日で戻るから。クリスを置いていくから。そもそも病人は休むのが仕事だ。無茶させられない」
「僕が、元気だったら連れていってくれる?守られるばかりではなく、あなたと並び立って生きたいんだ」
ラズは必死でいう。
「それはできない」
取りつく島のないシディの言葉である。
ラズは傷ついた顔をする。
「悲しい顔をしないで。この盗賊討伐から帰ってきたら、わたしは王位継承権を放棄することを王と王弟に宣言するつもりだ」
そんなことできるのだろうか?
シディの夢の、奴隷のいない争いのない平和な中原の実現はどうなるのだろうとラズは思う。
なおも言いたそうなラズに顔を寄せる。
「風邪が移るから駄目だ」
「これから五日間もお預けなんだ。キスぐらい味わいたい」
シディはラズにキスをする。
オーガイト王の煽り立てるようなキスではなくて、お互いの気持ちを穏やかに満たすキス。
「あなたを戦場に連れていけない、本当は王のいるここにも残しておきたくない。王はあなたを気に入った、、、」
父王は欲しいものは手に入れてきた。
本気でラズを欲しがれば、シディには成すすべがない。
だが、連れていくには危険すぎた。
「僕を信じて。シディは盗賊討伐のことだけ考えて、無事に帰ってきて」
シディはラズのブレスレットにも唇を押し付ける。
「外さないで。大抵のことはこれが防いでくれる」
奴隷の印にも似たオブシディアンの所有印。ラズを傷つけることをシディは絶対に許さない。
「うん、、、」
シディは翌朝テーゼも加わった50名の少数の精鋭で討伐に向ったのだった。
シディの出立した二日目、盗賊出没地域内での小さな小競り合いの後、王子一行の消息が途切れたという報告を受ける。
そして、約束の五日がたってもシディは戻ってこなかった。
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