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番外編2

2、オーガイトとザラ 中編

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時折、オーガイトは郊外の森にぐるりと囲まれた隠れ家のような貴族の邸宅に訪れてはザラの様子を伺うようになった。
続けて顔を見せるときもあれば、一ヶ月もこないときもあったが、久方ぶりに館に踏み入れたときには、ザラが喜びそうな菓子や本などを手土産に、ぽんと投げてやるのだった。

来たときは必ず中庭で剣の稽古をつける。
オーガイトは小さなザラにまるで手加減がなかった。
ガキンと力任せに打ち付けた剣がザラが両手で支える剣の刃を砕いたこともあった。
打ち抜いたオーガイトの刃は寸でのところでザラの顔を外した。
本気の一撃にザラの腕がジーンと痺れて麻痺する。

「ちっ。武器は重いばかりで弱くてちゃっちいな!こんなのを振り回していたら疲れるだけか、単なる筋トレぐらいにしか役には立たんな!どう思う、ザラ?」
「その、通りです。僕にも軽く扱えて衝撃に強い武器があればいいんですけど」
ザラの肘から先の感覚はジーンと痺れている。
オーガイトはザラの言葉にきれいな眉をこれ以上ないほどぐいっとつり上げた。驚嘆してザラを見た。
「軽くて強い武器か!なるほどお前は賢いな!」
それが、オーガイトが剣の素材の改良にのめり込むきっかけとなる。
ザラは容赦なく腕をつかまれて引き起こされたために、酷い痛みに悲鳴をあげた。
「鋭いことを言うと誉めたとたん、女のように女々しいヤツだ!」
あははと楽しげにオーガイトは笑う。
半泣きになりながらもザラは深刻な顔をしているオーガイトよりも、笑っている方が何百倍も好きであった。

遊びのような剣の稽古から、数年後のすぐそこに見える戦に備えて、実践経験のある指導者をつけてやることになる。

ザラは生まれたときから父王からも忘れさられた存在だった。
子供のいない老貴族の遠縁の養い子として育てられた陰りのない年相応の元気な子供であった。

ただひとり、10才離れたオーガイトだけが気にかけ、かまい食事を伴にし、王宮で起きた出来事など話して聞かせていた。
目をくりくりさせながらザラはオーガイトの話を聞く。

「お兄さんはどうして来てくれるの?」
あるとき、ふと涌いた疑問をザラは口にする。
「お前が遠い血縁だからだ」
「遠いってどれぐらい遠いの?」
「お前の養父母よりは近いな」
オーガイトはすまなそうに言う。
ザラをまるごと引き受けるにはオーガイトはまだ、若くて、まだ力がなかった。
「ふうん?」
「お前は大きくなったらわたしの側で働いて欲しい」
いつになく真剣な目をオーガイトはする。
そのために、人目を忍びここに通っている。
「お兄さんはもう働いているの?」
ザラには農園を采配する養父や執事、厨房を預かる太った料理人、庭師などの仕事を思い浮かべていた。
どの仕事も時折り何を思ってかふと顔を苦悩に歪ませるお兄さんには合わないような気がするのだった。

「そう遠くない将来わたしはいろんなことを引き受けなくてはならなくなるだろう。ひとりでは捌ききれないのがわかっている」
そういってザラの目を覗きこむ。
「お前は白いキャンパスのようだ。まっさらでどんな色も飲み込んでいく。わたしの色に染め上げて、わたしのために存在してほしい」
ザラはそれは好きな女の子にいうようなセリフのように思ったが、そういうオーガイトは真剣である。元気に学び育つことしか目的がなかったザラは、己がみとめられて嬉しかった。

「オーガイトがどんな仕事を引き受けるのかわからないけど、僕はあなたのために働くよ」
そうしたらずっと大好きなお兄さんと一緒にいられるから。
その思いは口にしなかった。
まるで餓鬼のように甘えた考えと思えたからだった。

オーガイトは楽しげに笑った。
すべてのしがらみを忘れたように笑う顔を見ると、その笑顔を引き出したのが自分だと思うと、心底から幸福を感じるのだった。


数年後にオーガイトが王位継承権のある、自分たちの国の王子であると知る。
その腹心の部下となる者を探して育てているとしばらくして養父母から聞かされる。
養父母の期待をひしひしと感じた。
ザラは自分が見込まれたと知って嬉しくもあり、子供心に倍速で勉強し駆け足で強くなり、誰よりも賢くならなければと思ったのだった。


ある日、ザラを預かる貴族の邸宅にひとりのやさしい面立ちの娘がやって来る。
その時オーガイトは25才。ザラ15才。
娘はシャーレン18才。

娘は貴族の娘でこの邸宅の貴族が別に生ませた娘であった。
いつまでも結婚しないオーガイトにあてがわれた娘で、うまくいけばオーガイトの妻になり王妃にもなれる娘だった。
オーガイトは貴族のその思惑は手に取るように理解してはいたが、柔らかい波打つ髪と柔らかい包み込むような表情の娘に恋をした。
娘は働き者で、年下のザラの面倒をよく見ていた。
オーガイトの前では、大人びた振りをするザラも、シャーレンの前では年相応の子供になった。

オーガイトはある日、シャーレンにピンクのバラをプレゼントする。
それは見事な花びらのバラであった。
「こんな美しいバラをありがとう!」
シャーレンはその美しさに目を輝かせた。
ピンクのバラを胸に挿すと、ピンクの花色にシャーレンの白い肌が映えて美しかった。
「きれいだ、シャーレン」
「それはバラのこと?わたしのこと?」
いたずらげに娘は問う。
「バラをつけているあなたのことだ」
鈴のような声で娘は笑うのを、オーガイトは目を細めて見ていた。

別の日には、ザラは白いバラをシャーレンにプレゼントする。
シャーレンは鼻を寄せその馥郁たる香りを肺臓に満たし、頬を緩めた。
「いい香り!
二人ともありがとう!美しさではピンクが。香りでは白が勝るわ!
まるであなたたち、ふたりのようね!ピンクと白が合わさってよいとこ取りができるならば、最強よね!」
最近はシャーレンからみて、なんでも年上のオーガイトに張り合いぎみだったザラの手をとり、オーガイトの手に重ねた。
「二人でボリビアをよろしくね!」

オーガイトははじめからその事を意識していたが、ザラの中にもはっきりと、オーガイト王子を助けてボリビアの双頭になる!と決意したのはこのときだったかも知れなかった。

とはいえザラは己がその時、兄のように慕うオーガイトの半分血を分けた実弟であることを知らない。



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