滅国の麗人に愛の花を~二人の王子の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
52 / 85
第4話 王の器

44、王子の帰還

しおりを挟む
ラズが男にぶつかる少し前のこと。
シディは王都を内側から活気づける行き交う人や物を指し、饒舌である。

「日に焼けいかにも重い体躯の、足腰の強そうな男は人足。道路や橋を普請する。ボリビアは国家をあげてインフラを進めている。物資や兵士を運ぶのに道は重要だからな。あっちにもこっちにもいるだろう?
中でも眼鏡をかけた顎髭は、親方だろう。職人集団には親方がいる。大抵偉そうな態度のやつだ。国を作るのは自分たちだという矜持がそうさせる。
この辺りで工事が進んでいるのだな。
国は戦に駆り出すだけでなく、公共事業で仕事のないものに働き口を与え、生活基盤を与えることにもなる」
ラズは自国を誇らしげに語るシディが好きである。
「あの、黒い人たちは?」
「爪まで真っ黒なのは炭坑工だ。石炭を産出する炭坑が近くにある。それに鉱山もある。取れたものは他国にも売る。鍛冶屋が住まう地区もある。そこは警備が厳重だ。他国に盗まれては困る技術だからな」
シディは食堂から見えた通りを歩く男を次々と顎で指す。
「あの青い意匠は警察兵士。警棒を携帯している。そもそも王都には武器は持ち込めない。かっぱらいを捕まえたり、喧嘩を取り押さえ、仲裁したりする。
黒に銀の刺繍の意匠は騎士だ。騎士団が動くときは壮麗だぞ。最近はもっぱら王か王弟の下に付く。
わたしが国内にいついていなからな。あいつがそうだろう。騎士は武器持ち込みが許されない王都で休日も佩刀はいとうしているからすぐわかる。
彼らはすべてが、日常を一生懸命連綿と営み、ボリビアの底知れぬ活力を産み出している。 
わたしたちを守るためにあり、そして同時にわたしは彼ら一人一人が健康で文化的で、心が豊かになれるような生活を送れるように存在している。男も女も老いも若きも、ひとりひとりを愛おしく思うよ。
もちろん愛おしいの感覚はお前に抱く感覚と異なっているがな!」

シディの指した騎士は普段着でも姿勢が良く、その腰に型押し革の鞘が下がっていた。
「あれは?」
ラズは食堂の隅の男を示した。
ラズが先程から気になっていた男は、黄金色に焼けた肌に、開襟シャツを胸の真中まで開く。耳に青い石のピアス。
食堂の客に油断なく目をやり、聞き耳をたてているようだった。
彼だけが、秩序整然とした日常の営みから大きく逸脱して、異彩を放っていた。
男の短髪が常識のなかで、黒に鈍い黄金のメッシュの長髪である。
シディは一瞥し、軽蔑するように鼻を寄せた。
「あれは海の男だろう。ボリビアと低レベルで国交を開こうと、海賊紛いの商人が偵察にくる。海からだけでなく、いろんな間諜がボリビアには入り乱れている」

そのシディとの会話をラズは思い出した。
ラズが食堂から出ようとしたときにぶつかり、腕を逃がさぬようにつかむ男は、いかつい体に固い筋肉。むわっと汗と酒の臭いがする。
人足だと思う。道路を普請する肉体労働者だ。
はらりと落ちた髪に目をバチバチし、それから日焼けと酒で赤黒くなった顔をラズに寄せた。
「どこの国のもんだ?最近は外国人が多いが出稼ぎにきたのか?お嬢ちゃん、暇なら相手にしてやってもいいぜ」
ラズは腕をつかむ手に、自由な方の手を重ねると、男の黒々焼けた手がびくりとして緩んだ。
ぶつかったことのお詫びと人足稼業の男の勘違いを、丁寧に訂正しようとする。
だが、ラズが何かを言おうと息を吸う間に男の体は見事に後ろにぶっとんだ。
一緒に引きずられそうになるのをシディに後ろから腕を腰に回されて支えられる。
男は料理の広げられたテーブルを背中に受け豪快にテーブルを割り、ド派手な音と共に皿と料理とスープの残骸を撒き散らした。
「、、、生憎、わたしの友人は忙しいんだ」
ラズを抱え男に警告もなく強烈な蹴りを入れたシディは冷たくいう。
「シディ、彼らは愛おしいのではないの?」
「お前の前ではただの屑にしか思えん」

静まり返った食堂は、騒然となる。
一杯の食堂のあちこちに散らばっていたがたいの良い人足仲間がガタガタ立ち上がる。
シディの蹴り飛ばした男が倒れこんだテーブルは顔も服も黒い炭坑労働者のようであった。彼らは唖然と自分たちの料理の残骸と転がる男を見て、手に持っていた器やフォークをテーブルに置く。
彼らも立ち上がった。
一様に剣呑な表情をして、旅人姿のシディとラズの間合いを詰める。

「旅の兄ちゃん、やんちゃなことをしてくれるねえ」
アゴヒゲを擦りながら、眼鏡の人足がシディを上から下まで眺め回した。
「あんたの部下が失礼なことをするからだろう」
シディは平然と返した。
ラズははらはらと成り行きを見守った。
人足の5人、炭坑4人。
9対1、ラズも入って9対2。
ラズはゴクリと生唾を飲み込んだ。
シディも受けてたつようである。
体格差と数でかなわないのではないか?
怯えた空気の食堂の中で、メッシュの長髪の海の男は顔をあげて面白そうに見ていたが、彼もゆらりと立ち上がるのをラズは視界の端でとらえていた。

「喧嘩なら外でやってくれ!」
食堂の女将が怒鳴りつけた。
それを合図に盛大な喧嘩が始まったのである。

シディは強かった。
男たちの大きく繰り出す拳を避けつつ、お返しに軽く顎先に掠めるように拳を入れていく。軽そうなパンチなのに、受けたものは膝をつく。
ラズも応戦に構えたが、最初の一発を繰り出す前に誰かにマントを引かれて殺気だつ喧嘩の輪から放り投げられ、勢いがついて石の道に尻餅をついた。
「え?」
黒髪に金のメッシュの髪が目の前を流れる。真っ青な目とピアスの青い残像が線を引く。
「面白そうだから助太刀しよう!」
食堂の海の男だった。
シディと男の視線が一瞬絡み、シディは不服そうである。
「余計なことはするな!」
といいつつ二人は背中をつき合わせて、ぐるりと取り囲む物騒な男たちに構えた。
すでに人足は二人が顎先のパンチに脳を揺すられて軽い脳震盪で立ち上がれない。
シディは体にまとい付くマントを脱ぎ捨てた。
ふたたび乱闘が始まり、ラズはシディの肉弾戦の強さに見惚れてしまう。勝負は体の大きさではないのだ。いかに相手の筋を読み、体のどこを狙うか。
軽く入っても戦意喪失するようなところをシディは狙っている。
同時に全く関係のない飛入助っ人にもラズは目を奪われる。腹に、頬に、ドカンドカンとパンチを繰り出している。
全く型のない、天真爛漫な喧嘩っぷりである。
「あんた、強いな!何もんだ!」
メッシュは汗を飛び散らせて破顔しシディに叫ぶ。
「お前こそ強いな!お前こそどこの誰だ!」
荒くれものたちを相手にしながら、二人は互いを誰何すいかし、その強さを読み合った。
「俺は海賊のシャーだ!」
海のように青い目をした男は叫ぶ。

そのとき、笛が甲高く空気を切り裂き熱い熱気に冷や水を注ぐ。
人だかりの見物人を掻き分けて、警察兵が笛を咥え警棒を振り上げ、仲裁に入ろうとした。私服に佩刀する休日を満喫していた騎士も柄に手をかけて、警察兵に続いて割り込んだ。

警察の気配に長髪の異国人が人混みに飛び込む。
喧嘩の勝負はほぼ決まっていて、腹を押え、起き上がれない人足と炭坑の、喧嘩の常連の荒くれもの達。
そしてその呻き声の輪の中で立っていたのはただ一人。
地味な旅装束に身を包んでいても、服の下の格闘技で鍛練を積んだしなやかな筋肉はもう隠せなかった。
そして、みるみる乱れた息を整えていくその上気した、見るものを惹き付ける容姿端麗な顔立は、彼らの記憶の中の顔と重なっていく。
この剽悍ひょうかんで端麗な男はまさか。

「オブシディアンさま、、、?」
誰かが呟いた。
アゴ髭の親方は眼鏡をかけ直した。

その場の空気の色が変わる。音が失われる。時間が止まる。
シディの拳がふわりと緩んだ。
同時に恫喝が飛ぶ。

「警察兵、遅い!勝負がついてしまったではないか」
意味を理解するまでの一瞬の間。

「オブシディアン王子が帰還された!」
そして大歓声が見物人から沸き上がり、今まで呻いていた男たちは歓喜の叫びに変り、ようやく帰還した数々の功績をあげる彼らの王子を揉みくちゃにしたのだった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

我が為に生きるもの

いんげん
BL
大正ごろの日本に似た和国の話。 能力者の痣から蜜を吸わないと生きていけない僕は、幼馴染から蜜をもらって生きている。 しかし、兄のように慕っている人が海外から帰ってきて…僕たちの関係は変わりはじめ……。 守られ系、病弱主人公。可愛いが正義。  作品の都合上、主に喘いでるのは攻めです。絶頂してるのも攻めです。 無口で横暴だけど、誰よりも主人公に執着する能力者のヒーロー。 二人の兄のような存在で、主人公を愛するヤンデレ能力者。 駄目なおじさん能力者参戦しました。 かなり好き勝手書いているので、地雷が有る人には向かないです。 何でも許せる人向けです。 予告なしに性的表現が入ります。むしろ、ほぼ性的表現・・・。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

処理中です...