樹海の宝石【1】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第2話 アゲート領の白檀

9.大浴場

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ジャンバラヤ族のジャンとシラヤでムハンマド一行をアゲートの街をぐるりと囲う城壁に作られた大きな門まで案内をする。

街に近づくにつれて麦畑がひろがっている。

「これは、、」

門には、きらびやかな衣装をまとっているアゲートの領主が出迎えた。
40代後半ぐらいで、肌に脂がのり血色のよい顔をしている。
横には綺麗に着飾った娘を連れている。
服を着ていてもわかる肉感的な娘だった。

「ようこそ。皆さま。お疲れでしょう。
最近領内で風邪が流行っておりまして、お見苦しいところがあるかもしれません。まずは、我が家でごゆっくりなさってください」

満面の笑顔を浮かべた柔和な丸い顔、丸い体で、領主は馬車に乗り込んだ。

領主とその娘と、ムハンマド一行は大通りを真っ直ぐぬけて大きな城のような邸宅へ吸い込まれていった。




一行の表向きの訪問理由は、王国内視察旅行の一貫で、各地の特産物や政治や人びとの生活状況を視察し領国の政治を評価し、問題があるなら王都に持ちかえり、国をあげて解決案を提示する、というものである。

だいたい数日で終えることが多い。
この視察の評価いかんによっては、王の采配により領主が替わることもあるため、視察という名の接待三昧の物見遊山で終わることも多い。

無駄に贅沢な接待をさせることで領主の溜め込んだお金を消費させて力をそぐ、ということを本当の目的である、としている王子もいる。

通された部屋は領主の邸宅の一角で、庭に面した部屋部屋はいずれも豪華なものだった。

二人ずつ、部屋割りがされる。
王子は特別な一室に、バラーはその隣に。
セシルとリリアスはその隣、5部屋が割り振られた。どの部屋も豪華な造りで、それぞれに奴隷がつく、贅沢な滞在になりそうだった。

着替えを済ませたり、大浴場に入ったり、館を探索したり、街に繰り出したり、各自夕食まで自由行動になる。



リリアスは大浴場のお湯で体を清めることにした。
他のメンバーでは街にでかけたものもいる。

自分付きの奴隷は12才の少年だった。
彼が全てを案内してくれるがリリアスは落ち着かない。
お風呂にも一緒にはいろうとするのを、必死でとめ、外で待ってもらうことにした。

そして、ようやく独りになれた。



大浴場は、中央に大きな浴槽があり湯気があがっていた。驚いたことに、ラモス印の樹海の水を沸かしているという。
浴槽横には一枚に磨かれた石の岩がしかれている。タオルをひいて寝転ぶことができるようだった。

衝立もあり、人目を気にしないで好きなだけ寛ぐことができるようになっている。

オリーブのオイルで作った石鹸で髪を洗い、そのまま頭の上でくるっとだんごにし、湯に浸かるとため息がでるほど気持ちが良かった。


(湯に浸かるのは初めてだ。気持ちが良い)

すくって口をつける。

(樹海の水って言っていたけど本当だ。清浄な感じがする)

リリアスは肩まで湯に沈め、脚と腕を伸ばす。
ぱしゃぱしゃと水を泡立ててみる。
両腕のムハンマドにつけられた蹴りの跡は完治には時間がかかりそうだ。

(こんなに遠くに来てしまった)

樹海の水に包まれると、樹海の木々のざわめきや澄んだ空気、豊富な生き物達に、美しい黄色と茶色の斑な森の友人を思い出す。

鼻まで沈め、過去へ飛ぶ意識を引き戻す。
体はまだ昨日となにも目だって変わった変化があるようには思えなかった。
気になることがざわざわとあった。
それは胸の中に生じていて、正体がはっきりしないもの。

冷たくて、暗い感じがする。

(体をあたためたら、冷たい感じもしなくなるのだろうか)

それに、

(領主と一緒にいた、あの肉感的な女性のように、自分体は女になるんだろうか?)

と胸にさわってみる。

自分で確かめる限り、なんにも変わっていないようだった。

(悩んでもしょうがないんだけど)

大浴場内は適度に蒸気が満ちていて、人の気配はあれども、見えることはない。

湯とは別に、蒸気をおこして満たせるような設計になっている。

リリアスが浸かっていると、何人かがはいっては出たりしていた。
体は熱くゆだってきたが、誰かが近くに入ってくる気配を感じ、体をさらすのが気が引ける。もう少し、と我慢しているうちに意識が遠くなる。

っと引き上げられた。

「ゆでダコになっているコがいると思ったら、リリアス君ではないですか!」

リリアスは湯から引き上げられた。
そのまま担がれ、外に出される。
重いまぶたの隙間から見たのは、白い肌に一面に彫られた複雑な加護模様。

(ノアール?)

タオルにくるまれ、横抱きにされながら運ばれ、寝かされたのはノアールの部屋。

「、、ノアール?気分が悪い、、」

ひんやりしたタオルを頭と眼の上に被せられた。

「ほんとうに、よく死にかける方ですね。このまましばらく横になっていらっしゃい。
驚いておられますか?ここに私がいるのは、言ってませんでしたか?わたしはいつも ムハンマド王子より先を進んでいるのです。それにしても、、」

ノアールはリリアスに軽く薄布をかけた。

「体がしっかりしましたね。
筋肉がちゃんとつきました。ただ、これは駄目です」

腕に触れられる。

「ひどい内出血ではないですか。どうしてこんなことに」

「む、ムハンマドに体術勝負で、、」

「王子とですか!?体術勝負というのもわかりませんが、王子とはうまくいっていないのですか??」

「ぼくは、もう親衛隊の見習いから解任されるんです、、。がんばったんですけど、、。」

「親衛隊って、そんな危険なことを!何をしているのです!
後でムハンマド王子とバラーに確認しておきます」

ノアールはそっとリリアスから離れる。
少し熱が引き、肌の色が戻ってきている。
赤みが引くと、胸と首の赤い所有印が目立つ。

半年ぶりにみるリリアスの黒髪も伸びていた。
ムハンマドに愛されているだろうと容易に想像できる。ノアールが意図した通りに。
が、酷いアザとのギャップに、吟遊詩人は眉を寄せた。

「覚えていますか?
わたしはあなたをムハンマド王子のために諦めましたが、あなたとのんびり過ごす日々も良いと今でも思っているのですよ、、。」

ノアールは額のタオルを冷えたものに取り替えた。

「今夜、盛大な歓迎パーティーがあり、私も呼ばれています。
何か歌を歌おうと思うのですが、リリアス君もでますか?
むさ苦しいことばかりだったでしょう。優雅な世界に少し戻ってきなさい」

それもいいかも、とリリアスは半ば朦朧とした意識のなか思ったのであった。
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