女王の剣と旅の騎士

阿部敏丈

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第四話 竜の一撃と私掠船

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第四話 竜の一撃と私掠船

ユスター暦 1485年8月24日 7:00

「起きろアラン 手伝え」シュウがアランの部屋のドアを叩く。
「ハイ~ィ」アランが驚いて飛び起きる。部屋から出て廊下の窓から外を見ると、水面に浮いたホライズン号は深い霧に囲まれていた。
「なんだ霧かよ 上昇して明るい空に出ればいいじゃないか 後10分寝させて…」アランは力を抜いて、部屋に戻ろうとする。
「それが~シルフがおかしくなちゃったのよ‼」アランの寝ぼけぐせを見抜いたエミリは、船内放送のボリュームを大きくしてアランに伝えた。

「はにゃ~」アランが操舵室に急ぐと、シルフは船酔いでもしたように床で横たわった姿をしていた。しかも服装がでたらめだ。



「シルフ 疲れているなら ホログラムを消して 少し休みなよ?」アランがシルフに言う。
「私も言ったんだけど 回路をリセットすれば済むってワケではないそうよ」エミリは操縦席の電子機器が不具合を起こしている状態を見せて、アランに説明した。画面は光ったり消えたり、スピーカーからは断続的に低い音が聞こえる。
「アトランゼ海ってさ 時々 方位磁石や電子部品が狂ってしまう場所が あるんだろ その類かな?」陸上しか知らないシュウはかつて影の騎士から聞かされた怪談を思い出した。
「この場所が原因なのなら 試してみよう」ムサシは甲板に出ると、人間サイズに縮小した磁鉄鉱の刀を具現化させた。すると刀身が光り細かな振動を起こした。
「原因は電磁波だろう」ムサシは仮説を立てた。
「俺達には何も感じないけど そんなものが この辺を飛交っているのか あ~気味悪い 早く抜け出そうぜ」シュウが肩をすくめる。
「けどシルフが居なきゃ この船 動かないわよ」ホライズン号が動いている時、エミリはいつも操縦席に座っているが船の操作はシルフが全て行っていたのだ。
「先ずはシルフを元通りにすることですな アルミは電磁波を効率よく遮断出来ると聞きますが ここにアルミ板はありますか?」オスカーが尋ねるが、全員首を振る。この船の構造物にはアルミはない。それにこの船にアルミがあったとしても、シルフは自分の本体が船の何処なのかを教えてくれないので電磁波の遮断のしようがない。
「こちらが変えられないなら 周囲を変えなきゃな」次にムサシは水竜の刀を人間サイズで具現化させた。彼は抜刀すると、空を刀で突く。そのあと直ぐにバラバラと雨が降り始めた。そして風と波が強くなる。
「あぁわわぁ」シルフはよけいに調子を崩した。
「ムサシ こんなのじゃシルフだけじゃなくて 俺達だって酔っちまうぞ」シュウが悲鳴を上げた。
ムサシは刀を手から消すが、今度は風雨も高波も止まらなくなった。何かがおかしい。
「計器は狂ったままね ひょっとしてこれ自然現象じゃなくて 何かの電子攻撃じゃないの?」エミリは眉をひそめて言った。

王都ガルスダット…
「あの船は遭難したようですね 混乱していたアメルックを落ち着かせた後 一直線にこのアングランテ王国に来ると思っていましたが…」
ストルジャー城の王の間では「王の目」により、空から見下ろしたホライズン号が映されていた。四方には岩も浅瀬も無いただの海面だったが、船は全く動いていない。宰相ベルメッドは次の手を打っているのだった。女王マリオンも理解していたが、無言でホライズン号とアラン達を見守ることにした。


アトランゼ海…
エミリの悪い予感が当たった。ホライズン号が霧の中で波に揺られていた場所に、4隻の空中戦艦が空から海面へ舞い降りて来た。甲板にはアングランテ王国の国旗が掲げられている。
「王国海軍かよ?」シュウは動揺したが、オスカーは目は冷静だった。
「あの船は作られて30年位の古い船です 正規の海軍船ではありません 私掠船…かつてアングランテ王国が強国となる前に 海軍力として利用していた海賊です」オスカーは船を睨んで言った。
「国籍不明船に告ぐ 直ちに国旗を立てろ 応答がない場合 お前達の船は沈める」私掠船から機械的な音声が聞こえた。
「今度は 交渉無しに いきなり脅しか?」交渉もなしに攻撃する敵の姿勢にシュウは再び驚く。
「この船には武装はないわよ どうするの?」エミリは立ち上がり仲間を見回す。
「移動ができないなら 船を拠点にして 守りつつ 敵船に乗り込んで倒すしか無いだろう」ムサシは刀の柄に右手を添える。
「ムサシの言う通りだ シュウはホライズン号に残って拠点防衛だ シールドだけでなく風も使ってくれ エミリは今直ぐにエンジェルで空中から敵を撹乱 俺とムサシは個別で船に乗り込んで沈める 皆いいな」

「いいわよ」
「OK」
「あぁ」

それぞれの返事がある。エミリはホライズン号の艦首から前へ大きくジャンプすると「シクロプタル」と叫び、アランは船の右からムサシは左から外へ飛び出して「シクロプタル」と叫ぶ。
彼等の息の合った行動を見てオスカーは「私めは 目を使います」と言い、双眼鏡を首にぶら下げて、操舵室の天井のハッチを開けて頭を出した。



ホライズン号の周りに3本の火柱が起きると、エンジェルはホライズン号の前方に居た空中戦艦の上へと飛び上がり、ホライズン号に狙いを定めていた砲台にニードルを刺す。そして、すぐに左、後ろ、右と反時計回りに、空中戦艦の砲台を破壊していった。
アランのザ・ナイトもムサシのカブトも空は飛べず、海水に浮くことも出来ない。しかし海中を潜りながら左右それぞれに配置された戦艦の船底に、穴を開け切り刻んだ。
戦艦はそのまま沈むと思われていたが、その戦艦は無人でアルカリ金属を使った発火物があった。浸水した瞬間に爆発する仕掛けがあったのだ。ボッと火炎が見えた瞬間、世界を回ってきたオスカーは危険を察知して「シュウ様 爆発にお備え下さい」と言いハッチを閉めた。

左右の戦艦が大爆発を起こし衝撃波を受けたホライズン号であったが、オスカーの気付きでシュウは対策を打てた。シールドだけでは防ぎきれない爆風を前後に流して、ホライズン号を回転させることで打撃を回避したのだった。
しかし海中に居たアランとムサシが心配だ。シュウは甲板に出て来ると海中にタクトの先を付ける。音波を流すと硬い物質の反応がふたつあった。アームノイドは生きている。
「ふたりとも無事か?」シュウはタクトを使って音声を飛ばす。
「うん 頭がグワングワンしたけど 大丈夫だ」とアラン。
「フン 大した事はない」とムサシは言う。剣術という戦闘スタイルは似ているが、戦いへの向き合い方が違う二人だった。
アランのザ・ナイトは両手で水の塊を作り、圧縮させるとウォーターハンマー現象を起こして海中からジャンプした。
ムサシはカブトの手から氷刃を具現化させると、海水を凍らせて氷山を作って駆け上がることで海中から現れて来た。

しかし緊張状態はまだ続く。前後の空中戦艦はまだ残っているからだ。
「戦艦の舵みたいなものが見つかれば ピンポイントで破壊して 行動不能にしちゃうけど…」エミリはエンジェルの目で艦尾を探索する。
「空中戦艦には 舵はないわ ブリッジを叩いて制御機能を奪うのよ」
アラン、エミリ、ムサシ、シュウ、そしてオスカーの耳に、女性の声が聞こえた。
「シルフ?」シュウが船内を覗き込むとシルフは起き上がっており、シュウに微笑んだ。
「ショック療法ってやつね 爆発はキツかったけど もう大丈夫」シルフの完全復活だ。
エンジェルはニードルを両手で持ち、前後のブリッジの天井を突き刺した。爆発はしない。エンジェルはホライズン号の真上に戻ると剣に収まり、エミリが飛び降りてきた。アランも放物線を描きながらザ・ナイトを収納して着艦。ムサシは氷山で滑り降りながら、カブトを収納すると艦に戻って来た。

「よ~し 急上昇‼」勢いに乗ったシルフの声が艦内に伝わると、ホライズン号は一気に雲の上へと昇っていった。

無事脱出したと思った一行だったが、まだ緊張した時間が続いていた。彼らが上昇した空間が揺らぐと、フッと6隻の戦艦が現れて、ゆっくりと音もなく砲身がホライズン号に向いた。
「えっ うそ…」これまで驚いた顔などしたことのないシルフだったが、今回は不意をつかれた顔をした。
6隻の戦艦はレーダーでも、熱や音でも感知されず、上から来たわけでもなく雲に隠れていたわけでもない。まるで瞬間移動でもしたかのように何処からか現れたのだ。「何でもお見通し」のシルフでさえも気付かなかった位だ。
戦艦としては小型だがエネルギーの保有量は大型戦艦並だ。主砲をまともに受けたら、アームノイドも形態を維持できないだろう。

「また私掠船かよ?」シュウは立て続けのトラブルに嫌気が差した様に言うが、オスカーは6隻の船たちをじっと見つめた。彼の記憶にはあの6隻の艦影がしっかりと残っている。そして1つの艦船だけ、ノコギリザメのような姿をしている。
「間違いない ネスモ・パレの艦隊です」オスカーは新たな来訪者を見定めた。
「ネスモ・パレって 3年前に俺達を助けてくれた艦隊?」アランはオスカーに尋ねる。
「はい 真後ろにいるノコギリの刃の様な船はソートゥース号 間違いなく彼等です」オスカーは緊張しながら答えた。
「なんだ 味方か?」シュウは力を抜くが、戦艦の主砲はそのままじっとホライズン号に照準を合わせたままだ。

沈黙が続く。
「オスカー  知り合いなら 何か声を掛けてよ」エミリはオスカーに交渉を頼むが、オスカーは簡単に応じることは出来ない。
「彼等は戦争を嫌い 武力の持つ者は誰であっても 容赦はしません 例え私達だとしてもです」オスカーは双眼鏡で後方に留まるソートゥース号を見つめ続けた。するとそのレンズにひとりの男が姿を見せた。彼はネスモ・パレの艦隊を指揮するプロフォンデュール司令だ。

オスカーが彼を追うと司令はエアロジェットスキーに乗り込み、単身でホライズン号に乗船してきた。
「あら あら プロフォンデュールさん ってば 久しぶりね それに擬態の腕も上がったようね」シルフは落ち着きを戻して、再びにこやかな表情になって司令に声をかけた。



「お久しぶりです シルフさん 貴女が見込んだ騎士達だけあって なかなかの腕前でした」プロフォンデュール司令はシルフへ頭を下げる。



「プロフォンデュール殿 貴殿と再びお会いできるとは 嬉しい限りです」
オスカーは深くお辞儀をした。
アラン、エミリ、ムサシ、シュウも感謝の気持を込めて頭を下げた。

「何故 貴方がたが先程の戦闘で 手助けしなかったかは問いません しかし今後は我らと共に アングランテ王国を乗っ取った 宰相ベルメッドを倒しましょう」オスカーは提案したが、プロフォンデュール司令は首を縦には振らなかった。
「我々は犯罪や戦争を嫌い 海に出て海で生活をしています 丘の上の話など我々には関係ありません」
「だけど3年前は俺達を助けてましたよね」アランは聞いたが彼の意思は変わらない。
「あの時 貴方がたは無力な避難民でした 今も昔も海には危険な者達がたくさん居ます それらから守っただけです」プロフォンデュール司令は淡々と応えた。
そして今度はアランへ質問を返す。
「先程の戦闘能力と機転を利かせた判断力はとても優れていると思います きっと貴方達なら宰相ベルメッドを倒す事が出来るでしょう しかし今 ひとつ重大な問題を忘れていますよ」その問いかけへの返事はほんの少し間があった。
「あっ…私掠船の残り2隻だ」アランだけでなく、皆もスッカリ忘れていた。
「思い出しましたね 先ずはあの幽霊船2隻です あれは任せて下さい 我々が解体しましょう その後は我々の予備パーツに利用します」
慌てた4人はホッとするが、オスカーは黙っていた。プロフォンデュール司令はもっと大局を考えていると分かっているからだ。

「貴方達はこのままアングランテ王国に行こうとしているご様子 違いますか?」プロフォンデュール司令官の問いかけは続く。
「はい シルフ マップを開いてくれ」アランは待っていましたとばかりに説明を始めた。



「我々の目指すアングランテには 常に王立海軍が待機しています。  なので我々はこの船の機動力で艦隊よりも上の 超高高度を高速で飛び 王都ガルスダットに降下するつもりです」アランがガルスダットを指差すとマップの上に「⬇」が現れた。
少数部隊が敵の中枢を叩く、奇襲戦法だ。
「なるほど…しかし王都ガルスダットに ある日突然どこから来たのか分からない騎士達が 降下して来て 国民に女王を救いました あなた方市民は自由ですと宣言しても 市民が簡単に受け入れるでしょうか?」
プロフォンデュール司令の言葉はアラン達の心に刺さった。戦いに勝利することと、民意を得ることは違うからだ。
「そうね 宰相が突然クーデターを起こして 国が乱れて新しい女王様が王冠をかぶる 市民にとっては ただの偉い人たちの権力争いに 見えるだけかもね」4人の騎士達の沈黙をエミリが破ったが、前向きな発言ではない。
「ただ国に失望して ますます黙ってしまうだけか~」
「もっと国民に 自由の意志 という言葉を伝えなければならない ということだな」ムサシは武人足る者、国や人を守るために戦うという思想で生きてきた。しかし勝者には「国作り」という大役も、果たさなくてはならない事を知った。
「そもそも人間って 戦争と国作りをひたすら繰り返しているだけだよな 自分が持たないものを奪ったりとか その連鎖を断ち切れる事は出来ないのかな~」アランは人類の歩んで来た戦争の歴史を思い返した。
「アラン様 個性の尊重ですな 富める者も病める者も 互いを個性として 認め合い 妬まない」オスカーの言葉は机上の空論だ。しかし理想と現実を知ることで、自分の考え、目指すものを若い騎士達に知ってほしいのだ。
「そこまで人間は強くないよ 本能として過ごしやすく生きなければならない」シュウは他の3人と違い英才教育は受けていない。だからこそ本音が言える。

「貴方達はアメルック大陸の動乱を抑えた しかしその後 開拓民の安全は誰が支えるのかな?」プロフォンデュール司令は4人の騎士に対して問題提起を再びした。
「だからこそ時差を持たずに王都入って女王様を助ける…けど国民はそのような急激な政変には ついていけない」アラン達は行き詰まる思考の突破点が見いだせない。

 「ではこうしましょう 我々ネスモ・パレは貴方達の志しに敬意を持ち この海だけは守りましょう 宰相の軍隊がアメルック大陸に行かせない様に見張る 我々がするのはここまでです」



4人の騎士達もオスカーも黙って頷いた。
しかし竜騎士がパシフィコを渡り、アメルックに侵入してきたら元も子もない。
「竜騎士がヒノクニから海を渡って 進軍をする事が出来ないようにするには まず補給を停める 基本に戻りましょう」エミリは思考を切り替えた。
「世界の工業製品の80%はメルカゲン・インスデテュートで作られている もちろん武器もな あそこを落とせば 精密機器からバッテリーまで供給が断たれる」ムサシは人差し指を奪われた祖国から大陸を横断させて、フランネルの場所でトントンと叩く。シルフはその場所に「⬇」を入れる。
「んじゃ メルカゲン・インスデテュートを攻め落とすか?けど守備はノイミ研究所とはケタが違うぞ」
アメルック大陸から出たことがないシュウだったが、メルカゲン・インスデテュートが世界の頭脳、技術、生産の大拠点であることは知っている。そこは陸上をメカノイドが歩き、上空にはレーダーとミサイル、航空機が連携されてた防空システムが働き守備は堅い。フランドルの上空を抜けるのは、足の速いホライズン号でも直ぐに撃墜されるだろう。
「レーダーに探知されにくい海面スレスレで フランドルにたどり着くしか無いだろうな」アランはフランドルの北と南に在る海を指した。
「上陸するには2つのルートがある カルラ・ドル海峡からのルートと緑の海を抜けるルートだ」シルフはホライズン号にが留まる海域から、海のルートを赤い線で繋げる。
「けどカルラ・ドルには王国海軍が居るわよ そして緑の海には聖騎士団が構えているわ」シルフはアフルガ大陸北部にある都市、リ・カリアにも「⬇」のマークを置く。聖騎士団は竜騎士団と同じく強力な軍隊だ。背中を向ければ確実に攻撃される。
再び思考が留まってしまった4人に対して、プロフォンデュール司令が口を開いた。
「軍の運営に必要な物資を生産する メルカゲン・インスデテュートの陥落は アングランテに入る前には必要ですね しかしあの地を守る王立海軍や聖騎士団はとても強力です」
プロフォンデュール司令は4人の前で腕を伸ばして、アフルガ大陸の方へ手のひらを動かす。するとシルフはアフルガ大陸をパネルに映した。
「南端から北上して 一つひとつ軍隊と戦い 自由のために市民を立ち上がらせる 物量という力を持たない貴方たちに 必要なものは民意です」
戦いに勝ってもそこに住む市民が自由のために行動しなければ、世界に広がってしまった圧政に勝利することは出来ない。
「よし 行こうアフルガ大陸へ」アランは両手を叩いた。
アラン達の言動、プロフォンデュール司令のアドバイスをオスカーはじっとみていたが、司令に対して無言で礼をした。

出発の準備に掛かるが、アフルガ大陸の南端までは遠い。幸い燃料は海上に浮いている2隻の幽霊船から補給ができた。
そしてネスモ・パレの隊員は私掠船として使われていた幽霊船を解体し始めた。動力炉や燃料タンク、そして起爆剤となるアルカリ金属、それらを分解する予定だ。本来は1隻ずつ船を解体するべきだが、元々戦場であった海だ。ゆっくり時間を掛けて作業はできないため、2隻同時に行われる。動力炉と燃料タンクが外されると、次は起爆剤の無力化だ。最も危険な作業を進める中、突風と大波が襲い掛かった。大きな波は想定していたはずだが、自然の力は人間の想像を超える事は少なくない。この時の波もそうであったのだ。アルカリ金属が海面に落ちて発火し炸裂してしまった。爆発したエネルギーが急速に広がる。高熱を帯びた火球から逃れようと作業台から飛び出す作業員達を見て彼らをかばうように立つ人影がある。アランだ。
最高位騎士の剣を持つ、アラン・イスカードは剣を抜き「シクロプタル」と叫ぶ。アームノイドの火柱が起き、ザ・ナイトは姿を見せると左手でシールドを展開した。しかし戦艦2隻の爆発を防げるだろうか?アランには分からなかったが、今は自分しか拡散する火球を受け止める者は居ない。
アランは覚悟を決めて、両手でシールドを展開するために右手も前へ出した。
この時アームノイドのコックピットでは、アランが持っていた小瓶がパキンと音を立てて割れた。突然生じた音にびっくりしたアランだが、破裂した音に呼応する様にザ・ナイトの右手に銃が具現化された。竜殺しの銃だ。
射撃に優れた兄とは反対に、オスカーはアランには銃の教育を受ける時間を十分に用意していなかった。しかしアランは本能的に竜殺しの銃の引き金を引く。



大きな轟音と全てを焼き尽くす巨大な熱エネルギーの反動で、ザ・ナイトの腕は折れそうだったが何とか持ちこたえた。そして銃の火炎はアルカリ金属の燃焼で生じた高熱の火球を飲み込み、塩水をも蒸発させた。海面がえぐられたように海に穴が開く。
短時間だが余波が起きた後、海は再び平面に戻る。
「なんて破壊力なんだ」アランは自分が託された大きな力に驚くのであった。
静かになった。海も空も…

「仲間たちの命を救ってくれて有難う 危ないところでした」
ザ・ナイトを剣に収めたは良いが、それでも力に怯えたままだったアランの背中をさする優しい男の声がした。プロフォンデュール司令だ。
海に沈んだ資材を少しでも活用しようと、ネスモ・パレの作業員達が働いている光景をアランとプロフォンデュール司令は眺めていた。
「司令はなんで海で生活するようになったのですか?」 

「私は王立海軍の第二艦隊の提督でした」
「提督」司令の過去を聞いて驚くアランにプロフォンデュールは笑顔で頷く。彼は過去を話しはじめた。
「アフルガ大陸は 一昔前まで暗黒大陸と呼ばれていたのは知っているね アングランテは北に聖騎士団を送り 南は私達 第二艦隊が派遣されたのだよ 北には古代文明が見つかり 南には黄金とダイヤが見つかった」



「黄金か…」アランはホリネス島でオスカーが見せた金貨を思い出した。
「我々は 山を切り崩して ダイヤモンドと黄金を掘り起こしたんだ 現地人と一緒にね しかし王国は富を独占してしまった 怒った住民達は我々を追い出した 大国の富の独占に私達は失望して 国を捨てたのだよ」
王国の繁栄は神の剣、その神聖さだけで強国に成ったわけではないのだった。
「アフルガの北部に来た 聖騎士団は今も活動を続けていますよね 何が違ったのですか?」聖騎士団は強い。しかし力だけで市民を統治できるかは、アラン達は旅を経て学ばなければならない課題だ。
「アフルガ北部は古代文明があったから教育も法律もあった しかし南は部族間での争いがずっと続いていた 人と人が歩み寄る前に 突然富が出てきたらどうなると思う?」プロフォンデュール司令は人の弱さをアランに尋ねた。
「無秩序な奪い合い」アランは秩序を守る騎士としての教育を受けている。最も避けねばならない事態だ。



「しかしアラン君 人がお互いにルールを守れば争いは起こらない 聖騎士団は古代からのルールを受け継ぎ 富以外の幸福や救済を伝えているのだよ とくに今の団長であるシスター・ミリアムという女性は『慈愛の教母様』と呼ばれている」プロフォンデュール司令が聖騎士団の団長について触れた時、後ろからエミリの声がした。
「 竜騎士団と同じ位 精強な軍隊が『慈愛』だなんておかしな話ね」
アランが振り向くと、後ろにエミリ、ムサシ、シュウが居た。
武力により幸福は成り立つのかは、若い騎士達には全く分からなかった。
「市民と騎士 自分たちの目で確かめなさい」4人の騎士達に大きな課題を与えて、プロフォンデュール司令とネスモ・パレの艦隊は空から姿を消していった。

王都ガルスダット…
王の間に居たふたり、女王と宰相も予測していない事態が起こり驚いた。
ホライズン号の前に、海の伝説として知られていたネスモ・パレの登場。
そしてその炎を見た者は全て焼かれて、力を語る者は居ないと言われた。竜殺しの銃の発砲。
このふたつの出来事が世界の流れを変えていく。
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