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第七十話イリオス『遊園地』

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メイクの終わったセシリアの手を取って、イリオスが駆けだす。

「行くぞ! セシリア」

コートを着て、スニーカーを履いて、
中庭の生垣から外に出た。

冬晴れの空の青は淡い。
さえぎる雲のない、優しい日の光を浴びて
少年と少女が走り出す。

「待って、イリオス。
 一体どこに行くの?」

セシリアの問いに、イリオスが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「姫様~! どちらにおられます?」

屋敷の中からセシリアの乳母のナアマの声がする。
二人は顔を見合わせて、息を潜めた。

屋敷の前から続く街路樹の道を二人でしばらく歩くと、
ターミナルが見えてきた。

住宅街をぬけたその先には商業区が広がり、
ファッションモールや高級ブランドの店舗などが立ち並ぶ。

この場所は王都の中心からは少し西に位置する衛星都市だ。
王都の中心部よりはいくらか劣るものの、
繁華街はそれなりに賑わっている。

クリスマスシーズンということもあって、ツリーやリースが飾られ、
年の瀬の浮き出しだった幸せな時間を演出している。

そんな華やかな虚飾の中を、少年と少女が手を繋いで歩く。

駅の改札からプラットホームに上がる途中で、
すれ違いざまに、自分たちと同じ年頃の女の子の一団が、
頬を染めて二人をチラ見する。

「マジ、やばくない?」
「美男美女で超お似合いっ!」

小声で何事かをひそひそと言っている。

「お似合い……ですって」

セシリアがイリオスに悪戯っぽく小声で囁いた。

「はあ? 誰と誰がっ!」

イリオスは仏頂面を精一杯赤面させて横を向いた。
そして握っていたセシリアの手を思わず離した。

セシリアはそんなイリオスを見てクスクスと笑う。

無人運転のモノレールに乗り込むと、二人は
窓際に佇んだ。

「あのね……イリオス……。
 傍にいてくれて、ありがとう」

セシリアの言葉にさらにイリオスが赤面し、頷いた。

「お……おう」

イリオスの心拍数が無駄に上昇したために、
二人の間には微妙な沈黙が流れる。

「遊園地っ! 行ったことある?」

イリオスの声に少し力が入ってしまった。

「母国ではあるけれど、こちらの国は初めてよ」

そういってセシリアが微笑んだ。

「そっか、なら良かった。
 きっとお前気に入ると思う。
 こっちじゃ結構有名な人気スポットなんだぜ? 
 ほら見えてきた!」

イリオスが指さす方向に、観覧車や、ジェットコースターのレールが
見えてきた。

「わー、ほんとだ~」

二人は触れるほどに頬を寄せ合って、
窓の外の景色を見ていることに気付かない。

ただの少年と少女のように、無邪気にその光景に魅入った。

魔法の時間が始まる。

◇◇◇

「あれだ、あれ! 
 ジェットコースターに乗ろうぜ! セシリア」

イリオスに半ば強引に乗せられた
ジェットコースターに、セシリアが固まる。

「なに? 怖いの?」

イリオスの問いにセシリアがぎこちなく頷いた。
二人を乗せた車両が、ゆっくりと上昇していく。

「大丈夫だ。俺がいるだろ?」

そう言ってイリオスがセシリアの手を握った。

車両の急勾配の激しい上下運動のたびに
いっぱい叫んで、むやみに笑って、
セシリアが隣で百面相をしている。

もう、大丈夫そうだな。

イリオスはそんなセシリアの横顔に、少しほっとした。

カフェでお茶をして、冒険の旅に出て、
勇者になって龍王を倒すころには、辺りが夕焼けに照らされた。

そのタイミングで二人は観覧車に乗り込んだ。
ゴンドラがゆっくりとその高度を上げていく。

「どうだ? 少しは気分転換になったか?」

イリオスの問いにセシリアが頷いた。

「見て、イリオス。
 ほら、あんなに人が小さく見えるわ。
 地上にいたら、押しつぶされてしまいそうな
 悲しみも、悩みも、視点を変えると、こんなに
 ちっぽけなものなのね」

ライネル公国の発展した都市をはるかに眼下に見下ろして、
セシリアはその心を飛ばす。

王都の中心部に位置する、王城が見えてくると、
それでもやっぱりその胸は、張り裂けそうに痛んだ。

観覧車から地上に降りたときには、すでに日は落ちて、
レストランで食事をして、二人でパレードを観た。

夢の時間の終焉が近づいている。

周囲に流れる賑やかな音楽とは裏腹に
イリオスは寂し気な笑みを浮かべた。

「なあ、セシリア。知っているか?
 あのゲートの奥に見える城って、デレデレラ城っていうんだぜ?」

イリオスが唐突にセシリアにそう言った。

「その昔、ツンデレラという名のクソ生意気な小娘がいてな。
 王子に恋をしたのはいいものの、
 素直になれず二人は引き裂かれてしまうんだ。
 しかし超粘着質だった王子は、ツンデレラを諦めることができなくて、
 伝説のアイテムを手に入れるために旅をするんだ。
 苦労の末に手に入れた伝説のアイテムによってツンデレラは
 ドMへと変貌を遂げて、デレデレラになったんだと。
 ほいでもって、二人はめでたく結ばれて
 末永く幸せにくらしたんだとよ」

イリオスの創作話に、セシリアが鼻の頭に皺を寄せた。

「何よっ! その人への当てつけみたいなストーリーはっ」

イリオスはデレデレラ城へとセシリアを誘導すると、
裏口の警備員に自身の軍のパーソナルIDを提示した。

警備員がイリオスに敬礼する。
 
「でな、この城にはジンクスがあってな、
 この城で結ばれたカップルは、末永く幸せに
 お互いにデレルのだそうだ」

デレデレラ城は貸し切りにされており、
警備関係者の他は誰もいない。

イリオスは最上階へ向かうためのエレベーターのボタンを押してやる。

「俺がお前にしてやれるのはここまでだ。
 行ってこい! セシリア」
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