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第1部 樹海の少年 第1話 樹海の少年
2.取引
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パリスの王子、ルージュはまたひとつため息をついた。
茶金に輝く髪を後ろでむぞうさに束ねた、美しい顔立ちの青年だ。
深い青銀の瞳が、隠しきれない苛立ちとあきらめでゆらめいている。
既に出立してから4日。
緑深き原始の姿を留める森は、いっこうにその秘められた最奥の神殿への道を示さない。
獣道さえも途切れがちだ。
人を遠ざける呪いのせいか、同じところをぐるぐると回っている気がするのは、気のせいではないだろう。
容易にたどり着けないからこそ、人は想像を際限なく膨らませられる。
古代の秘宝があるなどと。
秘宝とは何か?
古代の失われた魔法や、建築技術、機械技術、耕作技術や灌漑技術、等と言われている。
パリスの王を継ぐ者は、代々秘宝を授かり、パリス国を発展させたという。
、、、眉唾ものだ。
ルージュは、今もなお秘宝が存在するとは信じていない。
既にかつての技術や魔法は暴かれ、たゆみのない技術の研鑽の上になりたった、現代技術によって上書きされ、もう学びとることはないと思っている。
獣道が、いきなり拡がる。
午後の気だるい日を照りかえして燦然と輝くみどりの泉が現れる。
その泉をみるのが何度目かでも、ルージュは森の奥深くに隠された泉の美しさ、清々しさに目を見張る。
そもそもここは奥深くでもないかもしれない、とも思う。
入り口付近をぐるぐるとまじないにより巡らされていることは否定できなかった。
ここで、ルージュの一日は終わるのだ。
今日も無駄な探索だった。
途中にとらえた兎と非常食の乾し飯が、今日の夕食だ。
明日で適当に宝を見繕って帰ろうか、とも思う。
樹海の麓の街に残してきた仲間二人を思った。
今日は泉はいつになく煌めいていた。
何かが違う。
意識せず、ルージュは足音を潜ませ、息を止め、森の木に体を同化させる。
獲物を見つけた狩人のように。
森に踏み入れて、何かしらのあやしい気配を感じることがあるとはいえ、はっきりとその姿をとらえたことはなかった。
泉には先客がいた。
短めの黒い髪。
白い肌を水滴に煌めかせて、水浴びをしている。
子供だった。12、3ぐらいと思った。
遠目ながら、扁平な胸をみて、男の子だとわかる。
ルージュはなぜかがっかりする。
そもそも、こんな怪しげな森に女子などひとりで水浴びをしているはずもなく、男の子でさえも、この魔法の宿る森の中ならば人ならざる可能性もありえなくもない。
涼しげに手水で体を流していた少年は、視線を感じたのか振り返り、二人の視線がすぐに絡まった。
縦糸と横糸が期せずして絡まりあって、一瞬のうちに天上人が織り成すタペストリーに、織り込まれたような感じだ、とルージュは思った。
隠しもせずそのまま、泉の少年は満足する限り水浴びをやりきった。
パシャパシャと水をかきわけながら、岸に上がる。
ルージュのすぐそばに置いていた衣服を手に取った。髪や肌にしたたる水気を、猫のように振り払う。
下履きをはく。真白い上半身はさらしたまま。
羞恥を感じるには彼は人を知らない。
15という年の割りに幼い。
「やっと出会えた。侵入者」
そういうとその少年は間を空ける。
返事を待っているということに気がつくまでに、時間がかってしまった。
「君は、人か?」
「もちろん人だよ。尻尾もないよ」
ルージュは少年の黒曜石のような瞳にじっと見つめられた。
胸の中で、チリチリと何かが警告していた。
王族の一員であるルージュの中の、古き血が、何かを期待してざわめいている。
「あなたこそ、人?それとも神さま?」
少年は黒曜石の瞳を期待に煌めかせている。
「パリスの第二王子ルージュ。
古からの約定により樹海の宝をもらい受けにきた。奥つ城の神殿に行き、神官長と話をしたい。
脅かすものはなにもない。伴は街に残し、わたしは一人だ」
ルージュは言った。
彼は、少年をこの神秘の森の奥つ城からの使者だと判断した。
もう4日も無駄に歩いている。
金輪際、ぐるぐる魔法の匂いのする妖しい森をさ迷うのはごめんだった。
断られたら、人質にしてでも口を割らせようと思う。
ブーツの底にナイフを隠し持っている。
黒髪の少年はこの膠着状態を打開する千載一遇のチャンスに違いなかった。
不穏な気配にも動じず、リリアスは真正面から向き合った。
滴をほほに垂らす黒い髪は艶やかで、世界を知らない夜の瞳は、宝石のようで美しい。
少年はまだ若く、自分の価値を知らなすぎるのだけど。
「僕をここから連れ出してくれる?」
リリアスの声は、押さえた期待でかすれる。
名乗られたのに自分の名前を名乗らない無礼にも気がつかなかった。
名乗りあう必要性が、彼の人生においてなかったからだ。
リリアスは、物ごころついたころから、世界へ出ることを望んできた。
樹海は中へ入ることを拒むのと同時に、自分の物を頑なに逃がそうとはしなかった。
いづれも、協力者が必要だった。
内へは、樹海の一部から。
外へは、外の世界の一部から。
「了解した」
青年と少年の取引が成立した。
茶金に輝く髪を後ろでむぞうさに束ねた、美しい顔立ちの青年だ。
深い青銀の瞳が、隠しきれない苛立ちとあきらめでゆらめいている。
既に出立してから4日。
緑深き原始の姿を留める森は、いっこうにその秘められた最奥の神殿への道を示さない。
獣道さえも途切れがちだ。
人を遠ざける呪いのせいか、同じところをぐるぐると回っている気がするのは、気のせいではないだろう。
容易にたどり着けないからこそ、人は想像を際限なく膨らませられる。
古代の秘宝があるなどと。
秘宝とは何か?
古代の失われた魔法や、建築技術、機械技術、耕作技術や灌漑技術、等と言われている。
パリスの王を継ぐ者は、代々秘宝を授かり、パリス国を発展させたという。
、、、眉唾ものだ。
ルージュは、今もなお秘宝が存在するとは信じていない。
既にかつての技術や魔法は暴かれ、たゆみのない技術の研鑽の上になりたった、現代技術によって上書きされ、もう学びとることはないと思っている。
獣道が、いきなり拡がる。
午後の気だるい日を照りかえして燦然と輝くみどりの泉が現れる。
その泉をみるのが何度目かでも、ルージュは森の奥深くに隠された泉の美しさ、清々しさに目を見張る。
そもそもここは奥深くでもないかもしれない、とも思う。
入り口付近をぐるぐるとまじないにより巡らされていることは否定できなかった。
ここで、ルージュの一日は終わるのだ。
今日も無駄な探索だった。
途中にとらえた兎と非常食の乾し飯が、今日の夕食だ。
明日で適当に宝を見繕って帰ろうか、とも思う。
樹海の麓の街に残してきた仲間二人を思った。
今日は泉はいつになく煌めいていた。
何かが違う。
意識せず、ルージュは足音を潜ませ、息を止め、森の木に体を同化させる。
獲物を見つけた狩人のように。
森に踏み入れて、何かしらのあやしい気配を感じることがあるとはいえ、はっきりとその姿をとらえたことはなかった。
泉には先客がいた。
短めの黒い髪。
白い肌を水滴に煌めかせて、水浴びをしている。
子供だった。12、3ぐらいと思った。
遠目ながら、扁平な胸をみて、男の子だとわかる。
ルージュはなぜかがっかりする。
そもそも、こんな怪しげな森に女子などひとりで水浴びをしているはずもなく、男の子でさえも、この魔法の宿る森の中ならば人ならざる可能性もありえなくもない。
涼しげに手水で体を流していた少年は、視線を感じたのか振り返り、二人の視線がすぐに絡まった。
縦糸と横糸が期せずして絡まりあって、一瞬のうちに天上人が織り成すタペストリーに、織り込まれたような感じだ、とルージュは思った。
隠しもせずそのまま、泉の少年は満足する限り水浴びをやりきった。
パシャパシャと水をかきわけながら、岸に上がる。
ルージュのすぐそばに置いていた衣服を手に取った。髪や肌にしたたる水気を、猫のように振り払う。
下履きをはく。真白い上半身はさらしたまま。
羞恥を感じるには彼は人を知らない。
15という年の割りに幼い。
「やっと出会えた。侵入者」
そういうとその少年は間を空ける。
返事を待っているということに気がつくまでに、時間がかってしまった。
「君は、人か?」
「もちろん人だよ。尻尾もないよ」
ルージュは少年の黒曜石のような瞳にじっと見つめられた。
胸の中で、チリチリと何かが警告していた。
王族の一員であるルージュの中の、古き血が、何かを期待してざわめいている。
「あなたこそ、人?それとも神さま?」
少年は黒曜石の瞳を期待に煌めかせている。
「パリスの第二王子ルージュ。
古からの約定により樹海の宝をもらい受けにきた。奥つ城の神殿に行き、神官長と話をしたい。
脅かすものはなにもない。伴は街に残し、わたしは一人だ」
ルージュは言った。
彼は、少年をこの神秘の森の奥つ城からの使者だと判断した。
もう4日も無駄に歩いている。
金輪際、ぐるぐる魔法の匂いのする妖しい森をさ迷うのはごめんだった。
断られたら、人質にしてでも口を割らせようと思う。
ブーツの底にナイフを隠し持っている。
黒髪の少年はこの膠着状態を打開する千載一遇のチャンスに違いなかった。
不穏な気配にも動じず、リリアスは真正面から向き合った。
滴をほほに垂らす黒い髪は艶やかで、世界を知らない夜の瞳は、宝石のようで美しい。
少年はまだ若く、自分の価値を知らなすぎるのだけど。
「僕をここから連れ出してくれる?」
リリアスの声は、押さえた期待でかすれる。
名乗られたのに自分の名前を名乗らない無礼にも気がつかなかった。
名乗りあう必要性が、彼の人生においてなかったからだ。
リリアスは、物ごころついたころから、世界へ出ることを望んできた。
樹海は中へ入ることを拒むのと同時に、自分の物を頑なに逃がそうとはしなかった。
いづれも、協力者が必要だった。
内へは、樹海の一部から。
外へは、外の世界の一部から。
「了解した」
青年と少年の取引が成立した。
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