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第2話 愛の花咲く

17、娼館の座敷牢

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ルビィとラズは娼館の座敷牢に閉じ込められていた。

薄暗く、格子のちいさな窓がひとつ。
片側の壁は頑丈な格子状の柵が全面に渡されている。格子の向こう側にはこの座敷牢の地下に降りる階段が見える。
この階には他にも同じような部屋が数部屋連なっているが、今はルビィとラズの二人しかいない。
半地下のここは、じっとりと湿っぽくて、空気がひんやりして重い。カビた臭いがする。
ルビィとラズは逃げられないように、両手首を軽く拘束されている。四方へ動かせるが、完全な自由はない。
さきほど軽い昼食が運び込まれていて、全て二人で頂き、空になった皿は重ねられて隅にある。
どんな時でもゆったりときれいに食事をするラズが口にしたのはルビィの四分の1ぐらいであった。

「ごめん、ラズ。あんたまで反省室に」
「どうしても会いたかった人がいたんでしょう?」
「うん、、」
ルビィはしおらしい。
この座敷牢がよっぽどこたえるようだった。ルビィは膝に頭を抱えるようにして埋める。
「命の恩人に会いたかったの。あたしは戦争孤児で、、、」
ルビィは語りだす。
5年前の彼女の国とボリビアでの戦で家を焼かれ、両親とは死別。天涯孤独になった。
ボリビアとの戦ときくと、ラズの胸がキリキリと痛んだ。ラブラドはボリビアと直接刃を付き合わせてはいない。ルビィの体験した修羅場を本当の意味でわかっているわけではない。
ボリビアは戦争も辞さない国である。

「生きるために、盗みだってなんだってした。捕まって、ぼろぼろになるぐらい殴られることもあったわ、、」
そんな時にルビィは敵国のボリビアの騎士と出会った。彼は、家のない彼女に住む場所と食事を与えてくれた。
「彼と違って、あたしの祖国は何も手を差しのべてはくれなかった!
彼は戦争で生れた孤児たちが生きていけるように子供たちを保護する孤児院を作ってくれた!
彼は心を痛めていた。東と西の戦争がなくなって、中原が統一されて、戦争孤児が生まれない社会を築きたいと言っていたわ、、。
彼は毎年来るの。決まって今の時期に。私は毎年楽しみにしていて、、」
「そこで、保護されていたルビィがどうして娼館で働くことに?」
ルビィはしょうがないでしょう?と肩をすくめた。
「孤児院では最低限度の生活は保証されても、働かないとそれ以上は無理だわ。
勉強だって、もっともっとしないとちゃんとした仕事にはつけないし」
膝から顔を傾けて、ラズを見た。
顔が苦悩に歪むが一瞬で消えた。

「ここだと稼げる。孤児院の弟や妹たちに仕送りができて、勉強させることができる。美味しい物だって食べさせてあげられる」
自分さえ犠牲になれば、愛する者たちを救うことができる。その言葉にしない言葉も聞こえてくる。
その想いをラズは知っている。
最後にルビィはにっこり笑った。
「あたしだって、美味しいものを食べれるし、美しく装えるでしょう?堅気では決して出会えない男たちに出会えるのよ」
それはルビィ自身に言い聞かせているように聞こえたが、ラズは何もいわない。
自分を犠牲にしつつ、それでも自分のためにしていると言いたいのだ。
ラズはそこに娼婦の誇りを見たような気がした。

「どうして逃げだすようなことに?」
ルビィはふうっとため息をついて、顎を膝にのせる。
「それが、身受けされることが決まったの。今週末に。この交易の町デクロワの領主ザイト様に惚れられてしまって。
嫌な人ではなくて、むしろあたしはにはもったいない良い人なんだけど、身請けされるとザイト様の館から出られなくなる。男となんて会わせてもらえるはずがない。
その前に孤児院を訪れる彼に会いたかったの!」
会えなくなる前に、最後にどうしても会いたい人。
ラズはそれは恋ではないかと思う。
「そのボリビアの騎士ってどんな人?」
そう尋ねたのは好奇心からだった。
ラズにとってボリビアは、力にものをいわせて戦争を仕掛け、侵略していく侵略国家のイメージしかないし、今でも許せない気持ちはあったが、ルビィの会いたいボリビアの騎士は少し違うのではと思った。

「彼はまだ若くて五年前に出会った時は10代だったかも知れないわ!
家はお金持ちなんでしょうね。孤児院をまるっこ作れるぐらいだから。
目立たぬようにいつも黒っぽい服を着てるけど、その存在感は半端ないわ!
今ではボリビアでも名の通った人になっているはずよ!
闇夜を取り出したかのような黒髪黒目。
厳しい表情の時も多いけれど、眉目秀麗な、端正な人!質実剛健なボリビアの芋のようなイメージとかけ離れた、人慣れしたこなれた人。
男だって惚れるでしょうよ。
彼は、名前も素性も決して明らかにしない謎の人なんだけれど、ボリビアの鈍色の鋼の剣を持っているから、ボリビアの漆黒の騎士さま!」
ラズは途中からルビィのいう姿形が、よく知っている人の形を取り出していく。
「それって、、」
それって、ボリビアの第一王子、オブシディアン。
シディではないか!?

シディはこの町で2、3日用事があると言っていた。ルビィのいう漆黒の騎士がシディのことならば、その用事とは彼の作った戦争孤児の孤児院の視察をする予定だったのかもしれない。
どうして自分を連れていってくれなかったのか疑問に思う。
もしかして、この娘に会いにいくのに自分は邪魔だったのではないかと、ラズは思ったのだった。


そんな話をしていると、座敷牢の地下の扉がいた。
はっと二人は口をつぐんだ。
ルビィが表情を固くしてさっと立ち上がったのでラズも立ち上がる。
カツンカツンとヒールのかかとを響かせて降りてきたのは、女盛りを過ぎた色っぽい女。
色どり豊かな華やかな化粧をしている。
格子の前に立ち、物言いたげにルビィとラズを代わる代わる見比べた。
その横には先程デクロワの街で大立ち回りしたときの顔の傷のある割りにひょうきんな表情をする男がしれっと控えている。

「ルビィ、反省はできたかい?どうしても会いたい男って、こいつのことだったのかい」
ルビィはかぶりを振った。
「違う!孤児院の様子を見に戻りたかっただけなのだから!」
「あんたがそれだけのために危険を犯してまで抜け出すことはないだろう?
ザイトの旦那様に引き渡すまで、この館から1歩も出られることはないと思いな!」
約束をさせられてルビィは出された。
しずしずと反省している様子を崩さないが、格子からでると振り返ってラズを見た。
「女将さん、彼はそのまま帰してあげて!あたしに同情してただ助けてくれただけなのよ!」
ルビィの声が地下牢に響く。
ラズは座敷牢に両手首を繋がれたままひとり残されていた。
これからどうなるのかわらない。

格子を隔てた向う側には女将と顔に傷のある男が、奴隷を選ぶ金持ちの未亡人とそのお付きの用心棒であるかのように、ラズを品定めするのを隠そうともせず、頭の先からつま先まで好色そうな目で見ているのだった。



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