樹海の宝石【1】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第2部 砂漠の王者 第1話 あなたの奴隷

4 .体術勝負

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バラモンの体術の勝負は、相手の背中を地面につける、相手の体をひっくり返す、参りました、と言わせることで勝負が決まる。

決まるまでは、蹴り、つき、払い、パンチなど何でもありである。

勝負の場は、オアシスの泉のほとり、緑の芝がはえた平坦な所が選ばれた。

ムハンマドは肩あても胸あてもとって生身である。
リリアスは手と脛に、ガードをした。
リリアスは片足をひき、少し腰を落とす。前後左右に機敏に動ける基本姿勢のひとつだ。

ムハンマドはたいして構えもせず、ずばっと蹴りをいれてきた。

リリアスは最初の一撃を両腕でかばい、吹っ飛ばされるが、バランスを崩さず踏みとどまる。
すぐに、もうひとつ飛んでくる。

二度めの蹴りをリリアスはかがんでかわす。
そして、横にでんぐり返ってムハンマドとの距離をとる。
すかさず、相手の地面ギリギリを狙う足払いを、みずから回転しながら、左右の足を変えてくり出す。

これにはたまらずムハンマドも距離を置いた。そこへリリアスは矢のようにまっすぐ、体当たりをかける。

後ろに下がる力を利用して、そのまま押し倒す算段だ。
ムハンマドはひょいと体をかわし、バランスを失った。

倒れる!とリリアスは衝撃を覚悟する。

ムハンマドの片腕が残っていてリリアスの体を抱き止めて、前のめりに倒れる力をうまく回転させて受け流す。

「はあっ」リリアスは片腕で支えられていた。

そのままムハンマドは、リリアスと視線を絡ませて動きを封じながら、褥に寝かせるように、その体をふわっと地面に寝かせる。

背中がついて、勝負がきまった。

「い、一本。勝負あり」

と親衛隊のリーダー格のアリがいう。

誰も見ていなければムハンマドはそのまま、顔を上気させて荒い息に胸を上下させているリリアスの唇を奪っていただろう。

勝負にこんな甘い決め方があるのを、セシルは初めて知った。

名残惜しそうな顔をムハンマドする。

「すまない、大丈夫だったか?
足業からの連携は良かったが、工夫がないな。読まれる 」

リリアスは引っ張り起こされた。
最初に受けた一撃で両腕がひどく痛む。

傷つけるな、なんていっておきながらムハンマド自身が蹴りをいれてくるなんて、とあまり馴染みのない怒りがリリアスに沸き上がった。

(僕の両腕折る勢いだった!!)

「もうひと勝負を願えますか!
体格差で体術は不利。バード!剣を!」

バードは歯をこぼした練習用の細身の剣を投げてよこす。
ムハンマドは自分から練習用の剣を取りにいき、握り心地を確かめた。

「剣なら良い勝負ができるというなら、剣術勝負もやるか?」

リリアスは胸に渦巻く怒りを、目を閉じて呼吸にのせて細くはきだしていく。
怒りは我を失わせる。
周りが見えなくなり、聞こえなくなり、感じられなくなる。

変わりに周囲に集中する。

オアシスの水で水浴びする小鳥の羽音、甲虫の羽音。
午後のまったりしたかぜが草木をゆらしている。

ムハンマドはリリアスが呼吸が鎮め、目を開けて、まっすぐ自分を見るのを待った。
そして、背中に思いがけない緊張が走る。
原始的な緊張感だと悟る。
危険なものを事前に察知し、それを避けることで命をつないでいた太古の祖先たちの記憶、、。

(空気が変わった。これは、、)

ムハンマドには覚えがあった。
これは、リリアスが場を支配するときの感じに似ていた。

エディンバラで初めて会った夜に、舞姫が現れた。
鈴をシャランと鳴らして。
あの時、既にムハンマドの心は舞姫にからめとられ奪われてしまったのだと思う。

同じ場をリリアスは作りだそうとしていた。

螺旋を大きくえがきながらリリアスはレイピアを斜めにふり下ろす。
ムハンマドは剣で庇いながら蛇のようにくねりながら下ろされる刃を流す。

キイインと金属が擦れる高音が場を浄化する。

パシリッ。

剣が流した先の地面が触れもしないのに軽く衝撃を受けていた。

(これは風か!)

ムハンマドが理解する前に、リリアスの回し蹴りが顎をねらって飛んでくる。

腕で防ごうと構えるが、リリアスの足はその上を越える。
常人では想定できない柔軟がリリアスにはあった。
加護紋様を手首の鈴をならすことなく、体をゆらめかせくねらせ、そらせ、視線を絡ませながら、体現させてゆく、美しき舞姫ーー。

「ムハンマド!」

それまで面白く成り行きを楽しんでいたバラーが、ムハンマドの異変を察知して鋭い声をかける。

廻し蹴りはかわされるのが前提で、本命は次の胴体を狙う剣。

ガキッ。

今度は鈍い音が落ちる。
再び、リリアスの呼吸は乱れていた。

力では押し負ける!!
瞬時に判断し、ムハンマドが押し反す力を利用して、今度は逆回転に後ろ回し蹴りを顎に狙う。

今度はムハンマドは防がずリリアスの足首を捉え、そのまま引く。

リリアスは予想外な動きにバランスを失い、そのままくるりとムハンマドに抱かれる。
リリアスは剣を取り落とし、ムハンマドは自ら剣を落としている。

リリアスは勝負に負けたことを悟った。
悔しかった。
悔し涙がじわっとあふれる。

ムハンマドに対しては、感情の起伏を押さえられず、自分でも戸惑うことがある。
まるで駄々をこねる子供のようだと思った。

まだまだ一人前には程遠い。

ムハンマドはその様子をみてひどく満足げだった。
リリアスの耳元にささやく。

「お前に剣をもたせたら危険だな。
閨ではお前の足業に注意をするとしよう。今夜来い」

リリアスの他に聞こえたのは風の加護をもつバードだけだった。




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