滅国の麗人に愛の花を~二人の王子の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第1部 第1話 ボリビア王国とラブラド王国の二人の王子

11、死と再生(第1話 完)

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復興の事業は驚くほど速やかだった。
ボリビアは戦慣れしていて、一度壊したものを作り直すのも慣れていた。
ボリビアの建築技術、資材、人材。
政府にも、優れた人材が送り込まれ、ザクセン宰相を助けている。
最後まで自国の主権を守ろうとしたラズワードの父王は、いまだに王座に座っているが、もはや象徴的な意味しか持っていない。実権はボリビアを導き入れ、ボリビアの後押しのあるザクセン宰相にある。
そのザクセンを息子であるジュードが助ける。彼はラズワード王子とともに帝王学を学んだ学友でもあった。
ザクセンがいつから王権を手に入れようと思っていたのか、知るのはザクセンのみである。現王のいとことして生まれたザクセンには王位継承権があった。
彼の恋した美しい娘が、現王の妻になったときに、その心が定まったのかもしれなかった。


他国の王宮を自国さながらに闊歩するボリビアの黒髪の王子は、何処に行くにしろ若くたおやかな、金髪の美貌の王子を離さない。
腰を引き寄せ、その豪奢な髪をかき揚げて匂いを嗅ぎ、首すじにキスをする。
気が向けば、外出先でも昼夜構わずラズワードを抱く。


東の兵たちは美しいラブラドの真珠の片割が、自分達の王子の心を捕らえたのを知った。
さらに、晩餐会の踊りを見た者たちは、主がラブラドの王子に飽きることを、心待ちに待つ。
戦利品が払い下げられるのはよくあることだったからだ。

一方で、暴動の鎮静や、町の復興の視察に常に異国の王子と並んで歩む、彼らの王子の姿を見たラブラド国民は、閨でも相手をしているという噂を聞いてからは、国を売った汚ならしい男娼をみるような目で見、蔑み、陰口を叩くのだった。

市街地を行く馬上のラズワードに、どこかの窓が開かれ、狙い澄まして生ゴミが投げつけられた。悪臭を放つ、残飯やらなにやらが混ざったものを顔に受ける。
ボタボタと肩に、ももに落ちた。
ラズワードは頬に張り付いた物を手で払う。肩も払う。
だが、ほんのすこし臭いに眉を寄せたのみ。

オブシディアンは不快げに眉を潜める。
彼らの王子が、己の体を張って、ボリビアに完全に侵略されることを防いだことを、彼らには理解できないようだった。
もとよりラズワードも理解してもらおうとも思っていない。

その日は、ラブラド内乱から一ヶ月。
二人で馬を並走させていた。
王宮から町を抜け、ラブラドの王都を一望できる丘まで行く間に、その日も他国の資本や人が入るのを快く思っていない多くの者たちから、ボリビアの奴隷め!などの酷い言葉を、ラズワードは投げつけられていた。
だがどんなにひどい言葉を投げ掛けられても、ラズワードは青い顔をあげ、凛とした佇まいを崩さない。
ラズワードは、その身をもってラブラドの真珠の片割の妹のセレスと、彼女と将来結婚するであろう兄同然のジュードを守った。彼らが王位を継ぐならば、ラブラドの心は失わないと思うのだ。
そのために、我が身がボリビアの奴隷におとしめられても良いことだと思うのだ。
何処にでも生きる誇りはある。
この身に価値があると、ボリビアの王子が思っている限り生きるつもりである。

日が沈む。空は朱色に染まっていた。
丘から眺める赤い王都は変わらず美しいと思う。
王都も彼らも薄闇が呑み込もうとしている。

「あなたの国の国民はあなたを見放したようだな」
オブシディアンは言う。
そうさせたのは彼自身だったが。
「わたしはなんといわれてもかまわない。王子は国家の奴隷にすぎないし、今の状態も自由がないことには変わりはなく、それは以前と同じでしょう?」

まとめた金髪が、朱を返して煌めいていた。
その赤色はオブシディアンにラズワードの胸の花を思い起こさせる。
オブシディアンはあれから幾度もラズワードを抱いていたが、初めて抱いた夜に見た彼の左胸に誘うように咲く妖しい花紋様は、体を合わせる度に少しずつ鮮やかに大きくなっているような気がしていた。

ラズがその花を全身に咲かせるのはまだ先である。

オブシディアンはいう。
「ラブラド国への攻略は終わった。明日わたしはボリビアに帰る。王が報告を待っている」
「そう、、」
彼がいなくなった国でどう振る舞うか、ラズワードは考えていない。

「わたしはあなたを解放したくて、この戦略を支持したが、あなたはまだ解放されていない。まるで奴隷のようにわたしに抱かれる」
そうするように仕向けたのはあなたでしょう?
無言でラズワードは答える。
その無言の言葉は男に伝わっている。
反駁を加える気も起こらない。その通りだからだ。

オブシディアンは柄にもなく緊張をしていた。
次に言うことに失敗すれば、せっかく手にいれた想い人を手放すことになるからだ。
彼はボリビア最強の鋼の剣を抜く。
夕日を反射して、血のように赤くぎらつく剣先を、ラズワードの首元に突きつけた。

いきなりの抜き身の刃にラズワードは驚いて目を見開いた。だがすぐに落ち着き、諦める。
既にラズワードは生への執着を手放していた。

静かに、だが語気強く黒き鷹は言う。
「ラズワード第一王子をここで切り捨てる!彼は、ボリビアの介入に抵抗し無謀にも剣を取るが、わたしに返り討ちになる!」
それは、晩餐会の時と同じ流れだった。
前回は死に損ねたが今度は確実に露となれそうだった。

「国のために死ねるならそれでいい。
わたしはラブラドのために生きることしか学んでいないんだ」
「、、、そうか、では覚悟!」

殺気を帯びた目。
既に何人もその手にかけ、人を殺めるのになんの抵抗もない目であった。
大義さえあれば、彼は自分の手を汚さなくても人の命を奪える男だった。
彼の道は決して楽な道ではないのだろう。
屍でできた道を一足ごとに己も血潮にまみれさせながら、黒い鷹はひとりで歩む。
この男と出会い、恋をした。
ラズワードの取り巻く世界のすべてが変貌した。
ラブラドには己を憐れむものはいても、以前と同様に王子として扱うものはいなくなった。
この男が望むならば命を与えることも嫌ではないぐらい、彼が与える快楽の全てにおぼれた劇的な一ヶ月だった。
自分を犠牲にして、なんて言葉は途中から当てはまらなくなっていたのだ。
彼に抱かれるのは気持ちの良くて、セレスのため、ジュードのため、ラブラドのため我が身を犠牲にしていることを、完全に忘却していたことも何度もあるのだ。
すべてが蒙昧となり、圧倒的な力でラズワードを征服し、体の芯からとろけさせるオブシディアンに惹かれないではいられなかった。果たして彼を拒める者は、この世にいるのだろうか、まで思うのだ。
ラズワードは目を閉じる。
彼が己の運命だった。

その運命が終わりを告げるならば喜んで従うのだ。
だが、その鈍いろの刃は喉を突くかわりに、空気を切り裂く。まるで、ラズワードにとりついた王家の呪縛を絶ちきり、魔を払うように。
ふわっと前髪が風に巻きあがり、淡いブルーグレイの大きな瞳を顕にする。

「ラブラドの王子のあなたはこれで死んだ!」
ボリビアの王子は、高々とラズワードの死亡宣告をする。
「死、、、」
意味がわからず呆然とラズワードは呟く。
纏いついた血糊を払うように、見えない飛沫をオブシディアンは払い、禍禍しいものを鞘に納める。

そして、オブシディアンは真剣にラズワードを見据えて言った。
「王子でないならわたしの奴隷のように振る舞わなくてよい!
わたしはあなたを自由にするために何年もかけてここまできた。思っていた筋書にはならなかったが、わたしは結果は気に入っている」
彼の目はラズワードを己の網膜に焼き付けた。
「あなたはただのラズだ!
この窮屈なラブラドの金の籠から飛び出して、わたしと一緒に広い世界を見たいとは思わないか?」

自由という言葉が染み入るまで必要なのは、ほんの少しの間。
王子でもなく、奴隷でもなく、この黒き危険な鷹と世界を歩む。
それはラズワードは人生で一度も願ったことがなかった。
王子でないただの一人の男、ラズとしてこの男と歩む別の人生。
国家のしがらみからも逃れて、生きたいままに生きる。
不思議なことに、一度その人生に己の姿を重ねてみると、それ以外の生き方は無いように思われた。
彼は自分を殺し、自分に生を与える運命の男だった。
だから言う。

「わかった。シディ。あなたと一緒に世界を見てあげる!」
その言葉を聞き、笑えるぐらい目に見えて緊張をほどいたオブシディアンに、ラズは身を乗り出してキスをする。
初めてのラズからのキスだった。
甘いのにしょっぱい、涙の味がするキス。


その日、ラズワード王子はボリビアの王子の暗殺に失敗しその場で誅殺された。
ラブラドの第一王子の葬儀は立ち会う人も少なくひっそりとおこなわれる。
その棺に遺体がないことを知るのはさらにごく一部のものだけ。


翌日ボリビアに凱旋帰国の途につくオブシディアン第一王子の横には、美しい金髪のラブラド国人ならではの見目麗しい若者がいる。
二人並んで馬を走らせる姿は、ため息を誘うほど美しいものだった。



第1話  完
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