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第八話 二人の距離感

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(俺はっ……俺はっ……フラれたわけではなかったっ!!!)

メンズスーパーモデルの東雲唯人の顔がぱぁぁぁっと輝き、
まるで小躍りせんがごとくの喜びようである。

「西枝くん、西枝くん、俺ね、すっごく嬉しい」

東雲唯人はそう言って、
西枝時宗の手を取ってにっこりと笑った。

「ふぇっ? う……うん」

西枝時宗は、そんな東雲唯人のとびっきりの笑顔に、
赤面し、下を向く。

(はっ、いかん、いかん)

東雲唯人は西枝時宗の反応に、
己を戒める。

(西枝くんはその方向性で考えてくれるとはいったが、
今はまだ俺たちは恋人同士……というわけではない)

東雲唯人はぱっと西枝時宗の手を離した。

(焦るな! 東雲唯人、
うっかり焦って地獄を見たことを肝に銘じろ!)

鬼の形相で自身を自戒する。

「東雲くん?」

そんな東雲唯人の心の叫びなど、知るよしもない
西枝時宗は、心配そうに東雲唯人の顔を覗き込む。

「あっ、いや、なんでもないんだ」

東雲唯人は、少し照れたように笑って、

「俺ね、西枝くんのこと……絶対に大切にするから」

そう呟いた。

「うん、俺も東雲くんのこと、大切にするよ」

西枝時宗も幸せそうに頷いた。

東雲唯人と西枝時枝は、
ともに下校する。

しかし東雲唯人は、微妙に西枝時宗と距離をとり、
会話の端々にぎこちなさが滲む。

(いいか東雲唯人、西枝くんの隣をキープしたければっ!
今はこのお友達の距離を死守せねばならんっ!!!)

◇◇◇

(東雲くんが、遠いよ)

東雲唯人に距離を置かれた西枝時宗は、
しょんぼりと肩を落とした。

(いや、物理的には隣にいるんだけど、
どう形容すればいいんだろう。
心が重ならないというか、
微妙に距離を置かれている気がする)

刹那、西枝時宗の鼻から、鼻血が出た。

「西枝くんっ! 鼻血出てる。
ちょっ! 大丈夫?」

東雲唯人は血相を変えて
カバンからティシュを取り出して、
西枝時宗に渡した。

「ご……ごめん、大丈夫……」

西枝時宗はティッシュで鼻を押さえて
力なく笑った。

「西枝くんこの間も電車で倒れてたし、
なんだかずっと体調が悪そうなんだけど、
本当に大丈夫?」

東雲唯人の言葉に、

「そうなんだよね、確かに最近なんだか体調が良くない気がするなぁ。
ずっと気だるいし、実は鼻血も良く出るんだ」

西枝時宗は気だるげに目を伏せた。

刹那、東雲唯人が軽々と西枝時宗をお姫様抱っこで抱きかかえた。

「わっ! ちょっと東雲くんっ!!」

腕の中で西枝時宗が抗議の声を上げると、

「病院に行こう、西枝くん、すぐにだ」

東雲唯人は西枝時宗を抱いたまま、
つかつかと表通りに歩いて行って、
タクシーを捕まえようとしている。

「いや……あの、一応僕の家病院だし、
血液検査やら一通り全部やったんだよ。
だけどお父様が言うには、僕は完全な健康体らしい」

必死の形相の東雲唯人を西枝唯人がやんわりと制する。

「だから下ろしてよ。東雲くん。
少し休めば、大丈夫だと思うし」

そう言って小首を傾げて微笑む西枝時宗に、

「じゃあさ、俺ん家この近くだからさ、
このまま俺ん家に行こうよ。
そこで少し休んで行くといいよ」

西枝時宗は東雲唯人の言葉に従ってタクシーに乗り込んだ。

◇◇◇

「おじゃま……します」

西枝時宗は礼儀正しく玄関で
一礼する。

「誰もいないよ。俺一人暮らしだし。
気楽に上がって?」

そんな西枝時宗に、東雲唯人は愛しさを込めた微笑を洩らす。

「ここ、俺の部屋なんだけど、
上着を脱いでベッドに横になっててよ。
俺、なんか飲み物用意してくるわ」

通された部屋のベッドに腰を掛けて、
西枝時宗は苦悶する。

(こ……ここで、東雲くんが眠って……?)

西枝時宗の鼓動が早くなる。

そして街頭サイネージに映し出されていた、
東雲唯人の完璧ボディーが不意に脳裏に蘇って、

ドギマギとしてしまう。

(ちょっ……僕は一体何を考えて……)

そしてきちんと整えられたベッドシーツに
ちらりと視線をやる。

(いや、ダメだ、そんなことしちゃ……。
だけど‥…だけど……ここは東雲くんが……。
東雲くんに触れたい……。東雲くんを抱きしめて……
東雲くんにキスしたい……)

そんな煩悩に西枝時宗の思考が支配されていく。

西枝時宗は身体を駆け巡る、そんな甘やかな衝動に、
必死に耐えるように、東雲唯人の枕をぎゅっと抱きしめて、
その中に顔を埋める。

そして深く息を吸った。
彼が身に着けている微かな香水の香りがした。

(ああ、僕はついにやってしまった。
これで立派な変質者の仲間入りじゃないか……)

煩悩に負けて、好きな人の枕をスウしてまった
罪悪感と背徳感が半端ない。

「飲み物持ってきたよ。
西枝くん……って、に……西枝くん???」

自分の枕をぎゅっと抱きしめて、そこに顔を埋めている西枝時宗をみつけて、
東雲唯人が分かりやすく固まった。

「わっ、わあっ! ごっ……ごめんなさい」

西枝時宗は枕をぽんと放り投げた。

そしてこの世の終わりのような顔をして、
下を向く。

「どうして謝るの? おかしな人だなぁ」

東雲唯人はそういって、ベッドに座る西枝時宗の隣に腰かけた。

「ぼっ僕は君の枕に顔を埋めて……へっ変態だと思っただろ?
げっ……幻滅しちゃっただろ?」

そう言って泣きそうになっている西枝時宗に、

「いんや、ちっとも」

東雲唯人はクスクスと笑いながら、
西枝時宗の背中にそっと腕を回した。

「東雲くん?」

西枝時宗が涙の滲んだ瞼を瞬かせる。

「君が俺の枕にしようと思ったことを、
俺にすればいいよ。
西枝くんはどうしたかったの?」

東雲唯人は少しくぐもった低い声色で、
西枝時宗の耳朶に囁いてやる。


















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