51 / 72
第五十一話悪役令嬢は廟に赴く。
しおりを挟む
国王の御前から戻ったゼノアは、再び女の衣服に着替えた。
黒のフォーマルドレスに真珠のネックレスを合わせている。
「どなたかの哀悼に赴くのね」
エリオットがゼノアの髪を整えながら言った。
「私のドレスコードはこれでいいのかしら?」
エリオットは濃紺に白の襟のついたワンピースを着ている。
「俺が哀悼の思いを示したいだけだから、
お前はそのままでいい」
エリオットはゼノアにコートを着せ掛けた。
「お花を用意するわね」
エリオットはサンダルをひっかけて中庭から続く温室に入った。
その後ろにゼノアが続く。
シンビジウムや胡蝶蘭に続き、
クリスマスに飾るための白百合なんかも花を咲かせている。
「あなたが哀悼を捧げたいと思っていらっしゃる方は、
どのような花のイメージなの?」
エリオットがゼノアを振り返った。
「実は俺も生前に会ったことはないんだ。
だけど二人ともその過酷な運命に負けず、
気高く生きた方だと聞いている」
ゼノアの瞳に痛みの色が走る。
彼の背負う重荷、そのことに心を添わせたいとエリオットは思う。
「そう、ではこの白百合にしましょう」
そう言ってエリオットは凛と咲く白百合に鋏を入れ、
二つの花束を作った。
「白百合はね、その花言葉に純潔と威厳を頂いて
崇高に咲く、夏の花よ。
灼熱の夏に気高く咲く花。
そして聖母マリアに捧げられた花」
ゼノアはそこに咲く一輪の白百合を手折り、
花束を抱えるエリオットの髪に、そっとその花を挿した。
「やる。その花はお前に良く似合っている」
ゼノアが愛おしそうにエリオットを見つめた。
「あ……ありがと」
エリオットは赤面する。
エントランスに戻ると、
メイド頭がエリオットのコートと靴を用意して出迎えた。
車止めには、白のメルセデスが止まっている。
機種はマイバッハのSUV車だ。
「ああ、それからこれはお前のために購入した車だから。
少し車内が手狭かもしれないが、その分小回りがきくだろう。
もし気に入らなければ、言え」
そういってゼノアがドアを開けると、
フットライトがラベンダー色に光った。
白を基調とした車内にローズゴールドのアクセントが輝く。
「はい、どうぞ。奥様」
そういってゼノアがエリオットに、車の鍵を手渡した。
もちろん運転するのは運転手なのだが、その所有権はエリオットにある。
そしてリモコンを押すと、運転席と後部座席の間が
曇りガラス仕様のパティエーションで区切られた。
車が走り出すと、ゼノアがむっと黙り込んだ。
「あら、どうしたの?」
エリオットが、ゼノアの様子を伺う。
「どうやら俺は、車の選定を誤ったようだ」
ゼノアが腕を組んで、半眼になる。
「そうね、私が乗るには少し高級すぎるかしら」
エリオットが苦笑する。
「そうではない、俺とお前の座席の間にある
このワインセラーが問題なのだ。
俺たちは未成年だぞっ!」
ゼノアの言葉にエリオットがぷっと噴出した。
「確かにそうよね、飲めないんじゃ仕方ないわよね。
私たちには無用の長物といったところかしら。
まあ、でもそれなりにソフトドリンクを入れてみれば?
ポカリとか、お茶とか、ゼノア紅茶花伝好きでしょ」
エリオットがゼノアをなだめるように言った。
「そんなもん、トランクにアイスボックスでも
入れときゃ足りるだろうがっ!」
それはそうだとエリオットは思う。
特に缶ジュースやペットボトル入りのジュース類に
こんな高機能の冷蔵庫は要らない。
むしろエコの為にマイボトルを持参しろ。
最近の魔法瓶の性能は半端ないぞ!
とエリオットは思う。
「こんなところに仕切りがあると
お前とイチャイチャできないではないか」
ゼノアががっくりと肩を落として落ち込んでいる。
そもそも車というものは、移動するための道具であって
イチャイチャするためのものではない。
場合によっては公序良俗に反する行為だ。
ゼノアの教育のためにはむしろ良かったのではないか、
などと思っていたエリオットは、後日体位について学んだ覇王によって、
名実ともに泣かされることになるとは、このときにはまだ考えも及ばなかった。
車は王都の外れにある、王族ゆかりの廟に着いた。
ゼノア自らが車の戸を開けて、エリオットをエスコートする。
「少し石段を登らなければならないのだが、ヒール平気か?」
そういってゼノアがエリオットの手を取る。
「ええ、これぐらいだったら大丈夫よ」
エリオットもゼノアに微笑みかける。
遠目に黒塗りの高級車が見えた。
車のリアゲートに透かして掘られた紋は、大臣家のものだ。
ゼノアがその体でエリオットを隠す。
「ゼノア?」
エリオットが心配げにゼノアを見つめる。
「大丈夫だ。ちょっとじっとしていろ」
高級車が二人のほうに近づいてきて、ドアの窓を開けた。
「あら、ゼノア様。ごきげんよう」
泣き黒子の美女、大臣ハマンの娘イザベラが微笑んだ。
「よう!」
ゼノアもイザベラに挨拶を返す。
「仲睦まじいカップルが、
このような場所で無理心中でもなさるおつもり?」
イザベラのルージュが、艶に濡れている。
「お前こそ、俺にフラれて
新しい恋のパワースポットでもまわってたのか?」
ゼノアが挑発するかのように、イザベラを煽った。
「ご冗談を」
イザベラはほほと笑って、会釈をして車の窓を閉めた。
二人の間に流れる空気には独特のものがある。
単純に憎しみあっているというのではない。
少なくともゼノアは、このイザベラという女性に対して、
なんらかの執着を持っているのは事実だ。
しかしそれは男女の愛というものではないような気がする。
その上で執着を持ちながら、
ゼノアはわざと彼女を遠ざけているのではないか。
エリオットはそんな気がしてならない。
「ねぇ、ゼノア。イザベラさんのこと……聞いてもいい?」
エリオットは躊躇いながら、ゼノアに問うた。
「あいつは、イザベラは俺の姉なんだ」
黒のフォーマルドレスに真珠のネックレスを合わせている。
「どなたかの哀悼に赴くのね」
エリオットがゼノアの髪を整えながら言った。
「私のドレスコードはこれでいいのかしら?」
エリオットは濃紺に白の襟のついたワンピースを着ている。
「俺が哀悼の思いを示したいだけだから、
お前はそのままでいい」
エリオットはゼノアにコートを着せ掛けた。
「お花を用意するわね」
エリオットはサンダルをひっかけて中庭から続く温室に入った。
その後ろにゼノアが続く。
シンビジウムや胡蝶蘭に続き、
クリスマスに飾るための白百合なんかも花を咲かせている。
「あなたが哀悼を捧げたいと思っていらっしゃる方は、
どのような花のイメージなの?」
エリオットがゼノアを振り返った。
「実は俺も生前に会ったことはないんだ。
だけど二人ともその過酷な運命に負けず、
気高く生きた方だと聞いている」
ゼノアの瞳に痛みの色が走る。
彼の背負う重荷、そのことに心を添わせたいとエリオットは思う。
「そう、ではこの白百合にしましょう」
そう言ってエリオットは凛と咲く白百合に鋏を入れ、
二つの花束を作った。
「白百合はね、その花言葉に純潔と威厳を頂いて
崇高に咲く、夏の花よ。
灼熱の夏に気高く咲く花。
そして聖母マリアに捧げられた花」
ゼノアはそこに咲く一輪の白百合を手折り、
花束を抱えるエリオットの髪に、そっとその花を挿した。
「やる。その花はお前に良く似合っている」
ゼノアが愛おしそうにエリオットを見つめた。
「あ……ありがと」
エリオットは赤面する。
エントランスに戻ると、
メイド頭がエリオットのコートと靴を用意して出迎えた。
車止めには、白のメルセデスが止まっている。
機種はマイバッハのSUV車だ。
「ああ、それからこれはお前のために購入した車だから。
少し車内が手狭かもしれないが、その分小回りがきくだろう。
もし気に入らなければ、言え」
そういってゼノアがドアを開けると、
フットライトがラベンダー色に光った。
白を基調とした車内にローズゴールドのアクセントが輝く。
「はい、どうぞ。奥様」
そういってゼノアがエリオットに、車の鍵を手渡した。
もちろん運転するのは運転手なのだが、その所有権はエリオットにある。
そしてリモコンを押すと、運転席と後部座席の間が
曇りガラス仕様のパティエーションで区切られた。
車が走り出すと、ゼノアがむっと黙り込んだ。
「あら、どうしたの?」
エリオットが、ゼノアの様子を伺う。
「どうやら俺は、車の選定を誤ったようだ」
ゼノアが腕を組んで、半眼になる。
「そうね、私が乗るには少し高級すぎるかしら」
エリオットが苦笑する。
「そうではない、俺とお前の座席の間にある
このワインセラーが問題なのだ。
俺たちは未成年だぞっ!」
ゼノアの言葉にエリオットがぷっと噴出した。
「確かにそうよね、飲めないんじゃ仕方ないわよね。
私たちには無用の長物といったところかしら。
まあ、でもそれなりにソフトドリンクを入れてみれば?
ポカリとか、お茶とか、ゼノア紅茶花伝好きでしょ」
エリオットがゼノアをなだめるように言った。
「そんなもん、トランクにアイスボックスでも
入れときゃ足りるだろうがっ!」
それはそうだとエリオットは思う。
特に缶ジュースやペットボトル入りのジュース類に
こんな高機能の冷蔵庫は要らない。
むしろエコの為にマイボトルを持参しろ。
最近の魔法瓶の性能は半端ないぞ!
とエリオットは思う。
「こんなところに仕切りがあると
お前とイチャイチャできないではないか」
ゼノアががっくりと肩を落として落ち込んでいる。
そもそも車というものは、移動するための道具であって
イチャイチャするためのものではない。
場合によっては公序良俗に反する行為だ。
ゼノアの教育のためにはむしろ良かったのではないか、
などと思っていたエリオットは、後日体位について学んだ覇王によって、
名実ともに泣かされることになるとは、このときにはまだ考えも及ばなかった。
車は王都の外れにある、王族ゆかりの廟に着いた。
ゼノア自らが車の戸を開けて、エリオットをエスコートする。
「少し石段を登らなければならないのだが、ヒール平気か?」
そういってゼノアがエリオットの手を取る。
「ええ、これぐらいだったら大丈夫よ」
エリオットもゼノアに微笑みかける。
遠目に黒塗りの高級車が見えた。
車のリアゲートに透かして掘られた紋は、大臣家のものだ。
ゼノアがその体でエリオットを隠す。
「ゼノア?」
エリオットが心配げにゼノアを見つめる。
「大丈夫だ。ちょっとじっとしていろ」
高級車が二人のほうに近づいてきて、ドアの窓を開けた。
「あら、ゼノア様。ごきげんよう」
泣き黒子の美女、大臣ハマンの娘イザベラが微笑んだ。
「よう!」
ゼノアもイザベラに挨拶を返す。
「仲睦まじいカップルが、
このような場所で無理心中でもなさるおつもり?」
イザベラのルージュが、艶に濡れている。
「お前こそ、俺にフラれて
新しい恋のパワースポットでもまわってたのか?」
ゼノアが挑発するかのように、イザベラを煽った。
「ご冗談を」
イザベラはほほと笑って、会釈をして車の窓を閉めた。
二人の間に流れる空気には独特のものがある。
単純に憎しみあっているというのではない。
少なくともゼノアは、このイザベラという女性に対して、
なんらかの執着を持っているのは事実だ。
しかしそれは男女の愛というものではないような気がする。
その上で執着を持ちながら、
ゼノアはわざと彼女を遠ざけているのではないか。
エリオットはそんな気がしてならない。
「ねぇ、ゼノア。イザベラさんのこと……聞いてもいい?」
エリオットは躊躇いながら、ゼノアに問うた。
「あいつは、イザベラは俺の姉なんだ」
0
お気に入りに追加
343
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる