滅国の麗人に愛の花を~二人の王子の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3話 真珠を得る者

26、緩衝地帯ゲーレの町

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強国ボリビアと西の強国パウエラが接する地帯にはゲーレの町がある。
緩衝地帯としてどちらの国からも完全な中立を保っていることを建前としていた。
四囲を石塀で囲む要塞都市である。

ゲーレの領主の館には多くの私兵が雇われ、周辺の戦乱を逃れてきた弱いものたちや、仕事を求めるならず者たちが集まってきていた。
東側にも西側にも、傭兵を派遣するあこぎな商売も盛んである。
面接の順番を待つのに隣り合って坐り、天気や食事処などの他愛もない話をにこやかに交わした男が、翌週には東と西に別れてにらみあっていることも良くある話である。

ゲーレに集うものたちは、傭兵を家業にしているものや、彼らに娯楽を提供する食事どころ、長期滞在も可能な宿、武器職人、斡旋業者や女たちである。
出入りの激しい往来でゲーレの街は中立を宣言し、仮初めの平和に周辺の都市と比べて異常なぐらい活気に溢れていた。

テーゼはここ、緩衝地帯の城塞都市ゲーレを抜けようというシディによい顔をしなかった。

「ゲーレの町は、ボリビア国人もパウエラ国人も入り乱れて、またどちらでもない遠方の異国人も多く、人々はこちらの顔色をうかがい、どちらにもいい顔をする日和見主義のカメレオンです。
遠廻りしてでも避けるべきです!」

テーゼが言えば言うほど、シディはだからこそ、ここを抜ける意味があるのではと思っている。
ゲーレの町の者たちは機を見るのに敏である。だからこそ、ボリビアにもパウエラ
にも取り込まれずに独立を保っているのだ。
ここのところの硬直状態の二強を、世間がどのようなものと理解しているかがわかるのではないかと思う。
テーゼは主人の意図を聞いても、
「それでもおすすめしません。ここは、危険です!」
と必死に説得しようとする。

だが、一度シディが一度決めると覆すことは時間を巻き戻せと言われているようなものだった。
そして、シディは後々テーゼの忠告を思い出し、己の融通のきかなさ、頑固さを後悔することになるのだった。



ゲーレの町をぐるりと囲む高い石塀の内側に入るには決められた関所を必ず通らなければならない。
シディはラズにフードを被るようにいう。
「東の地域は黒髪が多い。目立つからなるだけ隠せ」

ラズはシディとテーゼに挟まれるようにして衛兵が守る、壮大な門を潜る。
入のサインと目的の開示が必要だった。
傭兵の職探し、と記入する。
シディは四囲を見回し眉根を寄せた。
以前来たときよりも、武器を携帯するものが多く行き交う人の雰囲気が暗い。
このまできて、ようやくシディはラズを連れていくことを躊躇した。

「やはり、テーゼのいうようにここを通らない方がよいかもしれないな。危険な感じがする」
珍しくボルビアの王子の決断がゆらぐ。
ラズは目立たぬ旅人の薄汚れたように見えるグレーの服を着て、さらにフードを被り顔を隠しているが、フードの下には煌めく金髪が柔らかくウエーブし、ブルーグレイの瞳の美しい美貌の元王子である。
彼はかつてはラブラドの二粒の真珠といわれ中原ではその名を広く知られていた。

巷間では、ボリビアの王子に反感を持ったラブラドの王子が、ボリビアの王子に切り殺されたことになっていた。
実際には、ただのラズとして、そのボリビアの王子オブシディアンとともにボリビアへ帰国の途にある。
ラズは自国の主権を奪った強国のボリビアをこの眼でみてみたいと思う。
ラズは王子なりに剣術体術ともに幼い頃から仕込まれている。
かつ最近は、定石の型を崩すことも覚え、格段に強くはなっていた。
いざとなれば、自分で自分の身ぐらいは守れるはずである。

「だが、、」
珍しくシディが逡巡するうちに三人は後ろから押されるようにして関所の城門の中に食われる。
この町のむこう側の城門を抜けるとボリビアの王国へ吐き出されるである。
ラブラド国からあちこち寄道してののんびり気ままな一ヶ月の旅だった。
本来は凱旋帰国であるために、イラつくテーゼをよそにシディはしれっと物見遊山を決め込んでいた。

「気を引き締めていきましょう」
テーゼはため息をついた。

東の土地はラブラドよりも冬が厳しい。そのためか、黒髪で堅実、実直そうな面持の者が多い。
生粋のボリビア人は、質実剛健ということばがぴったりと来る。
彼らに、どこの国籍かわからないような肌の色や髪の色の者が混ざる。
緩衝地帯とあって、ボリビアもパウエラも、微妙な緊張感を持ちつつ同居していた。

町は食堂や武器も売るなんでも屋や斡旋業、娼館など雑然とした印象を見るものに感じさせる。
「あれは何?」
石畳をごとごと音をさせながら走る、見慣れないあるものをラズは指した。
それは背の高い荷馬車だった。
頑丈に木枠で囲まれている。中には、汚れた人が入っていた。
まるで家畜か何かを運ぶように、細かく揺すられながら乗せられている。
よくみると男も女も、そして子供もいた。
汚い身なりで、うろんげに檻の外を見ていた。
「ひ、人だ。何であんな風に、、、?」
目の前を走っていく。
痩せた体に汚れた服。獣じみたすえた匂い、絶望の呻き。

「戦争で家を失い路頭に迷う者は多い。
奴隷商人に捕まったんだろう。戦争難民は狙われやすいんだ。そして奴隷制度が健在なパウエラ国側で売られる」
「何それ、、買われた後は?買われなければ?」
ラズは血の気が引く。
奴隷をきっかけに、ラズの国は現国王から権力を簒奪され町を焼かれたのだ。
シディの顔は厳しい。

「奴隷の売買はボリビアでは決して許されないが、ここは緩衝地帯だからどちらの法律も通用できない、悪くいえば、無法地帯であるともいえるんだ。買ってもらえなければ、さらに酷いところへ払下げられる」

ここではどちらの国でも違法とされていることもまかり通っているようだった。
ラズは自国の奴隷が幸せな生き方を自ら選択できると信じていたが、その奴隷の始まりはとうてい納得ができるものではなかった。
馬車で揺られる絶望した彼ら顔からは、
望んで奴隷になったわけではないことがわかる。
彼らが極めて衛生状態の悪い状態で、家畜同然に売買され、かつ扱われることを初めて知ったのだった。


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