上 下
34 / 85
第3話 真珠を得る者

29、罠に捕まる

しおりを挟む
彼らは食堂をでると後門へと急ぐが、小競り合いや戦の話を聞かない日はないのではないかという血なまぐさい中原の国の王子である。
武器を扱う店の前で自然と脚が止り、研がれた剣に意識が向いてしまう。
テーゼも同様である。

「ボリビアの鋼は奥か」

手に取りやすいところには置かれていないが、奥に鎮座する革鞘の剣は門外不出のボリビアの剣であった。
値段は他国製と比べて凡そ100倍の値段がついている。
その値段ならば、まだパウエラはボリビアの鋼の精製技術の秘密を知った訳ではないようだった。
武器の強さはボリビアの圧倒的優位を決定付けているが、シディたちはそれも長くは続かないと見ている。
いずれ、水が流れるように技術は高いところから低いところへ流れだす。

武器の優劣に差がなくなったそう遠くない未来、勝負を決めるのは結局人だとシディは思っている。
その国のふわっとした幸福度や、満足度。自国の美しい自然や長く育まれた文化を愛し、その豊かさと恵みを享受したいと願う気持ち。
自ずと抱く愛国心といったようなもの。
王家は凝縮した愛国心の象徴だ。
国民の心を集めて、戦にも平和にもかきたてる。

だからこそ、愚かな王族が支配する国家だとしても、彼らの王家を残す方向でいる。
その王家はボリビアの息のかかった傀儡政権であるが、時期に自治は彼らに委譲していく。元々彼らの国だからだ。

完全に委譲するまでに、国家間の無用な争いを未然に防ぐ、圧倒的求心力のある上位国家を打ち立てる。
それは帝国であり、各国の独立や特性を認めながら統べる。
その帝国の下では諸国は対等である。

ボリビアは現在飛び抜けて強い。
その武器の強さに加え、古き因襲の奴隷解放の旗標をかかげ、国境を超えて多くの人々の支持を集めている。
ボリビアこそ、統一国家の頂点に、核になれるとシディは思っている。

一方で、緩衝地帯を挟んだパウエラ国側は奴隷制度を色濃く残す国々である。
過酷な労働は、奴隷の仕事とされているのが通常である。
パウエラ国に限らず、中原の西の世界ではそれが一般的で、奴隷の運用に関しては、各国は独自にルールを定め、反乱が起きないようにうまく尊厳を守りつつ、自分達の良いように活用している。

さらに、激動の時代の今、破れた国家の国民や頼るべき親を無くしたよるべのない者たちなど、奴隷が新たに量産されている時代であるといえた。
早く決着をつける必要があった。
ボリビアの王オーガイトは王弟ザラと最強の国作りを進めている。
今はまだ、シディは今はその駒にすぎないし、できれば自分が矢面に立つことなく平和な世が訪れればいいと願っている。


血なまぐさい国の彼らと違って、ラズは武器商店の隣にある楽器店が気になっていた。
シディにひとこと声をかけて、中にはいる。
戦の世であるからこそ、心をなだめて満足させる音楽や娯楽が必要とされるのかも知れなかった。
お昼の食堂に置かれていた以上の豊富な弦楽器や演奏の仕方が容易に想像できない楽器が陳列されいた。
楽器を見ると心が踊る。
実に持ち手がついた小振りな楽器を手にした。
手首を揺すると、シャラシャラ弾む軽い音がなった。
奥には、笛、オカリナのような物、見たことのない大小様々な楽器が雑多に陳列されている。

食堂でもそうであったが、ラブラドでは歌や音楽に囲まれて生活をしていたせいか、楽器には無条件に惹かれてしまう。
音楽はこの世の苦しみを忘れさせ、ときに鮮やかでときに幽玄な、奏者の描く世界に導き、聴くものの琴線を震わせる。
ラズに限らず、ラブラド国人はみんなそうかもしれない。元騎士アランも食堂でギターを弾いていた。
ラズはさらに奥へと導かれた。
ある意味無法地帯であるという警戒心は、心を弾ませる宝の山のような楽器の前で忘れ去られてしまった。

奥には店員がいた。
元、傭兵だったのだろうか大柄な男だった。楽器店にはそぐわない店番である。
じっと暗い目をラズに目を向けていたが、おもむろに彼は武骨な手にオカリナを持ち、無言でラズに手渡した。

「吹いてもいいの?これぐらいのサイズなら持ち歩けるかも?」

ラズはもう少し警戒すべきだった。
男の暗い目がラズをねめ回すようにじっとりと観察しているのに気がつくべきであった。
ラズはオカリナに唇を寄せる。
いくつか無邪気な音が抜ける。
知っているメロディーを辿る。
吹いているうちに、笑顔になる。
ラズは十分に楽しんだ。
このオカリナは手にすっぽりと収まって、唇の当りもぴったりくる。気に入った。
そして、オカリナに密かに忍ばせられた毒が回り、知らずラズは意識を失ったのだった。


その楽器店は、国内の乱れから奴隷が国外追放になったことを踏まえて、この緩衝地帯に流れ着いたラブラド国人を誘い込む目的を持った、囮の店だった。

ラズやアランが目の前に置かれた楽器につい手にしてしまう、刷り込まれた文化的背景を巧みに利用したものだった。
ラブラドの者は、出身が奴隷であってもラブラドの特徴があれば、他国の王侯貴族や金持ちたちに非常に人気があった。
その多くのものがもつ、明るい色の髪色や多様な眼の色の美しさ、加えて彼ら自身が生まれもっている見事な音楽性などの教養面の高さが、観賞用や愛玩用など、如何様にも好まれたのだった。
ラブラド国人が闇の奴隷市場で高額で取引されるために、国外へ流出した彼らをとらえるためだけの罠である、表向き楽器店が作られた。

ラズがとらえられたのも、そうした楽器店だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...