上 下
13 / 24

第十二話 キスの理由

しおりを挟む
ピンポーン!

ピンポンピンポンピンポンピーンポーン!

それは出勤前、
家族で朝食をとっていたときのことである。

清々しい五月の陽光差し込む、このさわやかな朝に、

「どこのクソガキが、ピンポンダッシュかましてけつかるねんっ!」

俺の叔父、こと『おかめ総本舗』の社長が、
軽くブチ切れつつ、玄関に向かった。

ピンポンダッシュとは他人の家のインターホンやら呼び鈴やらを、
鳴らして逃げるという犯罪行為である。

「やあ、社長……いえ、お義父さん。おはようございます」

どうやらピンポンダッシュではなかったようだ。

しかし家族一同はその場に凍り付く。

その声色に、俺たちはピンポンダッシュよりはるかに質の悪い、
魔王の襲来を悟ったのである。

「みっ水無月はんっ! すんまへん、今、花子は家にいてまへんねんっ!!!」

社長が心底焦って、泡を吹きそうになっている。

「いえ、今日は花子さんではなく……そちらの瑞樹君に用がありまして」

この金髪イケメン男こと、
水無月商事代表取締役社長、水無月涼は、

その手にクソでっかい薔薇の花束を抱え、
キッと俺を見据えた。

「なっ……なんだよ」

その眼差しと迫力に、不覚にも俺はちょっと怯んでしまった。

「今日は君に謝りに来た。
この間はすまなかった。
君にひどいことを言った。
どうか許して欲しい」

そう言って頭を下げた水無月さんに、
社長が血相を変える。

「ひぃぃぃぃ! やめておくれやす。
頭を上げておくれやす!
みっ瑞樹、何を言われたかは知らんけど、
もうええやろ? なっ? なっ?
天下の水無月商事の社長はんが、
こうしてわざわざうちに謝りに来てくださったんやで?
無下にしたら罰が当たりまっせ?
なっ? なっ?」

社長が必死の形相で、俺に訴えかけてくる。

「それは……もう……いいです」

俺がそうポツリと呟くと、

「はぁ~良かった~」

水無月さんがその場にしゃがみこんだ。

「許して貰えなかったらどうしようって、
どんだけ悩みぬいたことか……」

心なしか、水無月さんが少し涙ぐんでいた。

「LINEのブロック、解除して欲しいんだけど」

そう言われて、
俺はちょっと複雑な気持ちになった。

「瑞樹、ほれ、お前のスマホや。
LINEのブロック、解除しい」

俺の気持ちなどお構いなしに、
ホイホイと社長が奥から俺のスマホを持ってきた。

所詮、俺の意志など、最初からどうでもいいのだ。

そんな子供じみた感傷とともに、
それでもそんな俺のために、わざわざ花束を抱えて謝りに来てくれた
水無月さんに、ちょっとほっこりとしないでもない。

「きょ……今日の……ちゅ……昼食を……一緒にとりませんか? 瑞樹君」

少し上ずった声色で、水無月さんがぎこちなく言葉を発した。

「なっ……なんで?」

俺は身構える。

この間の失言については、許したが、
キッ……キスの件は、俺まだ引きずってるからな?

「そっそれは、その……新店舗の……内装の最終案が……だな……」

水無月さんが何かごにょごにょ言っている。

「いっいいい行ってこい瑞樹、会社のことは気にせんでよろしい。
後のことはなんとでもなるし」

なぜだか社長の声も、ひどく上ずっている。

◇◇◇

ポルシェのケイマンの助手席に座り、
俺は移り行く景色をぼんやりと眺める。

「やっぱりまだ……怒ってる‥…よな? 瑞樹……くん」

そんな俺のことを、腫物にでも触れるかのように、
かなりビビりながら、水無月さんが様子を伺っている。

「さすがに俺も……もう、怒っては……いません。
でも……なんか、もやもやしてます」

俺の発言に、なんか水無月さんが

「そっそりゃあ、そう、だろうね」

すでに挙動不審気味に視線を泳がせている。

「あのとき俺も、水無月さんのことを『ウザい』って言っちゃったから、
それでムカついて、水無月さんがああいうことを言っちゃったっていうのは、
理解できるんです。だけど……」

一瞬、言おうかどうか迷った。
だけど……。

「どうして俺にキスしたんですか?」

その問いに、水無月さんが急ブレーキを踏んだ。

「ひっ!」

俺の喉に悲鳴が凍り付いた。

危うくぶつかりそうになった、後方のプリウスから罵声が飛んでくる。

しかしそんな罵声も、どうやら水無月さんの耳には入っていないらしい。

「聞きたい? 瑞樹君、その理由を、君は本当に聞きたいのかい?」

真顔でそう問われて、俺は目を瞬かせる。

「いえ……やっぱり、やめておきます……」

俺は水無月さんから目を逸らした。

なんか開けてはいけないパンドラの箱的な?
もう後戻りができないような、
そんな感じがするんだよな。

「意外と意気地がないんだね」

水無月さんがそんな俺を見て、クスクスと笑っている。

ちょっとイラっとしないでもない。

「ったく、あんたにとっては冗談のつもりでも、
俺にとってはファーストキスだったんだからなっ!」

俺の言葉に、水無瀬さんがまた急ブレーキを踏んだ。

「ぎゃあっ!」

俺は悲鳴を上げる。

水無月さんはなぜだか唇を押さえて、真っ赤になって震えている。

「超ラッキー……」

何やらよく分からないことを呟いている。

「瑞樹……あのさ、
私はキスの件については、君に謝らないよ。
なにせあのキスには、私のありったけの心を込めたからね。
それをどう感じるかは、君次第だと思うんだ」

なんか、わかりそうで、わからない、相手の手の内が酷くもどかしくて、
それでいて、知るのが怖くて、逃げてる自分が、確かにいる。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

桜吹雪と泡沫の君

叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。 慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。 だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

処理中です...