樹海の宝石【1】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3話 精霊の力

26.樹海の秘宝

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エディンバラの広場は、多くの避難者と救護支援者で公的避難所と化していた。

幸いムハンマドの私兵が近くに駐留していたため、テントの設営、救急医療の提供が速やかであり、感謝と称賛を集めていた。

火災の後処理班として残った10名は救援活動を表す黄色い腕章を、医療に従事するものは白地に赤いラインの腕章を付けている。

軍隊は災害時には、バラモン国民の生活を助ける活動を行うことも多い。

パリスとの緊張関係も緩まり、昨夜の奇蹟の雨で、少しオアシスの水が復活している。

それはまた数日内に底をつくかもしれないが、隣国パリスからの一週間分の水の救援支援があるとの確かな筋からの情報が街中に広がっていて、悲惨な焼け跡と家を失った人達と、怪我人が出ながらも、全体としてはどこか明るい雰囲気がある。

火事は火元となり亡くなった老夫婦の、火の不始末が原因と結論付けられていた。


救急医療の現場で、甘いマスクの男が火傷の手当てをしていた。
白いハンカチを腕に巻いている。

ノアールだ。

今日は医者として活動している。
彼の前には、小さな火傷を見てもらおうと、老若男女が列を作っていた。
特に女性が多い。
赤い鼻をしたバラーが後ろから声をかけた。女物の薄物は、既にまともな服に着替えている。

今日は誰も赤い胸当て、肩当てをしていない。

「えらい盛況だな。そのエキスはなんだ?」

「ラベンダー蒸溜水です。綺麗に火脹れが治りますよ、バラー様もいかがですか?
ほてった日焼け肌にも良いですし、多すぎるのは鎮め、少なすぎるのは増やす、そういうバランスをとってくれる、優れもののハーブなのですよ。安眠もできます」

ちょんちょんと浸したガーゼを鼻の上につけられて、バラーは顔をしかめた。

「くっさ。いまさら顔に傷が増えても、誰も困らん。夜もよく眠れている」

ノアールは立ちあがり、お客に休憩を告げる。
ええ~と残念そうな声が上がると、ごめんね、とウィンクする。

「お前が臭いわっ」

バラーは毒づいた。
ノアールは気にもしない。

「ムハンマド様がわたしをお呼びですか?」
「ああ。お嬢ちゃんの様子がおかしいそうだ」


ムハンマドは広場の近くに別に部屋を借りていた。

ノアールは遠慮なく入っていくと、そこには青い顔をして横になる少年と、そばには赤茶の髪のムハンマドがいた。

王子と少年の組合わせに、ノアールはデジャブと軽い目眩を覚えた。

「リリアスがあの雨の後に倒れた。体が冷たい。意識が戻らない」

ノアールはリリアスの体に触れる。

「本当に、手間のかかる子ですね」

ムハンマドは眉をあげる。

「以前もこの子は倒れたのか?
深刻な病気があるのか?」

「数日前、死にかけていました。
空気も水もきれいな樹海から出て、わたしたちの汚れた世界に拒絶反応がでて、食事も取れずにいました。
もう随分前のようです」

「また、拒絶反応なのか?」

「あの時は、ルージュ王子が身を呈して助けてくださいました。これはあの時とは違うような、、」

含みのある言い方に、ムハンマドは眉を寄せる。

ノアールは固く目を閉じているリリアスのおでこにキスをする。
ノアールが触れて、加護紋様が浮かび上がるが、以前より輝きが失せているように思えた。

そばの王子のむっとする気配はさらりと無視する。

「昨晩の奇蹟の雨と関係があるなら、力を使い過ぎてしまった、というところでしょうか」

ノアールはさりげなくリリアスの手をにぎる。

「あれだけの雨を降らせることができる加護持ちを聞いたことがありません。
水だけでなく、空、風など複数加護の力を同時に使ったのでしょう。
普通に考えて、消耗します。このままでは死んでしまうかもしれません」

「助けられるか」

ムハンマドは低い声でいう。

「恐らく簡単ですよ。
彼に樹海の水でも飲ませて、冷えた体と心を温めると良いでしょう」

「水はラモス印の樹海の水を用意させている。後は温めれば良いのだな。私がする」


(同じような状況、二人の王子。
ふたつの性別。色々揃いますね)
ノアールは思う。

「王子、樹海の秘宝の伝説はご存知ですか?」

「、、知らん。いや聞いたことがあるか?樹海の奥つ城の古の秘宝を手に入れれば、世界の覇者にもなれるという?
それが?」

「秘宝とはリリアスのことかもしれません」

「こいつの美しさは、誰からも隠しておきたい宝のようではあるな」

「彼を得るのです。わたしはあなたの物語を歌いたい。私の王」
ノアールは妖しく言う。

ムハンマドは目線で退席を促し、ノアールは一礼して退いた。


リリアスは真っ暗な中、凍えていた。

緊急時とはいえ、空の精霊に、水の精霊に強引に命令したのだ。

精霊は命令するものではなく、愛を持って、背中を押させてくれるようにそっとお願いをするもの。

精霊の自然の力と自分の願いのベクトルが揃えば、豊かな力をいつでも貸してくれる。
誰にでもできるはずだが、見ようとせず、お願いしようとする人は驚くほど少ない。

精霊はリリアスに応えてくれたが、その反動は大きかった。
逆風に向かって全力疾走を強いられた消耗感。疲労感。

無理やり働かされた精霊たちの感覚はこういう感じなのかも知れなかった。

(寒い、、誰か、、シャー、、ルージュ、、)

(僕はもうひとつ、しなければならない。地下水脈の石を、、)

温かな肌がリリアスに触れた。

髪をすかされそのまま頭ごと包まれる。
動かせない腕がはさみこまれる。

氷のように冷たく感覚を失っている指が、固くて熱いものに握られる。
強ばった頬が、胸が、腹が、脚がしっとりとしてあたたかで豊かな肌に抱き締められる。

心地よさに心引かれて、鼻をすり付ける。ムスクの香りで胸が一杯になる。

(ルージュ、、)

優しく包む腕や肌はルージュしか知らない。
いつも困ったときに抱き留めてくれる腕はルージュだ。
僕の金茶のシャー。

(好き、もっと強く、、)

ふと、違和感を感じる。
その正体を確かめようと重いまぶたを引き揚げようとする。
すると、まぶたに柔らかい何かが押し当てられた。
ふわっと軽く明るい紋様が、脈絡のない夢をみているリリアスの頭に広がる。

きれいだった。

がくがくと強ばった腕を回して抱きついてくるのにムハンマドは任せる。

女にされるといつもは振り払いたくなったものだが、リリアスにされるのは嫌ではないのが不思議である。

リリアスと触れ合う全身から、心を冷やす何かが染み入ってくるが、逆に温めて返してやる。

「昨夜の雨はお前がやったことなのか?
お前は樹海の秘宝とみなされれば、お前を巡って大変なことになるぞ。
ご大層な、世界の覇者になれるという飾り言葉がついているからな。
その飾り言葉だけで人が動く。
かつて、樹海に大勢の輩が探索隊を出したようにな。
お前の青二才のご主人さまはお前を守れるのか?」

(まだ早い。眠りなさい。私の舞姫)
ムハンマドは横になった。
そして、少年が体を押し付けてくるのに任せた。
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