樹海の宝石【1】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第1部 樹海の少年 第1話 樹海の少年

5.旅立ちの夜(第1話完)

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約定により世代交代の貢ぎものが交わされた夜、リリアスは樹海から自由になった。
父、母、兄、おじさん、おばさん、、、次々と別れの抱擁と短い別れの言葉をかわす。
亡くなった仲間が、大地に還るときとおんなじだと、リリアスは思う。

この地から出ることは、残される彼らにとっては永遠の別れ、今生の別れに等しいのだ。
残されるものの寂しさを感じて、後ろ暗く感じはするが、旅立つリリアスはこれから待ち受ける冒険に胸が高鳴った。
きっと、この森を出たものはみんなそうだったに違いないと思う。

「精霊が御守りくださいますように」
「いかなる時でもあなたの道が愛に満たされますように」

額に、ほほに、顎に、まぶたの上に、手のひらに、キスをする。
彼らがキスをすると、ふわっと紋様がリリアスの皮膚表面から浮き上がり、霧散する。

別れに立ち会うともなく眺めていたルージュは、キスで現れる紋様に興味がいく。

よく見ると、樹海の民の手やほほや額には、それぞれの紋様が刺青されており、まぶたやほほにキスをすれば、その体の紋様と同じ絵柄が呪文のように浮かぶのだ。

(樹海の民は精霊の加護を持つと言うが関係があるのか?こいつの体にも??)

泉で水浴びをしていたときの、少年の全裸を思い出す。
思い当たる刺青はどこにもなかったように思う。

樹海と外界への境界までは、金茶の美しい豹がリリアスに連れ添った。
毛皮の美しさで乱獲され、絶滅危惧種に指定されている豹だ。
樹海でしか生きられないに違いなかった。歩くとしなやかに揺れる肢体が、野生の躍動感を感じさせる。

(いくのですね、リリアス)
毛皮と同じ金茶の瞳に黒い星を写した。
(ごめん、僕は行く。ほんとうにごめんなさい。また会える)
(あなたが困ったとき、助けに行く)
(ありがとう、シャー。僕の兄弟)

すりっと頬をすりつけて、シャーはルージュを一瞥し、森の闇に紛れていく。


リリアスたちは森の終着点にいた。
何か、見えない壁があるかのように境界があった。
15年の人生でここまでたどり着いたことはない。
夜の月あかりのなかで、遠く街の明かりがちらほらと瞬いている。森の一段と暗い闇がある。
樹海の森とは比べ物にならないぐらい、小さな森だった。

境界を越える。
厚い空気の層がリリアスにまとわりつくが、拒絶の意思は感じられず、もう一歩進めると抜けたとわかる。
横に歩む王子を見ると、一瞬顔をしかめていて、ふっと息をはいた。

「これからどこへ?」

リリアスは期待を込めてきいた。
少年らしく冒険に憧れはしても、彼は赤子も同然で、金茶の王子の側にいればひとまずは安心のように思えた。

「街へ行くが、ここが何処だかわからない。あんまり動き回りたくはないが、ひとまず宿だな」

ちらりとルージュは少年をみる。
弾む息をしていて、彼の夢がかなった喜びが伝わってくる。
少年との約束は果たされた。

これでこの黒髪の少年と別れると思うと、せいせいするような、寂しいような気もする。

もう少し、彼が世界をみるのに付き合ってやるのも面白いかも。退屈な世界が少しは変わるかもしれないと思う。

とんだ茶番に付き合わされたと思う。
兄王子の代替りのための、形骸化している約定を形ばかり果たすため、4日も無駄にしたのだ。

「仲間と合流する。皆首を長くして待っている。お前も来るか?」

少年のキラキラした笑顔が答えだった。



第一話完
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