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第2話 辺境の街 エディンバラ
8.穢れた世界
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エディンバラはたいそう賑わっていた。
ここからだと、パリス国の国境も目と鼻の先である。
ただ、約定の少年の体調がいっこうに良くならないのがルージュの逸る心を踏みとどまらせる。
日に日に悪くなっているようだ。
生まれ落ちてから神殿の祈りと清浄な樹海の空気と水で隔絶されて育ったものには、何もかも違いすぎているのだろう。平坦な道でさえも道酔いをしていた。
宿で食事を摂れば、二回に一度はもどしていた。
彼は樹海を出たがったが、外では生きられない体なのかもしれない、とルージュは哀れに思った。期せずして、彼の自殺の手助けをすることになるというのか?
元気な黒曜石の瞳に自分の姿をうつしてみたい、と思う。
まずは休める宿を、そして医者を探そう。
気分が悪くて、胃のなかをひっくり返した。
少しはましになるが、次の不意うちで訪れる不快の波が恐ろしい。
初めはただの石の道だった。道酔いというのか?
食事は肉類が全く受けつけなかった。肉を食べて、悲しくなることは今までになかったのに。
宿屋や食事どころの女たちの笑い声は頭にガンガン響いた。耳障りで、笑い声なのに悲鳴のようだった。
僕はどうしたのだろう、このまま死ぬのかもしれない。
あっけなくて悲しくてほろほろと涙が流れる。
プロトタイプは神に愛されているのではないのか。望むならば世界の覇者にもなれるのではないのか?
お母さま、お姉さま。
何より金茶の毛並みが恋しい。
両手を伸ばすと、自由の効かないからだごと抱き締められた。
手を伸ばす度に、必ず応えてくれる存在。
あたたかな体だった。
「大丈夫か?水は飲めるか?」
首を力なくふる。何もいらない。
水は腐ったゴミのような臭いがする。
「これは樹海側で採集された涌き水だそうだ、
えらい人気だな。ラモス商人も販売しているそうだ。これなら飲めるだろう?」
何かが唇をふさいだ。冷たい水が口内を満たし、喉を流れ、荒れた胃の熱を冷やした。
もっと。下顎を突き出だす。
リリアスの望みはすぐさま叶えられる。
「早く元気になれ。おまえに世界をみせてやりたい」
重ねた唇が離れ、閉じられたまぶたの上に落とされた。
「食事も水も喉を通らない、樹海の側で採取されたというその水だけしか受け付けないという事ですか」
医者はルージュから話を聞き終わると、リリアスの顔色を診、口の中を確認し、ルージュがいるのにも関わらず衣服を緩めて心音、胃の張り具合い、お腹の固さなどを慣れた手つきで確認していく。
彼は医者にしては若い。30代ぐらいだろう。
宿屋の亭主に聞くと、あんたは運がいいと前置きして教えてくれたのが、彼である。
旅の吟遊詩人であり、医者でもあるという。
地方に散らばる伝承を集め、ついでに医療も勉強しているのだという。
裏付に関係のなさそうな老人に訊いても同じ答えだったので、ひとまず診てもらうことにしたのだ。
「樹海の水だけ飲める、、」
ルージュはすべてを教えはしない。
リリアスが連れ出した樹海の民であることは秘密にしている。
ひととおり診て、ノアールは目を細め嘆息した。
「なんと珍しく美しい、、、精霊の加護付きだ。普通は外側にひとつ、人為的に描くのに、体の内側に、火、水、土、風、空が全て刻まれている??」
リリアスの頬に、まぶたに、おでこに、手をかざすと、次々と異なる紋様が肌の奥から浮き上がっては霧散する。
ルージュには覚えがあった。樹海の民と別れを交わした時に浮かび上がってきたのと同様のものだ。
ノアールの体にはいくつも刺青が彫ってあった。通常の理りとは異なる理由で彫ったのだろう。
「、、、加護付きなのに、この状態なのは何故なんだ?」
「火、水、土、風、それぞれの加護が強すぎて、穢れをはねのけてしまうのかもしれないな。世界は人の哀れな営みのために、土も水も汚れているからね。そんなことがあるのは聞いたことがないけど、現に彼は苦しんでいる」
ノアールは再度リリアスの胸を開けて、手をそっとおく。
すると別の紋様が浮かび上がり消える。
その場所は神の加護だという。
ノアールは驚嘆した。
「美しいね。いや、美しすぎる。彼がいままでどんなきれいな大地で生きてきたかは訊かないが、このまま死なすのは惜しい」
ノアールは伝えた。
望みがあるのかないのか、ルージュは訊かずにはいられない。
「どうすれば助けられるのか」
「、、、それは簡単かもしれません」
やぶ医者だと警笛がなった。
皆が食べられるものが食べられない、飲めない、息ができない彼を助けるのに、簡単な方法があるとは思えなかった。
吟遊詩人は静かに言った。
「内側に輝く加護を持つ彼を、内側から汚すのです!
穢れた世界とのバランスを取らせるのです」
ここからだと、パリス国の国境も目と鼻の先である。
ただ、約定の少年の体調がいっこうに良くならないのがルージュの逸る心を踏みとどまらせる。
日に日に悪くなっているようだ。
生まれ落ちてから神殿の祈りと清浄な樹海の空気と水で隔絶されて育ったものには、何もかも違いすぎているのだろう。平坦な道でさえも道酔いをしていた。
宿で食事を摂れば、二回に一度はもどしていた。
彼は樹海を出たがったが、外では生きられない体なのかもしれない、とルージュは哀れに思った。期せずして、彼の自殺の手助けをすることになるというのか?
元気な黒曜石の瞳に自分の姿をうつしてみたい、と思う。
まずは休める宿を、そして医者を探そう。
気分が悪くて、胃のなかをひっくり返した。
少しはましになるが、次の不意うちで訪れる不快の波が恐ろしい。
初めはただの石の道だった。道酔いというのか?
食事は肉類が全く受けつけなかった。肉を食べて、悲しくなることは今までになかったのに。
宿屋や食事どころの女たちの笑い声は頭にガンガン響いた。耳障りで、笑い声なのに悲鳴のようだった。
僕はどうしたのだろう、このまま死ぬのかもしれない。
あっけなくて悲しくてほろほろと涙が流れる。
プロトタイプは神に愛されているのではないのか。望むならば世界の覇者にもなれるのではないのか?
お母さま、お姉さま。
何より金茶の毛並みが恋しい。
両手を伸ばすと、自由の効かないからだごと抱き締められた。
手を伸ばす度に、必ず応えてくれる存在。
あたたかな体だった。
「大丈夫か?水は飲めるか?」
首を力なくふる。何もいらない。
水は腐ったゴミのような臭いがする。
「これは樹海側で採集された涌き水だそうだ、
えらい人気だな。ラモス商人も販売しているそうだ。これなら飲めるだろう?」
何かが唇をふさいだ。冷たい水が口内を満たし、喉を流れ、荒れた胃の熱を冷やした。
もっと。下顎を突き出だす。
リリアスの望みはすぐさま叶えられる。
「早く元気になれ。おまえに世界をみせてやりたい」
重ねた唇が離れ、閉じられたまぶたの上に落とされた。
「食事も水も喉を通らない、樹海の側で採取されたというその水だけしか受け付けないという事ですか」
医者はルージュから話を聞き終わると、リリアスの顔色を診、口の中を確認し、ルージュがいるのにも関わらず衣服を緩めて心音、胃の張り具合い、お腹の固さなどを慣れた手つきで確認していく。
彼は医者にしては若い。30代ぐらいだろう。
宿屋の亭主に聞くと、あんたは運がいいと前置きして教えてくれたのが、彼である。
旅の吟遊詩人であり、医者でもあるという。
地方に散らばる伝承を集め、ついでに医療も勉強しているのだという。
裏付に関係のなさそうな老人に訊いても同じ答えだったので、ひとまず診てもらうことにしたのだ。
「樹海の水だけ飲める、、」
ルージュはすべてを教えはしない。
リリアスが連れ出した樹海の民であることは秘密にしている。
ひととおり診て、ノアールは目を細め嘆息した。
「なんと珍しく美しい、、、精霊の加護付きだ。普通は外側にひとつ、人為的に描くのに、体の内側に、火、水、土、風、空が全て刻まれている??」
リリアスの頬に、まぶたに、おでこに、手をかざすと、次々と異なる紋様が肌の奥から浮き上がっては霧散する。
ルージュには覚えがあった。樹海の民と別れを交わした時に浮かび上がってきたのと同様のものだ。
ノアールの体にはいくつも刺青が彫ってあった。通常の理りとは異なる理由で彫ったのだろう。
「、、、加護付きなのに、この状態なのは何故なんだ?」
「火、水、土、風、それぞれの加護が強すぎて、穢れをはねのけてしまうのかもしれないな。世界は人の哀れな営みのために、土も水も汚れているからね。そんなことがあるのは聞いたことがないけど、現に彼は苦しんでいる」
ノアールは再度リリアスの胸を開けて、手をそっとおく。
すると別の紋様が浮かび上がり消える。
その場所は神の加護だという。
ノアールは驚嘆した。
「美しいね。いや、美しすぎる。彼がいままでどんなきれいな大地で生きてきたかは訊かないが、このまま死なすのは惜しい」
ノアールは伝えた。
望みがあるのかないのか、ルージュは訊かずにはいられない。
「どうすれば助けられるのか」
「、、、それは簡単かもしれません」
やぶ医者だと警笛がなった。
皆が食べられるものが食べられない、飲めない、息ができない彼を助けるのに、簡単な方法があるとは思えなかった。
吟遊詩人は静かに言った。
「内側に輝く加護を持つ彼を、内側から汚すのです!
穢れた世界とのバランスを取らせるのです」
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