上 下
5 / 72

第五話わがまま王子の奮闘記②『決心』

しおりを挟む
ミシェル・ライネル12歳。
現在動悸が半端なく、体温が無駄に上昇し、血圧がヤバいことになっている。
ミシェルは、現在自分の中で起こっている激しい化学変化を、恋と認識した。

(私はどうやら恋をしてしまったようだ)

しかも男相手に、一目惚れだ。
あり得ない。

「あり得ないっつったら、あり得ないんだよっ!」
ミシェルは甲高く叫び、自身の思考を打ち消すべく、その記憶を抹消すべく、
自室の壁に激しく頭を打ち付けた。

うん。頭痛い……。(色々な意味で)

「私の目には、ミシェル様は美しい方だと映っております」

先程出会ってしまった天使が、そう言った。

ミシェルの脳内が、お花畑状態になる

(あはは~♡ うふふ~♡ 
 手を腰に当て、スキップをしたい心境だ)

美しい方……。
美しい方……。
美しい方……。

恋の脳内リピートがエンドレスに鳴り響き、天にも昇りそうな心地がする。
(嗚呼、私はなんて幸せなんだろう)
ミシェルは愛用の枕を抱きしめ、うっとりと呟いた。

天使の名は、ゼノア・サイファリア12歳。
隣国の王太子(♂)だ。

現実の障害が半端ない。

ミシェルは白目を剥いて、枕を壁に向かって投げつけた。

(一体何を浮かれているのだ、私はっ!
 無理じゃん! 絶対無理じゃん! これじゃあ告白すら出来ねぇじゃん! 
 恋愛始まる前から、すでに詰んでるじゃんっ!
 国家国民絡む前に、男同士ってどうよ?
 私に想われているって事がバレたら、キモがられるだけじゃん!
 好きな人にキモがられるとか、私のガラスの心臓が持つわけないじゃん……。
 よし、もしバレたら切腹しよう……)


密やかにやばい決心をするミシェル・ライネル12歳、思春期真っ最中であった。

そしてその天使はこうも言った。

「ああ、だからですね。ミシェル様の体格が、貧弱でモヤシみたいなのは」

貧弱で、もやしみたい……。
貧弱で、もやしみたい……。
貧弱で、もやしみたい……。

(悪魔か、あいつは……)
恋の脳内リピートが、今度はミシェルを奈落へと突き落とす。

ミシェルは激しく落ち込んだ。

服を脱ぎ、全身を姿見に映すと、なるほど確かに貧弱でモヤシみたいだ。

家庭の事情は事情として、
これは自分が生きるということに、きちんと向き合ってこなかったことの結果だ。

「確かに甘えていたな、私は」

ミシェルは苦々しく呟いた。

(食べることは苦手だ、
 だが努力をしようと思う。
 あいつに認められるために)

そういうわけでミシェルは、用意された食事を完食するところから始めた。
それはミシェルが、生きるということを受け入れた瞬間だったのかもしれない。

傷つき、閉ざされていた世界が開かれたとき、
ミシェルは初めて自分に注がれている愛を知った。

「ミシェル様がお食事を完食なさいました」

給仕役から報告を受けたアレックが廊下を走り、

「ミシェル様っ! お食事を完食なさったと伺いました」

ノックを忘れ、小躍りしそうな勢いで喜びを表現している。
頭脳明晰、冷静沈着を地で行くこの完璧執事が、である。

「食事くらいで、大袈裟なんだよ」

ミシェルは少し恥ずかしかった。
だが、温かい気持ちにはなった。
自分を心配し、自分の生を喜んでくれる人が、たしかにここにいる。
そう思うことができたから。

「午後は少し散歩がしたい、家庭教師の予定を都合してくれ」

ミシェルがそういうと、アレックが破顔した。

「畏まりました」

紫宸殿へと続く石畳の両脇には、楓が植えられている。
夏の日の命の燃えるような新緑の時を経て、
今は秋風に吹かれる移ろいの時。
葉は黄金色に、また鮮やかな紅へと色付き始めている。

風に吹かれて、ひとひらの葉が舞い落ちると、
ミシェルが感慨深げに、それを拾い上げた。

ミシェルは夏に、大きな発作をおこしてから、
ずっと食欲もなく、体調も悪くて外出ができなかった。

死というものと隣り合わせの日々の中で、
部屋の中で眺めていた外の世界に、今自分は触れている。

穏やかな木漏れ日の温かさ、頬を撫でる秋風の冷気。
それはとても不思議な感覚で、
しかし決して当たり前のことではない、とミシェルは思う。

少し湿り気を帯びた楓の葉には、生命がある。
それは掌の中にある紛れもない生の営みので証で、
確かに自分はそれを握っているのだと、ミシェルは自覚する。

自分もまた命を取り留めて、この場所に生きている。
いや、生かされているといった方がしっくりとくるのか。

いずれにせよ自身の見つめているものが、変わったのだ。

遠目に見える城内の馬場では、ゼノアが乗馬の訓練を受けている。
元来運動神経がいいのだろう。
背筋も伸び、フォームも美しい。

眩しいものをみるかのように、ミシェルが目を細めた。

「ゼノアは美しいな」

ミシェルがそう呟いた。
それはミシェルにとって、生命いのちへ賛歌であり、
太陽への憧憬だったのかもしれない。

今のミシェルにとって、ゼノアとはそういう存在なのだ。

アレックがミシェルに優しい眼差しを向ける。

「ゼノア様は筋が良いですね、勉学も優秀だと聞いています」
「病気に甘えていた私は何もかも劣っている。だがな、見ていろ。アレック
 必ず追いついてみせる」

ミシェルはくるぶしに力を込めて、歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...