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第十六話 甘やかな衝動
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◇◇◇
こんな夢を見た。
どうしてこんなことになってしまったんだろう……。
俺は必死に目を瞬かせる。
「えっ? 一ノ瀬君、うちに枕営業に来たの?」
嬉々として、金髪の超絶イケメンが俺の顔を覗き込む。
本当に……、
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
俺の眦にうっすらと涙が滲む。
「一ノ瀬君の相手なら、僕はいつでも大歓迎さっ!」
金髪の超絶イケメンは、そう言ってバサッとバスローブを脱ぎ捨てた。
露わになる均整の取れた美しいボディー。
でも乳首はピンク色なんだな。
なんかそんなことをぼんやりと考えていたっけ?
「ふっ……ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
すべてのプライドをかなぐり捨て、
俺は金髪の前に三つ指をついた。
◇◇◇
耳元で聞きなれたデジタル音がする。
「ぎっ……ギィヤアアアアアアアアア!!!」
こうしてその朝は俺の悲鳴とともに始まった。
◇◇◇
「瑞樹っ! どうしたっ!!!」
俺の悲鳴を聞きつけた水無月さんが部屋に飛び込んできた。
「すっ……すいません。
なんか夢見が悪かったようで……」
俺が額に浮かんだ汗を拭うと、
「瑞樹……」
水無月さんがベッドサイドに腰かけて、そっと俺のことを抱きしめた。
トクントクンと規則正しい鼓動が聞こえるが、
俺の心臓は爆発寸前だ。
「いや……あの……えっと……ですね……水無月さん‥‥‥」
俺は酸欠の金魚のごとく、
情けなく口をパクパクさせた。
「かわいそうに、よっぽど怖い夢を見たんだな」
水無月さんはそういって、
小さい子をあやすように俺の背中をさすってくれた。
(よこしまでごめんなさい)
俺は水無月さんに土下座して詫びたくなった。
「一体……どんな夢を見たの? 瑞樹」
一々耳元に……そんなイケボで囁くの……やめてくださいっ!
毎回毎回、ぞくっとしちゃうんですよっ!
しかも、しかも、夢に全裸のあたなたが出てきてですねぇ、
俺はあなたに枕営業を……。
って‥…言えるかぁ!
俺はまた、ちょっと泣きたくなった。
「今夜は添い寝してやろうか?」
水無月さんの煽るようなアクアブルーの瞳と視線がぶつかって、
「けっけけけけ結構です!」
俺は慌てて水無月さんの胸に腕をつっぱねた。
◇◇◇
「しかし昨日も思ったけど、瑞樹って料理上手いよね」
水無月さんが感心したように、
俺の作った朝食を黙々と食べている。
「そうですか?」
冷蔵庫にあったあり合わせのもので作ったから、
そんな豪華なものはできなかったのだけど。
俺はテーブルの上に並べた料理を見つめた。
昨夜のうちにだしを取って作った味噌汁と、
焼き魚と、卵焼きと、野菜の和え物と、
果物……といった簡単なものなのだが。
利き腕を使えない水無月さんのために、
焼き魚の骨をきれいに取り除き、一口大に切って、
ごはんも、一口サイズのおにぎりにした。
それを水無月さんが、フォークで口に運んでいる。
「あっ、もし食べ辛かったら、言ってくださいね。
手伝います」
俺がそういうと、一瞬間があって、
水無月さんが手に持っていたフォークを床に落とした。
「あっ、フォークが床に落ちちゃった~。
これじゃあ、デザートのイチゴが上手く食べられないなぁ~」
あきらかに棒読みの台詞を吐いて、水無月さんがちらりと俺を見る。
「もう、仕方ないなぁ。新しいフォークを取ってきますよ」
そう言って席を立とうとした俺のシャツを、水無月さんがクイッと引っ張った。
「そうじゃなくて……」
そして例によって、水無月さんが俺の耳朶に甘く囁く。
「瑞樹が食べさせて」
正気の沙汰じゃねぇ。
「左手があるでしょうが」
そう言ってやると
「えっ? 使えな~い。
っていうか使い方忘れちゃった」
またしてもとち狂った台詞を吐きやがる。
「ああもうっ!」
俺は自分の分のフォークを手に持とうとすると、
やんわりと水無月さんがそれを奪ってしまう。
「それはつまり……指でつまめと?」
俺が目を瞬かせると、
水無月さんがご名答と言うがごとくににっこりと微笑んだ。
「ど……どうぞ……」
俺のふるえる指先が、躊躇いがちにイチゴをつまんで
水無月さんの口元に持っていくと、
水無月さんの唇が俺の指ごと、イチゴを啄んだ。
「ひっ!」
その感覚に俺は小さく悲鳴を上げた。
「美味しいよ、瑞樹……」
だから一々耳元にそんなイケボで囁くなっつうの!
俺はもう水無月さんに会って何度目だかわからない、
身体をつらぬく甘やかな衝動に必死に耐えた。
◇◇◇
そうして水無月さんは、会社から迎えに来た車に乗って自社へ、
俺は『おかめ総本舗』へとそれぞれ出勤した。
◇◇◇
そして俺は仕事モードに頭を切り替えて、
猛烈に仕事をこなす。
新店舗の内装の件は、なんとかなりそうなのだが、
扱う和菓子の包装のデザインやら、セールのポップ制作やら、
やることは山ほどある。
しばらくしたら、スマホが鳴った。
LINEのメッセージを受信したらしい。
しかし今の俺には、スマホを開く余裕はない。
ひたすらに目の前の雑務をこなしていく。
すると今度はスマホの着信音がその人物のテーマを奏でた。
有名なゲームのラスボス戦闘時の曲だ。
「はい、もしもし」
俺はその人物に気構える。
「私だ、瑞樹。LINE見たか?」
その声色に不機嫌がにじみ出ている。
「いいえ」
俺の胃のあたりがきゅっと痛くなる。
「今日こそ昼飯を一緒に」
水無月さんの声のトーンが低いが、
「無理です」
仕事モードの俺は、ぷちりとスマホの電源を切った。
そして三分後、
「瑞樹大変や! すぐに支度をしなはれ。
水無月はんが30分後に到着するっていうてはるっ!」
社長が血相を変えて事務室に走ってきた。
「支度っていうと……」
まあ、大体の察しはついたのだが。
「花子のほうや!
こういう事態を想定して別室に衣装を用意してあるから、はやく!」
俺は盛大なため息を吐いて、席を立ちあがった。
こんな夢を見た。
どうしてこんなことになってしまったんだろう……。
俺は必死に目を瞬かせる。
「えっ? 一ノ瀬君、うちに枕営業に来たの?」
嬉々として、金髪の超絶イケメンが俺の顔を覗き込む。
本当に……、
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
俺の眦にうっすらと涙が滲む。
「一ノ瀬君の相手なら、僕はいつでも大歓迎さっ!」
金髪の超絶イケメンは、そう言ってバサッとバスローブを脱ぎ捨てた。
露わになる均整の取れた美しいボディー。
でも乳首はピンク色なんだな。
なんかそんなことをぼんやりと考えていたっけ?
「ふっ……ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
すべてのプライドをかなぐり捨て、
俺は金髪の前に三つ指をついた。
◇◇◇
耳元で聞きなれたデジタル音がする。
「ぎっ……ギィヤアアアアアアアアア!!!」
こうしてその朝は俺の悲鳴とともに始まった。
◇◇◇
「瑞樹っ! どうしたっ!!!」
俺の悲鳴を聞きつけた水無月さんが部屋に飛び込んできた。
「すっ……すいません。
なんか夢見が悪かったようで……」
俺が額に浮かんだ汗を拭うと、
「瑞樹……」
水無月さんがベッドサイドに腰かけて、そっと俺のことを抱きしめた。
トクントクンと規則正しい鼓動が聞こえるが、
俺の心臓は爆発寸前だ。
「いや……あの……えっと……ですね……水無月さん‥‥‥」
俺は酸欠の金魚のごとく、
情けなく口をパクパクさせた。
「かわいそうに、よっぽど怖い夢を見たんだな」
水無月さんはそういって、
小さい子をあやすように俺の背中をさすってくれた。
(よこしまでごめんなさい)
俺は水無月さんに土下座して詫びたくなった。
「一体……どんな夢を見たの? 瑞樹」
一々耳元に……そんなイケボで囁くの……やめてくださいっ!
毎回毎回、ぞくっとしちゃうんですよっ!
しかも、しかも、夢に全裸のあたなたが出てきてですねぇ、
俺はあなたに枕営業を……。
って‥…言えるかぁ!
俺はまた、ちょっと泣きたくなった。
「今夜は添い寝してやろうか?」
水無月さんの煽るようなアクアブルーの瞳と視線がぶつかって、
「けっけけけけ結構です!」
俺は慌てて水無月さんの胸に腕をつっぱねた。
◇◇◇
「しかし昨日も思ったけど、瑞樹って料理上手いよね」
水無月さんが感心したように、
俺の作った朝食を黙々と食べている。
「そうですか?」
冷蔵庫にあったあり合わせのもので作ったから、
そんな豪華なものはできなかったのだけど。
俺はテーブルの上に並べた料理を見つめた。
昨夜のうちにだしを取って作った味噌汁と、
焼き魚と、卵焼きと、野菜の和え物と、
果物……といった簡単なものなのだが。
利き腕を使えない水無月さんのために、
焼き魚の骨をきれいに取り除き、一口大に切って、
ごはんも、一口サイズのおにぎりにした。
それを水無月さんが、フォークで口に運んでいる。
「あっ、もし食べ辛かったら、言ってくださいね。
手伝います」
俺がそういうと、一瞬間があって、
水無月さんが手に持っていたフォークを床に落とした。
「あっ、フォークが床に落ちちゃった~。
これじゃあ、デザートのイチゴが上手く食べられないなぁ~」
あきらかに棒読みの台詞を吐いて、水無月さんがちらりと俺を見る。
「もう、仕方ないなぁ。新しいフォークを取ってきますよ」
そう言って席を立とうとした俺のシャツを、水無月さんがクイッと引っ張った。
「そうじゃなくて……」
そして例によって、水無月さんが俺の耳朶に甘く囁く。
「瑞樹が食べさせて」
正気の沙汰じゃねぇ。
「左手があるでしょうが」
そう言ってやると
「えっ? 使えな~い。
っていうか使い方忘れちゃった」
またしてもとち狂った台詞を吐きやがる。
「ああもうっ!」
俺は自分の分のフォークを手に持とうとすると、
やんわりと水無月さんがそれを奪ってしまう。
「それはつまり……指でつまめと?」
俺が目を瞬かせると、
水無月さんがご名答と言うがごとくににっこりと微笑んだ。
「ど……どうぞ……」
俺のふるえる指先が、躊躇いがちにイチゴをつまんで
水無月さんの口元に持っていくと、
水無月さんの唇が俺の指ごと、イチゴを啄んだ。
「ひっ!」
その感覚に俺は小さく悲鳴を上げた。
「美味しいよ、瑞樹……」
だから一々耳元にそんなイケボで囁くなっつうの!
俺はもう水無月さんに会って何度目だかわからない、
身体をつらぬく甘やかな衝動に必死に耐えた。
◇◇◇
そうして水無月さんは、会社から迎えに来た車に乗って自社へ、
俺は『おかめ総本舗』へとそれぞれ出勤した。
◇◇◇
そして俺は仕事モードに頭を切り替えて、
猛烈に仕事をこなす。
新店舗の内装の件は、なんとかなりそうなのだが、
扱う和菓子の包装のデザインやら、セールのポップ制作やら、
やることは山ほどある。
しばらくしたら、スマホが鳴った。
LINEのメッセージを受信したらしい。
しかし今の俺には、スマホを開く余裕はない。
ひたすらに目の前の雑務をこなしていく。
すると今度はスマホの着信音がその人物のテーマを奏でた。
有名なゲームのラスボス戦闘時の曲だ。
「はい、もしもし」
俺はその人物に気構える。
「私だ、瑞樹。LINE見たか?」
その声色に不機嫌がにじみ出ている。
「いいえ」
俺の胃のあたりがきゅっと痛くなる。
「今日こそ昼飯を一緒に」
水無月さんの声のトーンが低いが、
「無理です」
仕事モードの俺は、ぷちりとスマホの電源を切った。
そして三分後、
「瑞樹大変や! すぐに支度をしなはれ。
水無月はんが30分後に到着するっていうてはるっ!」
社長が血相を変えて事務室に走ってきた。
「支度っていうと……」
まあ、大体の察しはついたのだが。
「花子のほうや!
こういう事態を想定して別室に衣装を用意してあるから、はやく!」
俺は盛大なため息を吐いて、席を立ちあがった。
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