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118.泡沫の夢

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「きゃあっ!」

それは電光石火の動きで、少女が全く反応できないままに、
ウォルフが剣の柄で、少女の眉間を撃った。

少女は後に吹き飛び、少女の被る鉄の仮面に亀裂が入る。

(お前は……ユウラなのか?)

ウォルフは息を飲む。

鉄の仮面が二つに分たれて、
少女の素顔が顕わになる瞬間に、教会の鐘の音が鳴った。

『今夜0時、教会の鐘の音が聞こえましたら、
 必ず目を閉じていただきますように。
 そして後のことは我々にお任せくださいますように』

レーナ・リリアンヌ・ミレニスの使いの者が、自分に告げた言葉があった。
しかしウォルフは少女から目を離すことができない。

(お前は……ユウラなのか?)

ウォルフは縋るような思いで少女に手を伸ばす。

その瞬間、辺りは眩い光に包まれた。

ウォルフの視界が真っ白になる。

「クッソ! 閃光弾かよ。完全にしくじった。
 この俺としたことがまともに見ちまったぞ」

ウォルフがよろけると、少女がウォルフの手を取った。

「あの……大丈夫ですか?」

ウォルフは有無を言わさず、
少女を引き寄せて自身の騎士服のマントの中に抱きとる。

「え?」

その腕の中で少女はぽかんと口を開けた。

「しっ! ちょっと黙っていろ」

ウォルフが少女に囁くと、
その周りをミレニス公国の特殊部隊が取り囲む。

◇◇◇

ウォルフはミレニス公国の特殊部隊に守られて、
アーザス国内にあるレーナ所有の山荘に入った。

それから一夜が明けたが、ウォルフの両目には包帯が巻かれている。

「この俺としたことが、完全にしくじった」

ウォルフは安楽椅子に腰をかけて、盛大なため息を吐いた。

ユウラと同じ声を持つ、鉄の仮面を被せられた奴隷の少女の素顔をどうしても見たくて、
ウォルフ救出のためのミレニス公国の特殊部隊の作戦に使用された閃光弾をまともに見てしまったのだ。

医師の説明では失明することはないというが、
暫くは視力が戻らないだろうということだった。

「あの……大丈夫ですか?」

奴隷の少女が心配そうに、ウォルフの様子を窺う。

「全然、大丈夫じゃねぇ」

ウォルフがそう言うと、少女がウォルフの前に駆け寄る。

「あの……痛みますか?」

そう問うと、

「痛むというか、少し熱いな。
 眼球が熱を持っている感じかな」

ウォルフが力なく笑った。

「それは……お辛いですね」

少女はしょんぼりと肩を落とす。

「あの、私薬草を取ってきます。
 この山荘の裏手にはとても美しい野原が広がっていて、
 きっとあなたの目の回復を早めてくれる薬草を見つけられると思うのです」

少女が気を取り直して、明るい口調でそう言うと、

「そうか、だったらそこに俺も連れて行ってくれないか?」

ウォルフの申し出に、少女は戸惑う。

「近頃色々あってな、俺も気分転換がしたい。
 お前が俺の手を引いて、そこに連れていってくれないか?」

そう言ってウォルフが手を差し出すと、少女がその手を取った。

「わかりました。一緒に行きましょう」

少女はウォルフの手の感触に戸惑う。
それは大きくて、温かい手だった。

ずっと前から知っているような、なぜかひどく懐かしい気がした。

ウォルフは少女の名前を敢えて尋ねようとはせず、
黙って少女の手にその手を重ねる。

「足元に石が転がっています。気を付けてください」

少女がウォルフを気遣い丁寧に先導する。

「なあ、お前には一体どんな景色が見えている?」

ウォルフが不意に少女に問いかけた。

「この場所はアーザス国でも屈指の勝景地として有名なんですよ。
 目の前にはなだらかな丘陵があって、青々と茂る若草の中には
 とても愛らしいマーガレットや、菖蒲、うつぎが咲いています。
 ほら、草木がそよいでいるでしょう?
 草原の向こうには、湖が広がっていて、
 朝日を浴びた湖水が黄金色に輝いているわ!」

少女が弾んだ声色で自分が見ている景色を説明すると、
ウォルフが至極幸せそうに少女の言葉に耳を傾けている。

目が見えない今、
ウォルフには少女がユウラであるということを証明する手立てがない。

故に甘い夢を見てしまう。
甘くて、儚い、そして残酷な夢。

そんな甘やかな泡沫の夢が、
何かの拍子に壊れてしまうのではないかと、

いや、そんな夢を見ている自分を、ウォルフは恐いと思った。

この夢から自分が覚めたとき、
果たして自分は正気を保っていられるのだろうかと。

「そうか、とても美しいものを見ているのだな」

ウォルフが寂し気に笑う。

少女はウォルフが寂し気な理由を、目を痛めて、
この景色を見ることが出来ないからなのだと思った。

「あの、少しだけここで待っていて下さい。
 私、薬草を取ってきます。あなたが早くこの景色を見られるように」

そう言って駆け出そうとする少女の手を、ウォルフが掴む。

「どこにも行くな!」

縋るような、切願するような、そんな悲哀がウォルフの声に滲む。

「え?」

そんなウォルフの様子に、少女が戸惑うと、
ウォルフが口調を変えて少女に問う。

「それよりもお前のことを教えてくれないか?
 お前の髪は何色で、お前の瞳は何色なのだろう?
 肌の色は何色で、唇の形、色は……」

ウォルフは言葉を切って下を向く。

「いや、やっぱり教えてくれなくていい。
 きっとお前の髪は燃えるような鮮やかな赤色で、瞳の色は優し気な鳶色。
 白磁の美しい肌をほんのりと上気させて、
 唇は咲き初めの薔薇のように朝露を湛えているのだろう」

ウォルフの言葉に少女がクスクスと笑う。

「視力はすぐに戻るわ。そうしたらあなたの目で確かめればいい。
 だけどあなたの想像とひどく違って、幻滅されてしまったらどうしよう」

少女の声に心配が滲むと、ウォルフが笑みを浮かべて少女の頬に触れようと手を伸ばす。
少女は差し出された手をとって自身の頬に触れさせる。

「俺は幻滅などしない。
 だって……お前は誰よりも美しいに決まっているのだから」

ウォルフの涙が、その目を覆う包帯を濡らしていくのだが、
少女はそのことに気が付かない。



























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