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番外編4

ジュード王とセレス妃

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ジュードは月例会議に参加をする。
それはボリビア帝国で行われていた。様々な国の問題が議題に上り、検討され、解決策を出しあい、時に助けあうことさえある。
各国は国家として独立を保ちながらもボリビア帝国という大きな国に取り込まれて同列であった。
各国は、国政を動かせる力のあるものを送り込む。
持ち帰って検討して返事をします、では遅いのだ。

ラブラドのジュード王も毎月参加をすることにしていた。
今月は、いつもの事務官にもう一人ついてきているものがいる。
すみれ色の瞳の妻、セレスだ。
セレスは中原の美姫、ラブラドの真珠と例えられている誰もが認める美人である。

それは、口を開かなければ、という限定でである。

どこか庇護欲を掻き立てられる双子の兄のラズワードと違って、セレスはハッキリと主張するお転婆、いや女傑であった。
今回の会議にも自分も出席すると言って聞かなかった。

「あなたが結婚を手痛く断った王子たちなどが、この定例会議には出席してますよ!いいのですか?」
ジュードは諌めるが、王家の娘はガンとして主張を曲げなかった。
「わたしがセレスとわからなければ良いのでしょう?」

それで、馬に乗っている。
ラズワードの衣装を借りて、すっかり男装の装いである。

セレスの男装は歴史がある。
しばしば、兄のラズワードと役割を交代して、召し使いや家庭教師たちを困らせては楽しんでいたのだ。、、、楽しんでいたのは主にセレスだったが。

男装をすると、セレスはラズワードに似ていた。セレスは成りきるのが上手い。
だが、それもどうかと思う。
ラズワードは既に死亡しているとされている。
その死んだ王子があらわれたら、それはそれで混乱するのではないかと思うのだ。

それを理解させて、納得させて、思い止まらせるだけの強さはジュードにはない。
ジュードは王家の血を引くと言っても傍系。ベルゼライト家という貴族の家柄は良いが、王としては妻の夫という立ち位置と、ボリビアの後押しがあってのものである。

帝都に入ると、セレスはフードをはずした。男装に鮮やかな金髪がなびく。
既にセレスも22才。
完全な男に見られるというよりも、男装の麗人だった。

ほうっ、、と、帝都の都人はため息をつく。
ジュード一行が帝都に入ってから馬に被せている藤の花の模様の布で、彼らがラブラドの一行だと、ひと目でわかる。
定例会に出席の者たちはみなそれぞれ、背負う国の紋章を、ジュードたちのように馬や、旗や、衣装、マントなどどこかにいれている。

ジュードの横に後ろから馬が寄せられる。
「ラブラドの!ジュード王」
声をかけたのは、パウエラ国の貴族のギャランだった。パウエラの紋様は白い百合である。
ふわっと百合の香りがする。
その香りをまとっている。キザな男である。

「今日はいい天気ですな!」

まずは天気から入るが、ちらちらとジュードの横のセレスを見ている。
「こんにちは!パウエラの方!」
紹介される前に、セレスは笑顔を向けた。
「こんにちは!あなたは、以前あったことがありましたか?」
ギャランはいいながら眼を細め、不躾にならないように装いながらもセレスを眺めた。
「?いいえ?」
「いや、何処かであなたと会っている、どこだったか」
ジュードは先にいう。
「こんな格好をしているが、私の妻のセレスだ」
「王妃さまですか!、、ああ、そういわれてみれば、ラブラドの王子とそっくりですね、それで、、、」
ポロリとギャランは言う。
「あら?お兄様にあったことがありますの?」
セレスは訪ねた。

ギャランは目の前の麗人にそっくりな若者を知っていた。それは欲望と音楽と危険な香りを伴って思い出されるのだ。
ギロリとジュードが、ギャランを睨み付けた。
ジュードはパウエラの貴族のギャランが奴隷として競売にかけられたときに同席していたことを今知った。
あの時は皆、仮面を被っていた。
10組の王侯貴族豪商などのゲストたち。
一組は、ボリビアの亡きザラ王弟と、現皇帝のオブシディアンだ。あとは素性を知らない。

セレスを連れてくるべきではなかった。
と今さら思う。

はじめの偽装の死をセレスは知らないわけではないが、ラズワードのその後は知らせていない。
ラズワードを助けるために、パウエラに乗り込んだことも、その時にオブシディアン王子に競り負けたことも、その後にボリビアからラズワードを引き渡す打診があり、迎えに行ったことも、深手を負い、夜の濁流に飲まれて死んだことも、伝えていない。

つまり、ジュードは妻のセレスに、双子の兄について自分が奔走していたことを、まったく伝えていない。

それはなぜかと言われると、ジュードも困るのだが、過去にラズワードを愛していたからとしか言いようがない。
ラズワードは、自分よりあの黒い鷹を選んだ。
最期は、黒い鷹を庇って死んだのだ。

堀の架け橋が降りて、王城に入る。
彼らが入場した知らせが入り、黒ひげの男が迎えに出た。
「オブシディアン!」
セレスが絶句している。
思わず、セレスはジュードの後ろに身を引く。
オブシディアンはラブラドでセレスの双子の兄を凌辱した歴史があった。
「あなたは、ラブラドの真珠の片割れか!」

皇帝は目を細めた。
セレスは心臓が跳ね上がった。
あの事件からもう4年はたっているが、黒い鷹を前にして、心臓が飛び上がらんばかりに警笛を鳴らしている。
眉目秀麗の顔立ちは口や頬を覆う黒ひげのために判然としないが、この男はいまでも危険だと、セレスの体が反応していた。
時流に乗り、プロパガンダを駆使して瞬く間に世界を手にした男である。

「そうだとしたら?」
だが、そんなセレスの思いを知ってか、黒ひげの男は自嘲ぎみに笑った。
「なにもとって食いはせん!よく来てくれた。そなたを見ていると、まだラズが生きているような気がしてくる」
じっとセレスを彼は見つめた。
思い出の中のラズの面影をセレスに重ねて探していた。
そして、紫がかったブルーグレイの瞳に失望し落胆していた。
似ているところを数えるのではなく、似ていないところを探していた。

こんなに悲しい目をする男だっただろうか?
セレスは憐れに思う。
心の一部が死んでしまったような目だった。
そういう目をセレスは知っている。
彼女のジュードもかつてそのような目をしていた。
数年前、ジュードが早駆けのボリビアの伝令を聞くや否や、数名で出掛けたことを思い出す。
帰国したジュードは彼自身が死んだようになっていた。
セレスは何も聞かず、悲しませるままに、ジュードの側についていた。
夫があそこまで取り乱す原因はひとつしかないからだ。
自分を抱くジュードが、感極まったときに、兄の名を口走ることも一度や二度ではなかった。
だが、最近はそれは全くなかった。
その代わり、セレス、わたしの愛しい人、と抱き締められるのだった。
なので、ジュードの閨での失言は時効。
世界を手にしたこの哀れなボリビア皇帝にセレスはひとこと、情けをかけてやりたくなる。
セレスはジュードの背中から出る。
ラズの喪失からオブシディアン皇帝は立ち直っていない。
三年もたつのに、彼の時間は止まったままだった。

「オブシディアン陛下、お言葉ではありますが、兄のラズワードは生きておりますよ?」
去りかけた皇帝はピタリと固まり、ジュードは驚愕した。
「セレス!何を言う、、」
セレスは夫を鋭く制す。
セレスの紫がかったブルーグレイの瞳は真っ直ぐ皇帝を射た。

「あなたと兄の間に何があったのかわかりませんが、そして、兄が死んだと思われているようですが、兄は生きています。
わたしは、彼の片割れ。彼の悲しみや喜びを、感じることがあります。わたしたちはどこかで繋がっているのです。
意図せず、この体に花を咲かせることも、、、。その時は、兄が心より愛している人と愛されて幸せなのだとわかるのです」

「まさか、そんなことが」
オブシディアンは、食い入るように愛しい人の半身を見る。

「そのわたしは、今でもラズワードは生きているのを感じます。ときにざわざわと。ときに穏やかに」
オブシディアンは、聞かずにはいられなかった。
「彼は今どこにいる?何をしているのか?、、、また、花を咲かせることもあるのか」
セレスは首を振る。
「どこにいるかはわかりません。ただ伸びやかな広い世界にいるような。
花は、それはありません。あの、陛下、、?」

皇帝の目から涙がとめどなく溢れ流れていた。
もう何年も嘘でもいいから、ただひと言ラズは生きているよと誰かに言ってもらうことを切望していた自分を思い知った。
まさか、その生存をあきらめた時に、こんな形で与えられるとは思ってもみなかった。
不意をうたれ、そして、世界の色が鮮やかに変わる程、オブシディアンは嬉しかった。

「ラズは広い世界にいるのだな!ありがとう、セレス姫!存分に寛いでくれ!」

その夜、ジュードはセレスを引き寄せる。
オブシディアンは、黒岩城のかつて後宮として使われていたその中でも一番良い部屋を用意してくれていた。
ここは崖の中腹で帝都が一望できる。

「あれは本当なのか?」

セレスはくすりと笑う。
自分の夫である王が、終日、ラズワードが生きている発言を、悶々と考えていたのが、側にいて手に取るようにわかっていた。
ようやく、聞いてきた。

「もちろんよ。双子は運命が絡み合って生まれてくるから、片方の感じていることはわかるものよ?離ればなれでも感じられる。まして、生き死にに関することなら、わたしがわからないはずがないわ!」
「どうして言わなかった?」
セレスはジュートを引き寄せた。
ジュードは傷ついた顔をしていた。
「ばかね、あなたが聞かなかったからじゃない。兄への想いを誰にも打ち明けず、自分のものにしていたじゃない。その悲しみも自分だけのものにしていた。
浸りたいようだったから、そっとしてあげていたのよ」
ジュードはラズワードを愛していた。
「知っていたのか?」

男という生き物は鈍感な生き物である。
彼の事を一番よく見ていたのは自分である。彼が誰を想っていたかなんて、言われなくてもわかっていた。

「わからないのは、男だけなんではないかしら?感じとる能力は女の方が優れているのよ。兄は生きているから安心して!」

ジュードはセレスにキスをする。
「今は、わたしの心はセレスだけだ」
「それも、わかっているわ」

セレスはジュートの服を脱がせた。
彼の胸にキスをする。
ジュードは傍流とはいえラブラドの王族の血が流れていた。
最近はうっすらと花を胸に咲かせていることを、ジュード自身は気がついていないようだった。
何も教えてあげることもないと、セレスは思うのだった。



その7、ジュードとセレス 完


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