上 下
12 / 85
第1部 第1話 ボリビア王国とラブラド王国の二人の王子

8-1、勝者の奴隷※

しおりを挟む
ラズワードはベッドに投げ込まれた。
首と腰に幾重にも重ねた宝石の飾りがジャランと擦れ煌めいた。
ま白い羽根布団が抱き止める。

「あなたは、誰だ?」
ボリビアの王子は訊く。
奴隷の娘か、王子か、姫か。
なぜに王子ならば奴隷であると騙したのか。
ここまできたのはラズのためだった。
なのに、感謝されるはずが命を狙われるような状況になっていた。

ラズワードは自分でベールを剥ぎ取った。
顕になった、まさしくオブシディアンの焦がれる娘のその顔は、怒りに真赤だった。

「わたしは第一王子のラズワード」
怒りにその声は震える。
「祭りの奴隷の娘はお前だったのか?まさかわたしは騙されていたのか?すっかり娘と思っていた」
「あなたこそ!あなたがみんなを扇動して、この国を滅ぼそうとしているなんて思いもしなかった!」

オブシディアンは皮肉な状況に顔を歪ませた。
奴隷の娘を解放しようとラブラド国を落とせば、その娘はその国の王子だったなんて思いもしなかった。
娘と思い疑わず、ラズと何度か交わしたキスを思い出す。

「本当にラズは男か?」

片膝をベッドに乗せて、ずいと身をのりだしラズワードとの間合いを計る。
ボリビアの王子のねめつけるような不穏な視線にはっと身の危険を感じ、ラズワードはベッドの上にずり上がった。
身を守るものは宝石以外に何もなかった。

「く、来るな!」
黒い鷹は鼻で笑う。
「先ほど娘が愛を誘うように、指を滑らせて扇情的に誘ったのに?
そんなに肌の透けたあられもない格好をして?」

いわれて、ぎゅっと薄ものを体に寄せる。
征服者の眼の強い光に体がすくんだ。
ギシギシとベットをきしませて追い詰められる。

「あの時の続きをしよう」
「あの時はお忍びの姿であって、わたしは女ではない!」
「愛を交わすのに男も女も変わりはない。女とは快楽と子をなすために行うが、男とするのは、愛と快楽のためだとは思わないか?」
「わたしたちの間には愛なんかないっ」
「なんども熱くキスを交わしたのに?毎年、祭りの日を心待ちにしていたのに?」
責めるように危険な男はいう。
ラズワードは毎年祭りを楽しみにしていた。鷹の面の男と今年も会えるかもと期待をしていたからだ。
それは、淡い恋心のようなものであったが、だからといって、将来他国か自国かの娘と結婚することを止めることとは結び付いていない。
ラブラドの王家の血族を残すことは王子として生まれついた身の定められた使命でもある。

熱く愛しい者を見る目に、ラズワードは固まった。
情交は男女の間だけのものであって、男同士でも愛を交わせるとは想像もしたことがなかったからだ。
ラズワードの顎が捕らえられ、顔が被さる。ふわっと蒸せかえるような男の匂いがしてくらくらする。
押し付けられた唇をラズワードは必死に噛みつけた。眉を寄せ、オブシディアンは離れる。
彼の唇は噛みきられて血がにじんでいた。
拒絶しても押し止められない怒りにラズワードは震えていた。
18年の人生でラズワードが望まないことを本気で無理じいさせる者はいなかった。
危険な時は最後の最後で、影ひなたと控えるジュードが守ってくれた。
その彼もいないのだ。

「殺せ!お、男に犯されるぐらいなら死んだほうがましだ!」

オブシディアンは少し距離をとり、上から眺めた。ラズワードは手負いの子猫のように、怒りながらも恐怖に震えていた。

「あなたは立場がわかっていない。わたしはあなたをこの場で殺すこともできる。
すべて、あなた次第だということが頭に血が登っていてわからないか?」
「い、生きて恥をさらすより死を選ぶ!」
ふうっとため息をつく。
「そうか、そうなればあなたの後を、お守役のあの男にも追わせよう」
「なんだって、、」
ラズの怒りに燃え上がっていた血が一気に凍えた。
それを見て、畳み掛けるようにボルビアの王子はいう。

「あなたが死んでも、状況は変わらない。むしろ、生き恥をさらしてでもわたしを楽しませるほうが、あなたの大事な人や国を救えるかもしれない。そうは思わないか?ラズワード王子、考えよ!」
オブシディアンは己のことばが、ラブラドの王子に染み入るのを待った。

これは取引だった。
ラブラドの運命を握っているのはもはやラブラドの王族ではなくこの東の異国の危険な匂いを漂わせる黒髪の男である。
彼の本意を遂げさせることが、ラズワードの大事な者たちを救うことにつながるといっている。

ラズワードはこんな状況にありながらも、侵略者が何をいわんとしているのか言葉の意味を正確に理解した。
もともと王子には自由がない。
結婚の自由もなく、好きなことができるわけでもない。
ほんの少し羽を伸ばしに王宮を離れるのでも、奴隷の娘といった手の込んだ姿でないと無理であった。
ラズワードがこの世に生を受けたのは、ラブラドの王国のためである。
そのために育てられ、教育されている。
それは自己決定権がないというところで、ラズワードには自由がない。
その生を受けたそのときから、ラブラド王国に使える奴隷であるといっても過言ではないと思うのだ。


敗者は勝者の奴隷となるのは、中原の歴史ではないか?
染み渡るあきらめに抵抗する気力がなくなっていく。

(わたしは王家の奴隷から、彼の奴隷になるだけだ)

ラズワードの体に力が抜けたのを確認して、オブシディアンは重いベルトを片手で外す。黒い服も脱ぎ捨てた。

鍛え上げぬかれた体だった。オブシディアンは男として非常に端麗であった。
女ならば一度は抱かれてみたいと思うような、野性的な体であった。

ラズワードの視線は、この危険な征服者から離せない。

彼に凌辱される運命を受け入れつつも、肉体は拒んでいて、迫る男を離そうと両腕を突っ張らせる。
オブシディアンはその両手首をつかんでベッドに縫い付け、唇を奪う。

有無を言わさず強引な唇。熱い舌がラズワードの舌を探り、絡まり、口内を凌辱する。血の味がした。

「男だとは思わなかったが、それでもかまわない。あなたは?」
「わたしは、あなたを許せない」
「そうか。なら、愛の行為は、あなたを屈服させ従わせる行為にもなりうることを教えよう」

オブシディアンは悲しく笑う。
彼の想い人が望んでいなくても、彼は諦めるつもりはなかった。
もう何年も、娘を開放し、そして自分の腕に抱き締めてすべてを手にいれることを思い続けてきたのだった。
その奴隷の娘はまったく想像もしていなかったラブラドの王族でありしかも男でもあったが、はいそうですかと、ここで止めるような気まぐれな欲望ではなかった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...