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第五十一話悪役令嬢は廟に赴く。

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国王の御前から戻ったゼノアは、再び女の衣服に着替えた。
黒のフォーマルドレスに真珠のネックレスを合わせている。

「どなたかの哀悼に赴くのね」

エリオットがゼノアの髪を整えながら言った。

「私のドレスコードはこれでいいのかしら?」

エリオットは濃紺に白の襟のついたワンピースを着ている。

「俺が哀悼の思いを示したいだけだから、
 お前はそのままでいい」

エリオットはゼノアにコートを着せ掛けた。

「お花を用意するわね」

エリオットはサンダルをひっかけて中庭から続く温室に入った。
その後ろにゼノアが続く。

シンビジウムや胡蝶蘭に続き、
クリスマスに飾るための白百合なんかも花を咲かせている。

「あなたが哀悼を捧げたいと思っていらっしゃる方は、
 どのような花のイメージなの?」

エリオットがゼノアを振り返った。

「実は俺も生前に会ったことはないんだ。
 だけど二人ともその過酷な運命に負けず、
 気高く生きた方だと聞いている」

ゼノアの瞳に痛みの色が走る。
彼の背負う重荷、そのことに心を添わせたいとエリオットは思う。

「そう、ではこの白百合にしましょう」

そう言ってエリオットは凛と咲く白百合に鋏を入れ、
二つの花束を作った。

「白百合はね、その花言葉に純潔と威厳を頂いて
 崇高に咲く、夏の花よ。
 灼熱の夏に気高く咲く花。
 そして聖母マリアに捧げられた花」

ゼノアはそこに咲く一輪の白百合を手折り、
花束を抱えるエリオットの髪に、そっとその花を挿した。

「やる。その花はお前に良く似合っている」

ゼノアが愛おしそうにエリオットを見つめた。

「あ……ありがと」

エリオットは赤面する。

エントランスに戻ると、
メイド頭がエリオットのコートと靴を用意して出迎えた。

車止めには、白のメルセデスが止まっている。
機種はマイバッハのSUV車だ。

「ああ、それからこれはお前のために購入した車だから。
 少し車内が手狭かもしれないが、その分小回りがきくだろう。
 もし気に入らなければ、言え」

そういってゼノアがドアを開けると、
フットライトがラベンダー色に光った。
白を基調とした車内にローズゴールドのアクセントが輝く。

「はい、どうぞ。奥様」

そういってゼノアがエリオットに、車の鍵を手渡した。
もちろん運転するのは運転手なのだが、その所有権はエリオットにある。

そしてリモコンを押すと、運転席と後部座席の間が
曇りガラス仕様のパティエーションで区切られた。

車が走り出すと、ゼノアがむっと黙り込んだ。

「あら、どうしたの?」

エリオットが、ゼノアの様子を伺う。

「どうやら俺は、車の選定を誤ったようだ」

ゼノアが腕を組んで、半眼になる。

「そうね、私が乗るには少し高級すぎるかしら」

エリオットが苦笑する。

「そうではない、俺とお前の座席の間にある
 このワインセラーが問題なのだ。
 俺たちは未成年だぞっ!」

ゼノアの言葉にエリオットがぷっと噴出した。

「確かにそうよね、飲めないんじゃ仕方ないわよね。
 私たちには無用の長物といったところかしら。
 まあ、でもそれなりにソフトドリンクを入れてみれば?
 ポカリとか、お茶とか、ゼノア紅茶花伝好きでしょ」

エリオットがゼノアをなだめるように言った。

「そんなもん、トランクにアイスボックスでも
 入れときゃ足りるだろうがっ!」

それはそうだとエリオットは思う。

特に缶ジュースやペットボトル入りのジュース類に
こんな高機能の冷蔵庫は要らない。

むしろエコの為にマイボトルを持参しろ。
最近の魔法瓶の性能は半端ないぞ!
とエリオットは思う。

「こんなところに仕切りがあると
 お前とイチャイチャできないではないか」

ゼノアががっくりと肩を落として落ち込んでいる。

そもそも車というものは、移動するための道具であって
イチャイチャするためのものではない。
場合によっては公序良俗に反する行為だ。

ゼノアの教育のためにはむしろ良かったのではないか、
などと思っていたエリオットは、後日体位について学んだ覇王によって、
名実ともに泣かされることになるとは、このときにはまだ考えも及ばなかった。

車は王都の外れにある、王族ゆかりの廟に着いた。
ゼノア自らが車の戸を開けて、エリオットをエスコートする。

「少し石段を登らなければならないのだが、ヒール平気か?」

そういってゼノアがエリオットの手を取る。

「ええ、これぐらいだったら大丈夫よ」

エリオットもゼノアに微笑みかける。

遠目に黒塗りの高級車が見えた。
車のリアゲートに透かして掘られた紋は、大臣家のものだ。

ゼノアがその体でエリオットを隠す。

「ゼノア?」

エリオットが心配げにゼノアを見つめる。

「大丈夫だ。ちょっとじっとしていろ」

高級車が二人のほうに近づいてきて、ドアの窓を開けた。

「あら、ゼノア様。ごきげんよう」

泣き黒子の美女、大臣ハマンの娘イザベラが微笑んだ。

「よう!」

ゼノアもイザベラに挨拶を返す。

「仲睦まじいカップルが、
 このような場所で無理心中でもなさるおつもり?」

イザベラのルージュが、艶に濡れている。

「お前こそ、俺にフラれて
 新しい恋のパワースポットでもまわってたのか?」

ゼノアが挑発するかのように、イザベラを煽った。

「ご冗談を」

イザベラはほほと笑って、会釈をして車の窓を閉めた。

二人の間に流れる空気には独特のものがある。
単純に憎しみあっているというのではない。

少なくともゼノアは、このイザベラという女性に対して、
なんらかの執着を持っているのは事実だ。

しかしそれは男女の愛というものではないような気がする。

その上で執着を持ちながら、
ゼノアはわざと彼女を遠ざけているのではないか。

エリオットはそんな気がしてならない。

「ねぇ、ゼノア。イザベラさんのこと……聞いてもいい?」

エリオットは躊躇いながら、ゼノアに問うた。

「あいつは、イザベラは俺の姉なんだ」
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