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第五十二話悪役令嬢は白百合を捧ぐ。

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「え?」

エリオットの黒髪を、風が撫でた。

「イザベラは俺の腹違いの姉なんだ」

ゼノアの瞳が痛みに揺れている。

「まあ、もっとも本人はそのことを
 知らないのだろうけどな」

話しながら、王家の廟へたどり着いた。
歴代の王とその妃が眠る大きな石室が並び、
その横には未婚のままにその生涯を閉じた王族の
小さな石室が並ぶ。

そのはずれに植えられた桜の木の下に、
小さな盛り土がしてあった。
ゼノアはそこに歩みを進め、白百合の花束を捧げた。

そこには墓石も、卒塔婆もない。

「ここは?」

エリオットが、ゼノアに尋ねた。

「ここにイザベラの母親が眠っているんだ」

エリオットも祈りを捧げる。

「父エリックは、母と出会う前に、
 自身の侍女であったイザベラの母と恋に落ちた。
 父は最後までイザベラの母を守ろうしたのだが、
 王太后がイザベラの母を捕らえ、
 イザベラを産んだ後に惨殺したのだという」

木枯らしに、ゼノアが身を竦めた。

「イザベラは秘密裏に王都から連れ出されて、
 地方の田舎町で父の乳母によって養育されていたのだが、
 彼女が13の時に乳母が亡くなり、芸妓の置屋に
 仕込みとして引き取られたそうだ」

エリオットがゼノアの手を握った。
ゼノアが驚いたようにエリオットを見た。
そんなゼノアにエリオットは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

ゼノアの心に温かいものが満ちる。

「そんなとき、たまたまその地方に視察に来ていた
 ハマン・ウェラルドが、イザベラの容姿に目をつけ、
 自身の養女として引き取ったのだと。
 イザベラは俺の妃となるべく、血の滲むような努力を強いられ、
 その後での婚約破棄だ。
 今はさすがに身の置き所がないだろうな」

ゼノアが悲し気な視線を、空に向けた。

「俺もついこの前までは、てっきりイザベラと
 結婚をするものとばかり思っていた。
 だが先日、病気がちの王太后に枕元に呼び出されて、
 この話を聞いた」

エリオットがゼノアに寄り添って言った。

「ゼノアはイザベラさんのことが好きだったの?」

ゼノアは小さく首を横に振った。

「それはない。敢えて言うなら、
 俺はずっとお前のことが好きだったんだと思う。
 ただ現実として王族というものは、そういった感情とは
 違うところで己の役割を果たさなくてはならないものでな。
 自分の想いなどは大したものではないのだと、
 ずっとそう言い聞かせて生きてきた」

ゼノアは目を閉じて大きく息を吸った。
そして視線を宙に、しばしの間漂わせる。

「セシリアに呼び出されて、お前を助けろと請けを依頼されて、
 そしたらずっと蓋をし続けていたお前への想いが溢れてしまった。
 その胸にナイフを突き刺して、
 血に染まるお前を、俺はこの腕に抱いてしまった。
 我ながら愚かな選択をしたと思っている。
 みすみす愛する者に修羅の運命さだめを背負う
 この俺の片棒を担がせてしまったと」

ゼノアの頬に涙が一筋伝った。
ゼノアの頬をエリオットの手がそっと包み込んで、
その唇を重ねた。

「エリ……オット……?」

ゼノアの瞳が驚きに見開かれた。

「この命はね、あなたに拾われたものよ。
 私もね、こう見えて悪役令嬢なの。
 重ねた罪も業もあなたに負けてなんていない。
 今更あなたの片棒を担いだところで、どうってことないわ」

エリオットは自身の髪に飾ってあった白百合を手に取った。

「だからこの口付けは、私からのあなたへの宣戦布告よ」

そういって鮮やかに微笑んで見せる。

「私エリオット・エルダートンは
 我が夫ゼノア・サイファリアにこの純潔を捧げます」

そういってエリオットは白百合をゼノアに捧げた。

「あっ……」

ゼノアはその白百合を受け取ると、
言葉を詰まらせて、エリオットをきつく抱いた。

エリオットは微かに震えるその背に、躊躇いがちに手をまわして
何度もその背を撫でてやる。

ゼノアの手がエリオットの髪を撫で、その唇がエリオットの唇に重なる。
エリオットは瞳を閉じて、その口付けを受け入れた。

木枯らしが二人の体温を奪っていく。

躊躇うように、不器用に啄む、
小さなつがいの小鳥のように。

どこに行くあてのない、
無力な小鳥なのだとエリオットは思う。

それでも今は二人の温もりだけが真実で、
小さな世界の中で互いの傷をなめ合っている。

見上げた空は鉛色で、少し泣けた。

「サンキュ……な」

ゼノアがエリオットの手を取った。

そして二人は歩みを進めて、
王族の墓の末端にある小さな石室の前に立った。

「ここはどなたのお墓なの?」

エリオットが尋ねた。

「サナ・サイファリアを知っているか?」

「ええ、イリオスのお母さまね」

「ああ、我が父エリック王の妹で、俺の叔母にあたる人だ」

そう言ってゼノアはその石室の前に花を捧げた。

「二国間の証に立ち、エルダートンにその純潔を踏みにじられたひとだ。
 俺たちはこの人にもちゃんと償いをしなくてはならない」

ゼノアが風になびく金の髪をかき上げた。

「今日、父エリック王から親書を預かった。
 親書には我が妹セシリアの婚約について書かれている。
 父エリック王はセシリアの結婚相手に、
 サナ様の忘れ形見であるイリオスをお選びになった。
 そしてこの俺は今からライネル公国に入って
 その婚姻を成立させに赴かねばならん。
 ミシェルとセシリアの仲をブッ裂いてな」
 
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