上 下
17 / 24

第十六話 甘やかな衝動

しおりを挟む
◇◇◇

こんな夢を見た。


どうしてこんなことになってしまったんだろう……。

俺は必死に目を瞬かせる。


「えっ? 一ノ瀬君、うちに枕営業に来たの?」


嬉々として、金髪の超絶イケメンが俺の顔を覗き込む。

本当に……、
どうしてこんなことになってしまったのだろう?

俺の眦にうっすらと涙が滲む。

「一ノ瀬君の相手なら、僕はいつでも大歓迎さっ!」

金髪の超絶イケメンは、そう言ってバサッとバスローブを脱ぎ捨てた。

露わになる均整の取れた美しいボディー。

でも乳首はピンク色なんだな。

なんかそんなことをぼんやりと考えていたっけ?


「ふっ……ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」

すべてのプライドをかなぐり捨て、
俺は金髪の前に三つ指をついた。


◇◇◇


耳元で聞きなれたデジタル音がする。


「ぎっ……ギィヤアアアアアアアアア!!!」

こうしてその朝は俺の悲鳴とともに始まった。

◇◇◇

「瑞樹っ! どうしたっ!!!」

俺の悲鳴を聞きつけた水無月さんが部屋に飛び込んできた。

「すっ……すいません。
なんか夢見が悪かったようで……」

俺が額に浮かんだ汗を拭うと、

「瑞樹……」

水無月さんがベッドサイドに腰かけて、そっと俺のことを抱きしめた。

トクントクンと規則正しい鼓動が聞こえるが、
俺の心臓は爆発寸前だ。

「いや……あの……えっと……ですね……水無月さん‥‥‥」

俺は酸欠の金魚のごとく、
情けなく口をパクパクさせた。

「かわいそうに、よっぽど怖い夢を見たんだな」

水無月さんはそういって、
小さい子をあやすように俺の背中をさすってくれた。

(よこしまでごめんなさい)

俺は水無月さんに土下座して詫びたくなった。

「一体……どんな夢を見たの? 瑞樹」

一々耳元に……そんなイケボで囁くの……やめてくださいっ!
毎回毎回、ぞくっとしちゃうんですよっ!

しかも、しかも、夢に全裸のあたなたが出てきてですねぇ、
俺はあなたに枕営業を……。

って‥…言えるかぁ!

俺はまた、ちょっと泣きたくなった。

「今夜は添い寝してやろうか?」

水無月さんの煽るようなアクアブルーの瞳と視線がぶつかって、

「けっけけけけ結構です!」

俺は慌てて水無月さんの胸に腕をつっぱねた。


◇◇◇

「しかし昨日も思ったけど、瑞樹って料理上手いよね」

水無月さんが感心したように、
俺の作った朝食を黙々と食べている。

「そうですか?」

冷蔵庫にあったあり合わせのもので作ったから、
そんな豪華なものはできなかったのだけど。

俺はテーブルの上に並べた料理を見つめた。

昨夜のうちにだしを取って作った味噌汁と、
焼き魚と、卵焼きと、野菜の和え物と、
果物……といった簡単なものなのだが。

利き腕を使えない水無月さんのために、
焼き魚の骨をきれいに取り除き、一口大に切って、
ごはんも、一口サイズのおにぎりにした。

それを水無月さんが、フォークで口に運んでいる。

「あっ、もし食べ辛かったら、言ってくださいね。
手伝います」

俺がそういうと、一瞬間があって、
水無月さんが手に持っていたフォークを床に落とした。

「あっ、フォークが床に落ちちゃった~。
これじゃあ、デザートのイチゴが上手く食べられないなぁ~」

あきらかに棒読みの台詞を吐いて、水無月さんがちらりと俺を見る。

「もう、仕方ないなぁ。新しいフォークを取ってきますよ」

そう言って席を立とうとした俺のシャツを、水無月さんがクイッと引っ張った。

「そうじゃなくて……」

そして例によって、水無月さんが俺の耳朶に甘く囁く。

「瑞樹が食べさせて」

正気の沙汰じゃねぇ。

「左手があるでしょうが」

そう言ってやると

「えっ? 使えな~い。
っていうか使い方忘れちゃった」

またしてもとち狂った台詞を吐きやがる。

「ああもうっ!」

俺は自分の分のフォークを手に持とうとすると、
やんわりと水無月さんがそれを奪ってしまう。

「それはつまり……指でつまめと?」

俺が目を瞬かせると、
水無月さんがご名答と言うがごとくににっこりと微笑んだ。

「ど……どうぞ……」

俺のふるえる指先が、躊躇いがちにイチゴをつまんで
水無月さんの口元に持っていくと、

水無月さんの唇が俺の指ごと、イチゴを啄んだ。

「ひっ!」

その感覚に俺は小さく悲鳴を上げた。

「美味しいよ、瑞樹……」

だから一々耳元にそんなイケボで囁くなっつうの!

俺はもう水無月さんに会って何度目だかわからない、
身体をつらぬく甘やかな衝動に必死に耐えた。

◇◇◇

そうして水無月さんは、会社から迎えに来た車に乗って自社へ、
俺は『おかめ総本舗』へとそれぞれ出勤した。

◇◇◇

そして俺は仕事モードに頭を切り替えて、
猛烈に仕事をこなす。

新店舗の内装の件は、なんとかなりそうなのだが、
扱う和菓子の包装のデザインやら、セールのポップ制作やら、

やることは山ほどある。

しばらくしたら、スマホが鳴った。
LINEのメッセージを受信したらしい。

しかし今の俺には、スマホを開く余裕はない。
ひたすらに目の前の雑務をこなしていく。

すると今度はスマホの着信音がその人物のテーマを奏でた。
有名なゲームのラスボス戦闘時の曲だ。


「はい、もしもし」

俺はその人物に気構える。

「私だ、瑞樹。LINE見たか?」

その声色に不機嫌がにじみ出ている。

「いいえ」

俺の胃のあたりがきゅっと痛くなる。

「今日こそ昼飯を一緒に」

水無月さんの声のトーンが低いが、

「無理です」

仕事モードの俺は、ぷちりとスマホの電源を切った。


そして三分後、


「瑞樹大変や! すぐに支度をしなはれ。
水無月はんが30分後に到着するっていうてはるっ!」


社長が血相を変えて事務室に走ってきた。


「支度っていうと……」

まあ、大体の察しはついたのだが。

「花子のほうや! 
こういう事態を想定して別室に衣装を用意してあるから、はやく!」

俺は盛大なため息を吐いて、席を立ちあがった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

桜吹雪と泡沫の君

叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。 慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。 だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

処理中です...